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暫く待ったがなにも話そうとしないので、鞄を握って立ち上がった。
「俺帰るわ」
不機嫌なときは一人にさせるのが一番だろう。
喧嘩にもならないのだからこちらも対処のしようがない。
一度だけ茜の頭をぽんと撫で、部屋から出た。
あーあ。心の中で呟く。
上手くいかないのは毎度のことだが、その度解決策がないままに繰り返される。
誰かに言われた通り、あまり相性というものが良くないのだろう。
不貞腐れながら部屋に入り月島不在をいいことにソファに横になった。
ぼんやりと天井を眺める。
考えるのは得意ではないし、考えたところで茜と自分は違う人間だからどうしよもない。
一人で考えてどうにかできるのらとっくにしている。
冷たい水を冷蔵庫から取り出して一気に半分飲んだ。
携帯をテーブルの上に投げ捨て、ぼんやりとテレビを眺める。
内容など入っていないが、じっとしているとまた苛々が始まる。
暫くすると月島が帰ってきた。
「うわ、なんだよお前電気つけろよ」
「…あ?ああ」
もうそんな時間になっていたらしい。どうりで腹が減った。
ソファから起き上がり携帯をポケットに突っ込む。
「俺学食行って来るわ」
「おー」
月島は夕飯を済ませたようで、部屋着で寛ぎ出した。
自分も着替えたいが、面倒なのでそのまま向かった。
適当に飯を食って、水がなくなったことを思い出して自販機で数本買って部屋へ戻った。
買っとかないとまた月島にうるさく言われる。
俺の水飲むなとか、今すぐ買いに行けとか。また下らない小競り合いをする元気がない。
いつもは面白がって乗っかるのだが。
扉を開けてリビングに入ると茜がソファに座っていた。
「…なんだ。びっくりした。月島は?」
「風呂だ」
「あ、そう」
冷蔵庫の中にペットボトルを押し込んで茜の隣に着いた。
こちらの部屋に来るのは非常に珍しい。月島を気にして嫌だと言っていたのに。
「…どうかしたか」
「…あ、あの。急に来て、すまなかったな」
「いや、それはいいけど」
膝の上に拳を乗せてぎゅっと握っている。
さきほど険悪な空気になったからわざわざ仲直りに来たのだろうか。
茜に限ってそんなことはないと思うが。
然程自分も気にしていない。いつものことで、またかとうんざりはしたが。
「で、なんだ?」
「えっと…」
言いかけたとき、風呂の扉がばーんと開いた。
月島は生活音がうるさい。
「ふいー。お、柴田帰ってきたか!」
「お前ドアぐらい静かに開けろよ。いくつだよ」
「十七歳ですー」
「七歳の間違いだろ」
「うっせー」
月島がいたのでは話せない。
立ち上がって自室に来いと顎をしゃくった。
寮の薄い壁では微かに声が聞こえるだろうがテレビの音で誤魔化せるだろう。
ベッドの上に座ったが、茜は扉の前で立ちっぱなしなので座れと隣をぽんと叩いた。
「月島のことは気にしなくて大丈夫だから。あいつアホだし」
「あ、ああ…」
「で、続きなに」
折角重い口を開いてくれたのに月島のせいでまた一からやりなおしだ。
茜の口をこじ開けるのは大変な苦労なのに。
待つのは慣れたが、あまりにも話さないとまた苛々するのだ。
「……さっき…。申し訳なかったと思って」
ぼそぼそという声を聞き逃さないようにした。
「別にいい。そんなむかついたわけじゃねえし」
本当はイラっとしたが、秘密にしておこう。
「…勘違いをされたままだと悪いと思って」
「勘違い?」
「ほ、本当にわかってるから。話したり、一緒にいるだけで変な目で見られない。そこまで自意識過剰にならなくても大丈夫だと」
「…あ、そう」
ならば何故頑なに自分を拒否するのかと聞きたいが、困らせて終わるだろうから聞かない。
自分が傷つくような答えかもしれないし。
「……僕は、そんなにお前に対してきつい態度をとっているだろうか」
「…まあ、他の奴と同じようなもんじゃねえの?あの先輩は別として」
「あの先輩?」
「隣の席の」
「ああ、椎名か。椎名は…。確かにちょっと違うかもしれないけど、僕の態度がお前を不快にさせているなら気を付けようと思う」
馬鹿真面目な茜は馬鹿真面目に反省したのだろう。
ただ、こちらが多少拗ねただけなのに。
逆にそこまで悩ませたのなら悪かったと思う。
すべてをさらりと受け流せず、すべてを真正面から受け止めてしまう。たいそう疲れるだろう。
「いいよ。無理すんな。俺は気にしねえから」
「…別に周りの目を気にしてきつく当たっているわけではないんだ」
「じゃあなに」
聞くと、茜は拳が白くなるほどぎゅっと手に力を込めた。
なんだかこちらが虐めているようではないか。
「ぼ、僕の問題で…。僕が慣れないというか…」
「…人前で話すことに?」
散々一緒にいるのに?未だに?
やはり彼の思考はまったく理解できない。
「そうではなくて…。自分の顔は自分ではわからないから、も、もしかしたらお前と話しているとき、顔がゆ、緩んだりしているのではないかと…」
「…んなことねえと思うけど」
むしろいつも以上に厳しい顔つきですけど。
「…だから…。だから余計にきつい態度をとってしまう。別に話したくないとか、お前が嫌だとか、そういうことではなくて。…そんな風に誤解されたらいけないと思って…」
微かに頬が赤くなっている横顔を覗き込んだ。
これだから離れられないんですよ。心の中で勝手に三上に言った。
可愛げがゼロだとあいつは言うが、二人になるとたまに、ごく稀にデレてくれるのだ。
貴重な分最高に可愛いと思う。
「…なんだ。見るな」
「かーわいいなと思って」
「ふ、ふざけるな」
「ふざけてません」
肩を引き寄せて頭にキスをした。
「やっぱりお前俺のこと好きなんだな」
「な、そんなことは一言も言っていない」
「そういうことだろ」
自信がぐらぐらと揺れて、中身がすっからかんだったが、一言でまた復活した。
こんな可愛い姿を他人に見せてたまるか。
どこがいいのだと罵られるくらいでちょうどいい。
いくら冷酷な態度をとられてもいい。気恥ずかしさをぐっと抑え込んでいるのだと思えばそれもまた可愛いではないか。
こんな生娘な性格、今時女でも珍しいというのに。
さらさらとした髪をいじっていると、突然茜が立ち上がった。
「か、帰る」
「もう?」
「言わなければいけないことは言った。帰る」
「…じゃあ俺お前の部屋泊まる」
「え…」
「いいだろ?」
「…いいけど」
なにをされるかわかっているだろう。
可愛い態度をとられれば、それ以上に可愛がりたくなるものだ。
「あー、楽しみ」
「な、なにがだ!」
「口にするか?」
「いい!言わなくて結構!」
慌てて口を塞がれて笑ってしまった。
こいつは一生こんな調子なのだろうと思う。
茜を知ってしまったら、他に目がいかないのも当然だと思うのだ。
END
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