不完全

最近一つ面倒が増えた。
問題の人物は旧友の浅倉陸。高校生活を共に過ごし、それから数年連絡もなく離れていたがお互い教師となって再会した。
陸は高校時代とほとんど変わっていない。昔は活発な雰囲気の中に多少の気怠さが混じっていたが、今は気怠さしか纏っていない。変化といえばそれくらいだ。
昔から僕に面倒を押し付け、ついでに世話もさせ、へらへらと締まりのない笑顔で帳消しにしようとする。
昔も今も困った友人だが、同時に全てを曝け出せる数少ない人物でもある。
それは恋人である大和も同じようで、他人と違う恋愛を選んだ僕たちの良き理解者であり親友だと言う。
適当を着て歩いているような陸に相談して大丈夫なのかと首を捻りたくなる部分もあるが、大和が言うならそういうことにしてやろうと思う。
高校時代から大和と陸は唯一無二の親友同士で、その輪の中に自分もいたがどこか疎外感を感じていた。
僕はからかわれるばかりで、真面目な話しや悩み事などはお互いがお互いにする。
それを今でも多少寂しいと感じる部分がある。
大和の仕事の愚痴は聞くが、ストレスが限界になるといつも頼るのは陸だ。
そんなに頼りないだろうか。自分も社会人としてそれなりに経験を積んでいるのに。
恋人の座も友人の座も欲しいというのは大きな我儘かもしれない。
けれどどことなく悔しさを感じるのは高校時代の名残だ。
その陸に恋人ができた。
暫く彼女がいなかったのでふらふらしていないで早く彼女を見つけろと助言はしていた。
誰か世話を焼いてくれる人や、責任を背負わなければ陸は一生あの調子だと思ったからだ。
いい歳なのだし彼女を作り、結婚でもしろ。そして僕を世話係にするのはやめろと小言を言っていた。
それなのにできた恋人は学園の生徒で男だ。
その事実を知ったときは海より深く落ち込み、火山が爆発するかのごとく怒りがわき上がった。
適当な人間だとは承知だが、教育者として生徒に手を出すなど言語道断。
曲がっていようとも芯は持った男だと思っていた。だから今まで付き合ってきた。
それなのに最大の禁じ手に触れてしまった。
一日かけて説教をしたかった。そんな関係は今からでもやめろと。
陸のためでもあるし、雪兎君のためでもある。
百歩譲って相手が男なのはいいとして、卒業までは我慢するべきだ。
それが大人の義務で教育者の責任だ。
けれど正論を振りかざしても陸は首肯しなかった。
雪兎君の複雑な事情を知っている分、陸の言い分に頷ける部分もある。
しかしそれとこれは別問題だ。
どんな事情があろうとも超えてはいけない一線だった。
何度も何度も陸に言ったが彼は譲らなかった。
どうしても譲れないと珍しく真剣な表情で訴えるのだ。
まさか中途半端に遊び感覚で手を出したとは思っていなかったし、本気なのだとわかっていた。そこまで腐った人間ではないと信じていた。
陸の言葉を聞いて、迷いが生じた。迷ってはいけない。友人として、同僚としてこちらも譲れない。自分に言い聞かせたが最後には折れてしまった。
雪兎君がそれで命を大切にしてくれるなら、病気を治そうと前向きになってくれるなら背に腹は代えられないと渋々納得させた。
常識と雪兎君の命を天秤にかければどちらを選ぶか決まっている。
もし自分が陸の立場だったなら、僕も陸と同じ決断をしたかもしれないと思ったのだ。
けれどもやるからには徹底的にやれと念を押した。
万が一世間に知れたら雪兎君の人生まで滅茶苦茶にする責任を理解しろと。

そんな話しをして数週間が経過した。
仕事を終えて帰宅し、ご飯も食べたし風呂も入った。
後は眠るまで僅かな自由時間だ。
大和が風呂に入っている間、ソファに座り膝の上を飼い猫のリリーに占拠されながら雑誌を読んでいた。するとテーブルの上の携帯が短くなる。
嫌な予感がすると思いながら携帯を見ればやはり陸からだった。
【つらい…雪兎がデレる…つらい…】
穏やかだった時間が一瞬で苛立ちに変わる。
知ったことか。初めて恋をした中学生かと心の中で罵る。
【それはよかったですねー】
短く返信をすればすぐさま携帯が鳴る。
【つらい…寝顔かわいすぎてつらい…】
【陸は永遠に眠ったほうがいいよ】
【なんなの?この子天使なの?】
【そうかもね】
【俺の理性を破壊する堕天使なの?】
【うるせえ、いい歳したおっさんが気持ち悪いんだよ】
【つらい…光が冷たくてつらい…】
そんなやり取りのために数分を無駄にした。
苛立ちが頂点に向かってどんどん上る。
陸が雪兎君と交際を開始してからこんな調子が続いている。
相手にするのも面倒で返信をしないことも多いが一方的に送られてくる。
歳をとって恋をすると昔よりもバカになると思った。
一歩を踏み出す前はぐるぐると同じ場所を回っているのに、踏み出せば大人は開き直って突っ走る。
今まで彼女ができてもこんな風にならなかったから余計に鬱陶しい。
それと同時に羨ましくもある。
大和とは交際を始めて十年以上が経過した。こんな初々しく清廉な交際を育む陸と雪兎君のような関係はとっくの昔に置いてきた。
僕たちは所謂倦怠期というものに突入しているのかもしれない。
そんな僕の気持ちなど知る由もない陸は、こうして盛大に惚気を始めるのだ。

「なんで携帯持ちながら鬼の形相してんの?」

風呂から上がった大和に大丈夫かお前と声を掛けられる。

「大丈夫じゃないよ。陸のやろう…」

「なんだ、またなんかやらかしたか?」

「仕事でやからす分にはいいけど、いつもの惚気タイムが始まったんだよ」

「ああ、あれな。陸は相変わらず馬鹿で面白いよな」

「全然面白くない。苛々しかしない」

携帯をソファに放り投げた僕を見て大和は苦笑を浮かべる。

「まあ、久しぶりに真面目に恋愛してんだろ?しかも相手は擦れてない高校生だ。陸も相手に引き摺られて初々しくなるんだろ」

「それならそれで、二人の間だけで盛大に惚気てほしいよ」

「いいじゃねえの。仕事もまあまあ、恋愛も適当なあいつよりはさ」

確かに大和の言葉は一理ある。雪兎君と交際することで以前より仕事をきちんとするようになったし、陸が恋愛に真摯に向き合っているのを見たのは高校以来だ。
社会人になってから数人の女性と交際していたが、自分が好きだから一緒にいるのではなく、相手に好きと言われたから一緒にいる、という感じだった。
そんな調子だから、彼女を適度に大事にするが最後には振られていた。
当然だと思う。心から愛しているという情熱が陸からはまったく感じられないのだから。
来るもの拒まず去るもの追わず状態で、この男の人生はこれからどうなるのかと本気で心配したものだ。

「そうだけどさー。本当に鬱陶しいよ陸。しかも僕は雪兎君とも顔を合わせるのに、どんな顔していいかわからなくなるよ」

惚気の内容も、僕に惚気てくることも。

「まあな。傍から見てるぶんには面白いけど、お前はどちらとも関わりがあるからな」

「雪兎君の操が心配だよ…」

「卒業までは我慢するって陸が言ったんだろ。なら平気だよ」

「あの男のちっぽけな理性なんて信じられるか」

「相変わらず光は陸に手厳しいなー」

大和はころころと笑い、大丈夫だよと立ち上がりながら僕の頭をぽんと撫でた。ついでにリリーを抱き上げる。
リリーは急に起こされてぼうっとしながらも大和の腕の中大人しくされるがままだ。

「じゃあ俺先に寝るな。おやすみ」

「おやすみ…」

後ろ髪も引かれず寝室に消える大和を眺めた。
どれくらいの期間同じ時間帯でベッドに入っていないだろう。
いつもどちらかが先に寝てしまうことが多い。
大和は常々帰りが遅いし、たまにこうして早く帰っても疲れからかすぐに眠ってしまう。
最後に身体を重ねたのはいつだったか。
数えようとした自分に苦笑する。
やめよう。考えても仕方がない。いい大人なのだし、心も身体も若くない。
陸を羨むのもやめよう。比較してもいいことはない。

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