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「他人の恋路に口を出してもいいことありませんよ」

「口なんて出してない。三上をぶん殴りたいのも抑えてる。だからたまに仕返ししてるだけ」

「まったく。そんなことをしたところで三上の気持ちは動きませんよ」

「そうかな。何かに気付くかもしれないじゃん。それくらいあいつの態度はひどいんだって!」

切々と訴えたが、有馬先輩の態度も誉められたものではないので、僕の気持ちはわかってくれないだろう。
有馬先輩の場合は態度を改める日は絶対に訪れないのでもう諦めている。

「…そんなにひどいですか?私は知りませんけど、泉君が音を上げないのですからいいのでは?」

「真琴は馬鹿だから。三上が詐欺師でも殺人鬼でも音を上げたりしないから」

「健気ですね」

「健気っていうかただの三上馬鹿」

もっと自分を大事にすればいいのに。
こうしてほしい、ああしてほしい、色々と願望があるだろう。
相手の態度や言動に不満もあるだろう。
それなのに真琴はすべてを呑み込んで付き合ってくれるだけでいいからと言う。
自分には優しくされる価値などないと言っているようで、見ていると苛立ちと同情が生まれる。
何故三上なんかを好きになったのか。もっといい人はたくさんいる。
真琴だけを想って、鳥籠の入り口は開けたまま、大事に大事にしてくれる人が。
幼馴染君なんていい例だ。自分が真琴の立場なら絶対にあっちを選ぶ。死んでも三上なんてごめんだ。

「潤は三上が泉君どう接したら満足するんですか?」

「そりゃ…。優しくしたりとか…」

「ふうん…」

有馬先輩は少しの間なにか考え、席を立って僕の隣に座った。

「…なに」

じりじりと近付かれるとひじょうに怖い。
次はなにを仕掛けてくるのかと身構えてしまう。上半身を有馬先輩から遠ざけるようにしたが、ぐっと手を握られ、それ以上逃げられなくなる。

「あなたも私に優しくしてほしいと思ってるんですね」

「…は?」

「三上に求めるなら私にも求めているのでしょう」

「それとこれは話しが別だろ」

「同じです。他者に求めるものに変わりはない。それに、よく私に言うじゃないですか。もう少し優しくできないのかとか、恋人なら大切にしろとか」

「いや、言うけど…」

先輩がなにを考えているのかわからない。わからないから次の行動が怖い。
この人の頭の中は小宇宙だ。予想なんて無理だし、いつだって呆気にとられる。

「だから、私も悪戯を仕掛けられる前に、たまにはあなたに優しくします」

「なんで今!?」

「今そうしたくなったから」

「自己中だな。今はいらないです」

ここを何処だと思っている。学校の中でも職員室と並んで神聖な領域だろう。
変態は時と場合を考慮しないのだろうか。

「今を逃したら次はないかもしれないですよ?」

いいんですか?と迫られれば確かにこんなチャンスは二度とないかもしれないと思う。
常識と色情の間をうろうろする。二つを天秤にかけながら近付く有馬先輩の胸をぐっと押し返す。
確かに優しくされたい。大事にされたい。踏ん反り返って足を舐めろと言いたい。
今までそうやって生きてきた。そうされるのが気持ち良かった。
でも先輩の気紛れは今じゃなくてもよかったのでは。

「ほら」

押し返していた手をとられ、掌に口付けされる。
有馬先輩のスイッチがどこにあるかは知らないが、色を匂わせた彼の色気はくらりと頭を麻痺させるものがある。
彼にそんな欲望を感じるのは自分だけかもしれないが、瞳と唇がいやらしいのだ。
その顔で言われるとなんでも聞いてしまいそうになる。
だから僕はだめなんだ。最後には彼の思い通り。さっきも思ったのに抗えない。
一昨日来やがれ、そんな言葉を言ってみたい。翻弄して三上のように大童する姿をみてみたい。一生かかっても叶わないだろうが。

「…面白がってるよね」

「とんでもない。可愛がりたいんですよ。あなたを」

掌の次は童話の中の王子のように繊細に手をとられ指先に口付ける。
どこでこんな方法を学んでくるのやら。
彼の過去は知らないが、男の自分一人で満足する人間でもないと思う。だからもっとこっちを向いてほしい。二十四時間目を離せないくらいに溺れてほしいと思う。
願えば願うほど、そうなっているのは自分で、もどかしくて苛立って嫌いになりたくて、だけどまたふりだしに戻って。僕は彼と付き合ってからずっとそんな状態だ。

負けを認める形で溜め息を吐いた。
意地を張って、そんなものいらないと言うのは簡単だ。
だけど夜一人になると死ぬほど後悔する。もっと触れればよかった。たまには素直になればよかった。何度も何度も繰り返し、それでも条件反射で意地を張る。
真琴のような性格ならよかった。もっと可愛げもあっただろう。
だから今回は素直に有馬先輩の好意を受け取ることに決めた。
身体から力を抜いたのを了承ととらえたのか、彼は自分の膝をぽんぽんと二度叩いた。

「なに」

「ここにきて下さい」

馬鹿じゃねえの。
咄嗟に言いそうになったがぐっとこらえて膝の上に座った。自分は赤ちゃんか。

「そうじゃなくて、こっちを向くんです」

腰を持たれ、無理矢理身体を捻らされる。
有馬先輩の膝を跨ぐようにして向かい合った。
さらりと髪を指先で撫でられ片目を瞑った。

「…可愛いです」

「…は?」

「可愛いですよ」

「なに言ってんの。大丈夫?」

僕の顔面偏差値が高いことは自分で知っている。
幼い頃から大人たちに言われ続け、むさ苦しい男子校では女の代わりにされ、それを利用してきた。でも有馬先輩が言うと怖い。そんな言葉ベッドの中以外で聞いたことがない。

「顔を褒められるの好きでしょう」

「心がこもってない」

「こもってますよ。いつも思ってます。いくら見ても飽きない顔だなと」

「嘘つき」

「嘘じゃありません」

本音だろうが建て前だろうが、その声で囁かれるように言われると、意図せず顔に熱が集中する。
子どもじみた反応が恥ずかしくて髪で顔を隠すようにそっぽを向いた。

「こんな言葉で赤くなって、可愛いですね」

「っ、や、やっぱりいい!普通の先輩でいい!」

こんなの耐えられない。最後には羞恥で熱が出そうだ。

「なぜ。あなたが望んだのに」

「恥ずかしいんだよ!」

「別にセックスしてるわけじゃないのに」

「それよりも恥ずかしいの!」

「…あんなに高飛車に振る舞ってるくせに」

耳元で言われ、咎めるように耳朶を噛まれた。

「私相手には余裕がなくなるところも可愛いですよ」

「…だ、だからもうそれいいから」

やめろという言葉は彼には逆効果だと知っていたはずなのに、頭の中に蜂蜜を詰め込まれたようにどろどろになってしまう。
もうこれ以上聞きたくなくて、手で有馬先輩の口を塞いだ。
彼がふっと笑ったのがわかり、渋面を作って俯いた。

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