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五時間目の予鈴が鳴り、学食から生徒がさっと引けていく。
自分も行かなくてはならない。ただでさえ頭が悪いのだからサボると余計に叱られる。
母親はいい。小言には慣れている。けれども茜に言われては最終的には従わなければいけない。
なんだかんだと言っても尻に敷かれていると思う。
情けないと思うが、惚れた弱味は簡単に覆らない。
でも今日は生徒会の仕事は休んでもらって部屋でゆっくり話したい。
別に三上に散々言われたからではないが、たまにはこちらに向かって笑ってくれてもいいと思うし、自分は断じてふられていない。好かれているはずだ。
堅物茜が交際続行中なのだから好きでいてくれている。自信は揺らぐが信じなければあの男とは一緒にいられない。表情も言葉も甘くはないからだ。
一つ欠伸をして教室へ戻った。
面倒だが授業だけは一応出席しよう。眠っていたとしても、出ないよりはましだろう。

六限が終わってすぐさま茜の教室へ向かった。
後方の扉からちらりと覗くと昼食時に共にいた先輩と談笑中だった。
一方的に話しかけられているようだが、時折かすかに笑っている。
笑顔の大安売りか。それは自分の特権だと思っていたが、更に上をいく人物がいるらしい。

「茜」

呼べばこちらを振り返り、やはり表情を硬くした。
こんなときこそ、満面の笑みになってくれてもいいのに。
そんな場面を茜に求めるのは無謀だが、自信がまた少し削れていくではないか。

「なんだ」

彼はこちらに来て眼鏡をくいと上げた。

「帰るぞ」

「は?僕は生徒会の」

「今日は帰る」

「なんだ。なにかあるのか?」

「別に」

こちらの我儘に一瞬ぽかんとして、小さく溜息を吐かれた。
けれども少し考えて了承してくれた。
鞄を取りに戻り、友人に別れの挨拶を済ませている。

「行くぞ」

冷たい瞳を向けられて黙って半歩後ろを歩いた。
学園の中では特に茜の態度は硬い。周りにも、自分にも。
周りに必要以上に関係を探られたくないのか、自分に対しては過剰にきついと思う。
ギャップが可愛い。なんて思っていたが、そんな言葉で片付けていいものかと疑問もある。

「副会長、さようなら」

律儀に頭を下げる生徒までいて驚いた。

「ああ」

素っ気ない返事からして慣れているのだろう。

「…誰?」

後ろから聞けば、二年の学級委員長だと言う。生徒会の行事の際にはよく手伝ってくれると。
一部の真面目な生徒には茜は疎ましい存在ではなく、尊敬できる部類に入るのかもしれない。
そんな生徒はいないだろうと思っていたが、自分の勝手な思い込みだった。

寮のロビーにつき、彼の腕を引いた。

「部屋行く」

「…そうか」

だめだと言われないだけましだろうか。
素直に気持ちを言葉にする人間ではないと理解しているが、判断に迷う場面も多いから困る。

部屋に入りソファにどっさりと座った。
インスタントコーヒーが入ったカップを受け取ってテレビを点けた。
茜も隣に座り、ネクタイを気怠そうに緩めている。

「なあ」

「なんだ」

「なんで昼無視したの?」

「…別に、無視はしてない」

瞳を伏せた表情を見て、相変わらず嘘をつくのが下手だなあと思う。
学校であまり接したくないという彼の気持ちは汲んでいるつもりだ。
そこまで警戒せずとも、誰もまさかと疑ったりしないと言っても聞かないのだ。
万が一キスをしているところを見られても、ゲームか嫌がらせをされていると思われるだけだ。
それくらい茜の信頼は厚いし、相手が自分では尚更だろう。

「少し話すくらい平気だと思うけど」

「そんなことはない」

「なんで。話すくらい普通じゃん。一緒に帰ったりするし、変な組み合わせだけど疑われたりなんてしねえよ」

「…わかっている」

「わかってないだろ」

「わかってる!」

吐き捨てるように言われ、また眉間に皺を寄せている。
そこまで自分の存在は彼にとって邪魔なのだろうか。欠点になるのだろうか。
確かに品行は良くないし、頭も悪い。問題も起こしたが、最近は大人しくしている。
自分なりに変わろうと努力もした。
見た目はあまり変化はないし、第一印象は最悪なままだろうが。
まだ努力が足りないと詰られても言い返せない。
けれど、自分は自分だし、これ以上は変えられない。
小さく息を吐くと茜の身体が強張った。
怒っているわけじゃない。男同士だと障害も多く、彼は特に気にしているからそれに合わせるのは構わない。
とにかく接点を持ちたくないと言うなら従うけれど。

「悪かったよ。あんま話しかけたりしねえから」

ぽんと背中を叩くと彼は項垂れるように俯いた。
それでは答えに不十分だったのだろうか。
真逆な性格なので、なにを考えているのかさっぱり見当がつかない。こういうときは心底困ってしまう。
意見が一致しないのは当然として、交差すらしないのだ。

「…じゃあもう見たりもしない」

これなら文句はないだろうという気持ちを込めたが、茜はゆっくり首を左右に振った。

「なに。じゃあどうすればいいんだよ」

「…そうじゃない」

「なにが」

段々苛々してきて、少し言い方がきつくなってしまった。
そうなると茜はますます話さなくなる。
けれど、感情を抑制する力はまだ十分に育っていない。
案の定彼はきゅっと口を引き締めてしまった。
こうなってはお手上げだ。
あの手この手を遣っても逆効果だ。
ただ、平和に普段通りに過ごそうと思ったのに大失敗だ。
あんな問いをした自分が悪いのだろうか。



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