3

また助けられてしまった。村上のときも、今回も、面倒事に巻き込んでしまって申し訳ない。
今回は自分でも対処できたかもしれないが、一瞬身体が動かなかった。
やめろというにはとてつもない勇気が必要なことを知った。
ありがたいやら、情けないやら。同じ性別なのに、自分はなにをしているのか。
高杉先輩のように気丈に振る舞えなくて、とてもがっかりした。

「三上ごめんね」

寮まで歩きながら背中に声をかけた。
彼はぴたりと立ち止まり、こちらを振り返ると手を挙げた。
ぶたれるのかと思って目をぎゅっと閉じる。けれど頭をぽんぽんとされて恐る恐る目を開けた。
呆れたように溜め息を吐く三上と視線がからまり、もう一度ごめんと呟く。

「お前は変態を引き寄せる体質なんだな」

「は?」

「類は友を呼ぶんだな」

「ぼ、僕は痴漢なんてする変態じゃない」

「そうか?俺のこと痴漢したじゃん」

「あれは違う。愛情表現」

「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと反省しろよ」

今度は両頬を摘まれ、限界まで引き延ばされる。

「いたいいたい!反省します!」

「あのクソ野郎のことがあったんだからよ、もうちょっと考えろよバカ」

ぱっと手が離れ、ひりひりとする頬をさすった。

「…ごめんなさい。でも潤ならともかく、僕にくるなんて思わないじゃん」

「思わなくても、少しは怖いから誰かと一緒に行こうとか、なんかあんだろ」

「だって僕も男だし。痴漢されてもどうにかなると思ったし」

「どうにもなってねえだろ」

「あ、あれは、どうにかしようと思っていたところで…」

ごにょごにょと言い訳をすると、また溜め息を吐かれた。

「ちょっとこっち来い」

腕を掴まれて、近くの公園のベンチに座らせられた。お説教タイムの始まりだ。
大人しく座り、身体を小さくした。何回謝れば許してもらえるのだろう。
三上は自販機で温かい缶コーヒーを購入して、一つを僕の膝に置き、隣に座った。
無言の時間が過ぎ、怒るなら早く怒ってほしいと嫌な汗を掻いた。
彼は缶コーヒーをベンチにこつんと置くと、こちらに手を伸ばし、頭をぐしゃぐしゃにしてくる。

「いでででで」

頭がぐらんぐらんと揺れ、目が廻りそうになった。
手が離れた後も世界は暫く揺れていた。

「むかつく…」

ぽつりと聞こえてますます申し訳なくなる。土下座して謝りたい。

「も、もう電車に乗りません」

半泣きで言った。怒らせないように十分気を付けようと思っているのに、どうして怒らせてばかりなのだろう。
彼と自分は果てしなく相性が悪いようだ。お互い同極で反発し合って一生交われない。

「そうじゃねえよ」

「…じゃあ、どうすれば…」

縋るように下から三上を見ると、彼はあー!と大声を出したので、びくっと肩を揺らした。

「…俺も悪かった」

「なんで」

「誰かと行けって言わなかったから。お前と一緒で、潤ならともかくお前は大丈夫だろうと思ってた」

はっきり言われるとそれはそれで傷つくのだが。
百人いれば百人がどうせ痴漢するなら潤を選ぶだろうから否定はできない。

「でも昨日皇矢に言われたんだ。高杉先輩を選ぶくらいだから普通の基準じゃないのかもって」

それは高杉先輩にも失礼なのでは。しかも皇矢は自分の恋人なので、自分も選ぶ基準がおかしいですと言っているようなものだ。

「…人それぞれ美的感覚は違うしね…」

高杉先輩をフォローしたつもりだが、フォローになっていない。

「お前はもし痴漢にあってもやめろって言えないと思ったんだよ」

「…い、言えます。本当に言おうとしたんだ。確かにかなりびっくりして固まったけど…」

「一回怖い目に遭ってるだろ」

村上のことを指摘され、ぐっと喉を詰まらせた。
だけど、男としてしっかりしようと思ったし、立ち向かえないなんて情けないので勇気を出そうと思った。
実際、行動に移す前に助けられたが。

「お前は抜けてんだからもっとしっかりしろ。隙だらけなんだよ」

「隙なんてつくってるつもりない…」

「つもりはなくてもそうなの。変態には格好の餌食なの。見た目うんぬんの問題じゃないの。わかりましたか」

「……はい…」

納得できないが頷いた。彼の怒りをおさめようと思うが、方法がまったくわからない。

「ごめんなさい」

とりあえず謝った。何度目の謝罪かもわからないが。謝る度に情けなくなって唇を噛み締める。
男としての自信が揺らいでいく。自分一人で立っていたいのに、ぐらぐらと揺れて誰かに支えられての繰り返しだ。嫌になる。自分が嫌いになっていく。
三上と自分は同じ歳で、体格にたしょう差はあれど同じだけの力と気持ちを持っていていいのに。どうして咄嗟に必要なときに力は萎んでしまうのだろう。
女の子になりたいと願ったが、今の姿で女の子のように非力で誰かに守られるのはごめんだ。
俯いていると指で頬を撫でられた。反射的に顔を上げるが、三上はまだ眉間に皺を寄せている。

「お前はどうしようもねえな」

失望したような言葉にショックを受けた。

「…あ、明日…。いや、今日から身体鍛える。むきむきになって、皇矢に弟子入りして自分の身はちゃんと自分で守れるようになって、三上のことも守ってあげられるくらいになって…。それから…」

段々はなしがずれてきていると気付いて尻すぼみになった。
ふっと笑ったような息が聞こえた気がして三上を見ると、微かに片方の口の端が持ち上がっていた。
これは笑っているのだろうか。笑顔というにはあまりにも悪人面だが。

「そういうことを言ってんじゃねえよ。まあ、お前がむきむきになりたいなら止めねえけど」

「だって、また三上に迷惑かけるかもしれない…」

三上は面倒なことは大嫌いだ。ただでさえ、面倒な僕とつきあって、更に面倒事に巻き込んで、我慢していつかは破裂して、お前とは付き合ってられないと言われる予感がする。
痴漢にあったことよりも、三上に面倒をかけたことの方が余程ショックだ。
痴漢は犬に噛まれたぐらいに思える。男の尻なんて減る物でもないし、たしょう撫でられたくらいは気にしない。
それより頭をいっぱいにするのは彼のことばかりだ。
落ち込むのはいつでもできる。まずは、きちんと反省し、できることをしようと頭を切り替えた。うじうじしてもなにも変わらない。
勢いよく立ち上がった。

「そうと決まれば鍛える方法を勉強して、筋トレに励みます!」

ぐっと拳を作ったが、三上は喜んでくれない。

「とりあえず、プロテインを買いに行こう!」

筋肉イコールプロテイン。知識が浅い者の結論だが、きっといつかは役に立つ。
めらめらと闘志を燃やし、三上に帰ろうと言って背を向けた。
一歩足を踏み出そうとしたが、後ろから腕が伸びてきたかと思ったら抱きしめられた。
心臓がひゅっと縮こまり、身体の中でなにかが弾けた。
本当に三上だろうか。三上がこんなことをするとは思えないのだが。

「みか――」

「止めないって言ったけどやっぱりなし。いいな」

耳元で囁かれ、身体をがちがちにしながら何度もこくこくと首肯した。
その瞬間、ぱっと腕が離れたが、心地よい感覚に陶酔していた。気付いたときには三上が公園を出ていくところだった。
もう少し抱きしめてくれてもよかったのに。あわよくば、公園で押し倒してくれてもよかったのに。不埒な欲望が顔を出す。

「あ…。ま、待って!」

すらりとした背中を追いながら、そういえば何故三上はあの場にいたのだろうと首を捻った。
たまたま偶然?
聞きたかったが、たぶん聞いても答えてくれないのでやめておいた。

三上には鍛えないと約束したが、こっそりやろうと思っている。
派手な筋肉はいらないが、たしょう鍛えて、それから護身術のようなものも勉強しよう。
できる限りをして、いつかきっと、三上が窮地に立たされたとき、彼がしてくれたようにヒーロー然と現れる。
そんな日があるか知らないが、備えあれば憂いなし。恩返しをするから待っていてほしい。
彼の背中を追いかけるばかりだけれど、今度は僕が三上の盾になるくらい、どっしりとした男になりたい。やはりまずはプロテインを…。
こっそりと考えながら彼の腕に身体を絡ませ、そして思い切り払われてしまった。



END

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