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「三上君泣いてなかった?」

くすくすと笑いながら蓮が言った。

「さあ?泣こうが喚こうが知ったこっちゃないけど」

相変わらずだね。そんな風に呟かれる。
蓮と共謀して三上に悪戯を仕掛けた。
真琴が保健室に運ばれたからすぐに向かえと大袈裟に言って。
実際は体育の授業で足を思い切り捻った程度だが、三上はそんな動きもできたのかと感心する速さで教室を出ていった。
その様子を皇矢がこっそりと携帯で動画撮影をし、更に有馬先輩が生徒会で使用しているパソコンに保存してやった。
三上はすぐに僕たちの企みと気付き、青筋を立てた顔でふざけるなと喚いて、皇矢の携帯を外へ放り投げた挙句、もう帰ると言って去り、今に至る。

自分の携帯に保存された動画をにたにたと嫌な笑みを作りながら何度も眺めた。
あの三上が感情を表に出して大童。これが笑わずにいられるだろうか。
こちらはやっと三上の弱味を握れたのだ。いつもいつも揶揄されるのはこちらで、一矢報いたいと思っていた。
無理難題の我儘にも平気な顔してさらりと流されるか、冷たくあしらわれるかで、あの無気力なポーカーフェイスをぐちゃぐちゃに崩してやりたいとずっと思っていた。
しかもその原因が真琴というのが愉快痛快だ。
彼は絶対に認めないし、自分でも気付いていないだろうが、真琴のことをきちんと恋愛対象として好いている。
でなければ三上が血相変えて走るわけがない。
指摘しても必ず否定されるので言わないし、本人が自覚しないことには意味がないが、蓮も皇矢もわかっているはずだ。
理解していないのは当のご本人二人だけ。もどかしくなるが、そうやって蝸牛のごとく進めていくのが彼らのやり方らしい。
真実に気付く前に別れました、そんな悲劇に見舞われなければいいが。

「あー楽しい」

「…ほどほどにしときなよ?」

「蓮もおもしろがってたくせに」

「まあ…。たしょうはね」

「これくらい虐めたって罰は当たらないでしょ。真琴はその何百倍も泣かされたんだし」

自分の前で大袈裟に泣くことはしなかったが、布団に包まって泣いたのだろうと予想できることは何度もあった。
それは付き合ってからも同じことで。
有馬先輩も大概恋人に甘くないが三上は更にその上をいくと思う。
飴と鞭どころか鞭しか与えていない。もう少しどうにかならないのかと口を挟みたくなる。鞭だけでも恋人という枠にいられるなら幸せだと笑う真琴のいじらしさを見れば尚更。
当人同士にしかわらないものがあるのだと思う。それは理解している。
自分だって有馬先輩なんかとよくつきあえるな、と言われる。
皆が思うより不幸ではないが、世間一般で彼は最悪の部類に入るらしいので言い返さない。
三上にもあるのだろう。真琴にしか見せないなにかが。
けれど、たしょうの意地悪くらい、退屈な毎日の囁かな楽しみとして嗜んでもいいだろう。

「ま、あんまりやりすぎて本気でキレられたら嫌だから間隔を空けて楽しんでいるわけですよ」

「三上君怒ると怖そうだもんねえ」

「怖いよ。理由は忘れたけど一回キレられたことあってさ。思いっきり顔の横の壁殴りやがって。あの時は心臓止まるかと思ったね。しかも無言でキレんの。それが一番怖い」

「それはそれは…」

「逆に僕相手に一回しかキレないってすごくね?」

「自分で言うなよ…」

須藤先輩が相手では無縁の話しだろうが、自分も蓮も暴力とか喧嘩とか、そういう分野は専門外だ。口喧嘩なら得意だが。
暴力に走られると負けが確定。悔しいが皇矢のように筋肉馬鹿にはなりたくないし、わざわざ汗を掻いて努力する気もない。
そういうものとはこの先も無縁の人生を歩んでいきたい。

「そろそろ教室戻るよ。真琴も戻ってくるだろうし」

「つーか三上、真琴を放ってここに来たんじゃね」

「…言われてみればそうだ。じゃあ真琴を迎えに行ってくる」

蓮は軽く右手を上げたので、自分もそれに応える。
座り心地の悪い椅子に深く体重をかけ、コーヒー牛乳が入った紙パックのストローを意味もなく噛んだ。
五限が始まる直前に皇矢は強固なケースのおかげで無事だった携帯を手に教室に戻ったが、三上は宣言通り戻らなかった。
寮でさめざめと泣くがいい。日頃の行いが悪すぎたと反省すればいい。絶対にしないだろうけど。

半分寝ながらすべての授業を受け、真琴に動画を見せに行こうかと欠伸を一つして鞄を持った。

「潤」

聞えた声は意外なもので、条件反射で手で身体をガードする姿勢をとってしまった。

「なんですか。失礼な人ですね」

「…なにしに来たの」

有馬先輩がわざわざ教室に来るなんて珍しい。
いつも自分の都合で携帯一つで呼び出して駆け付けてやっても労いの言葉一つもないくせに。

「あなた、また三上になにかしましたね」

今日はコンタクトの日らしい。顔のパーツが一つなくなったような、妙な違和感を覚える。部屋ではいつも眼鏡をかけているので見慣れない。

「…あー。まあ」

「…それはいいとして。また私のパソコン勝手にいじりましたね」

「いや、それには深いわけが」

有馬先輩のご機嫌が斜めと感じて皇矢はこそこそと教室から去った。
待て。僕も連れて行け。

「とりあえず、生徒会室行きますか」

「僕これから大事な用事が」

「私より?」

それは勿論。と答えたいところだがここで反論すると後が面倒だ。
自分も随分学習能力が高くなった。
えっへん、と胸を張りそうになってそんな場合ではないと思い返す。

「はいはい、行きますよ」

顎をしゃくられとぼとぼと後をついて歩いた。早く真琴のところへ行きたかったのに。
有馬先輩にNOは通用しないし、抵抗を試みても最後には彼の思い通りに物事が運ぶ仕組みになっている。皆に会長様、と嫌味を込めて呼ばれているが、自分にとっては大魔王様だ。

生徒会室に高杉先輩の姿はなかった。珍しいと思い、きょろきょろと姿を探してしまう。
有馬先輩は自席につき、僕はソファに腰かけた。

「高杉先輩いないんだ」

「高杉は最近体調があまりすぐれないようなので真っ直ぐ部屋に戻るよう言ってあります」

「へえ。高杉先輩も身体壊したりするんだね」

「人間ですから」

「先輩たち二人は人間っぽくないんだよ」

「失礼ですね」

「高杉先輩が体調崩したって知ったらまた皇矢が面倒になるな…」

ぼそりと呟いたが、有馬先輩が一瞬こちらを見て小さく溜め息を吐いた。

「さあ。それはどうでしょう」

「え?」

「なんでも。それよりパソコンです」

会長席にあるノートパソコンを指さされ、ぐっと言葉を詰まらせた。
だって動画を保存するには仕方がなかった。三上のことだから羞恥のあまり携帯を壊す暴挙にでると予想できたし、こんな美味しい動画保存せずにどうしろと。

「三上に胸倉掴まれながら泣きつかれましたよ」

「げ。有馬先輩のとこ行ったのあいつ」

「ええ。須藤のところにも」

「うわあ」

「消せと言われたので消しましたけど」

有馬先輩の言葉に大袈裟な声が出た。

「なんで!なんで消しちゃうの!」

「なんでと言われても…。消せと言われたので」

有馬先輩のことだからそれを弱味に三上を揺するくらいすると思ったのに。
三上を揺すったところでなにも出ないが。
パソコンにはなくとも、僕と蓮と皇矢の携帯には残っているが。

「で、今回はなにを仕掛けたんです?」

問われて事の経緯を井戸端会議の奥様よろしくおもしろおかしく説明した。
有馬先輩も笑ってくれると思ったが、意外にも彼は眉間の皺を深くした。

「三上をおちょくるのをやめろとは言いませんが、もう少し軽い悪戯にしたらどうです?」

「十分軽いって」

「そうでしょうか。保健室に運ばれたなんて言われたら肝が冷えると思いますよ。三上の場合は特に」

なぜ?理解できない。そんな意味を込めて首を捻った。

「泉君が過去にいじめられてたくさん傷を作っていたのを三上は実際目の当りにしているでしょう。また誰かに傷つけらたのかもしれないと思ったのかもしれませんよ」

言われて初めてその可能性に気付いた。
そこまで三上が一瞬で考えられるだろうかと言われると疑問が残るが。

「でも三上が悪いんだよ。真琴に冷たくするから」

「三上も戸惑っているのでしょう。女性と恋愛なんて面倒と言っていた人間がそれを飛び越えていきなり同性を相手にしているんですから」

「…やけに三上の肩持つじゃん」

普段は有馬先輩だって三上を揶揄して遊ぶくせに。
昔からそんな調子だから三上は有馬先輩を避けて生活している。それでも目ざとく見つかって小間使いのような仕打ちを受けているらしい。

「肩を持つというわけではありませんけどね。まあ、私はこれでも三上を可愛がってますから」

「なんで」

「頭が良いですし、器用ですし」

「は?あいつ馬鹿じゃん」

「勉強のできは知りませんけど頭の回転は速いし、なんでも一通りこなせるじゃないですか。やらないだけで」

買い被りすぎではないか。
いつも空き教室でべたーっと日向ぼっこ中の猫のように伸びているか、身体を丸めて寝ているかしか見たことがない。
珍しく授業に出たかと思ったら、隠しもしないで眠るものだから教師にぽこっと頭を叩かれたり。
寮に戻ってもぐだぐだ、だらだら、時間を無駄にしながら日々を過ごしている。
あれが優秀なら僕なんて天才だ。

「わからん。あんなおじいちゃんみたいな奴」

おじいちゃんに失礼だろうか。

「まあ、私は彼といると楽なんですよ」

「三上は嫌ってるけどね」

「ええ。それがまた面白くて」

「先輩だって三上いじめてるじゃん」

「私はまだ可愛げがあるでしょう。あなたのは悪質ですけど」

「んなことないって」

まだまだこんなものじゃない。
確かに先輩が言うように最悪を予想した上での行動ならたしょう、こちらにも非があると認めよう。
だがそうやって気付かせないとあいつはいつまで経っても友達以上、恋人未満を続けるだろう。
別れ話すら面倒くさいとか言って、命を削りながら三上を想う真琴を袖にする。
きっとお互い想い合っているのに真琴は一生三上に片想いだ。

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