愚か者が笑う





「高杉先輩だ」

学食のテーブルの頬付きをつきながら、三上が遠くに視線を向けたまま言った。
一先ず箸を休めてその視線を追うようにすると一人の生徒と対峙する茜がいた。

「説教中だな」

友人の言葉に心の中で頷く。
制服の着方がだらしないとか、携帯をいじりながら歩くなとか、割り込みをするなとか、まあ、内容は色々と想像できる。

「高杉先輩って二十四時間怒ってんの?」

冷めた視線を茜に向けながら問う。

「そんなわけねえだろ」

「怒ってる顔しか見たことねえけど」

「それは…」

自分の前では違うのだと言おうと思ったが、自分もしょちゅう叱られている。
三上の言葉通り、いつも眉間に皺が寄り、瞳がきつく細められているし、苛々していると一メートル先からでもわかるくらいに不機嫌な空気を放っている。

「まあ、多少機嫌いいときもあんだよ」

「多少かよ」

「お前も同じようなものだろ。三上が全然笑ってくれない、って真琴が言ってたぞ」

「だって一緒にいても面白くねえし」

「ほんとに真琴には人一倍きついな。ああ可哀想。もっといい奴山ほどいんのによ」

「知らねえよ」

三上は面倒そうに顔を顰め、やはり茜と同じような表情をした。
確かに三上も茜もあまりにこにこと笑わない。
仲間内で話して大爆笑、なんてことも三上にはあまりないように思う。
潤と自分ばかりで、三上は無表情で欠伸をする。なんていうのがお決まりだ。
似た者同士。ではない。
不真面目一直線に生きている三上と、生真面目の代弁者の茜では月とすっぽんだ。
再び茜の方を見ると、最後に溜息を吐いて説教相手を解放してやっていた。
相手はほっと安堵した様子で、そそくさと去って行く。
あんな調子だから同級生や後輩からも避けられているが、本人は気にした様子もない。
自分は正しいのだと、正義がいつも勝つのだと信じている。
そんなはずはないと言っても聞かないので、あまりうるさく言うつもりはないし、それが彼なのだから無理に捻じ曲げるつもりもない。
ただ、生き難いだろうとは思う。

茜はこちらに気付かず空いている椅子に座り昼食を食べ始めた。
遠くから眺めるというのもなかなかおもしろくて、あえて声はかけなかった。
沢山の生徒で混雑しているので、真っ直ぐに眺めても視線に気付かれない。

「気持ち悪っ」

「…なにが」

「お前。こっそり眺めるとかストーカーかよ」

「うるせえな。お前もどっかで真琴が見てるかもしんねえぞ」

「見てるよ」

「は?」

「さっきからこっち見てる」

ちらっと視線を動かしたので自分もこっそりと見ると、確かに真琴が前のめりになりながら一心に三上を見詰めている。
それを傍から観察すると確かに気持ち悪い。ということは自分も気持ち悪いということか。

「気付いてんのにシカト?」

「こっそり見たいんだろ。ストーカーってのは」

「いや、一緒にすんなよ」

「一緒だわ」

自分は断じて真琴とは違うと思いたい。絶対に違う。あそこまでストーカーではない。
とはいえ、茜を観察するのはやめられない。
ただの作業のように口に物を運ぶ姿はとても気怠そうだ。
もう少し食に興味を持ってもらいたい。食べても食べても痩せているようで、本人は平気だというが周りがはらはらとしてしまう。
母親にも言われたのだ。見る度に痩せているように感じると。
少しこちらが気を抜くと飯をすっとばすので、口煩く食べろというのが習慣になった。
時折小さく溜息を吐いているようで、本当に食べるという当たり前の行為に興味がないのだと思った。
半分を食べ終わったところで箸を置いた。
食が細いのも相変わらずだ。無理をすると気持ちが悪くなるだろうが、こちらが不安になる。食べ盛りの高校生なのに。
お茶を飲む茜に一人の生徒が空のトレイを持ったままにこやかに話しかけた。
珍しい人もいるものだ。

「高杉先輩に話しかけるなんて命知らずな」

「お前失礼すぎるだろ。友達の一人くらいいる…。と思う」

よくよく見れば、最近仲良くしているという神谷先輩の従兄弟だ。
共に行動しているところをよく見るし、なんとなく馬が合うのだろう。
自分は接したことはないが、雰囲気からして真面目で落ち着いているように見える。
凛として見えるところは似ているかもしれない。
彼は茜と対峙する席につき、茜のトレイを指差している。
もっと食えと助言しているといいのだが。
思惑は当たったようで、一旦置いた箸を再び持ち直した。
茜が誰かに叱られて言うことを聞くという構図が珍しくて驚いた。いつもと逆だ。
けれど、そうやって気に掛けてくれる友人がいてくれてよかったと思う。
彼の性格が多少柔和になったのは自分だけではなく、周りの友人のおかげだと思うからだ。

「うわ、高杉先輩が笑った」

いつの間にか三上も茜観察を楽しんでいる。

「そりゃ笑うこともあるだろ」

自分には滅多にないけれど。
友人といるときに比べ少なく、それがひじょうに悲しい。
無理に笑えとは言わないが、自信が揺らぐではないか。
きっとあの先輩がにこにことするからつられて笑うのだ。
自分もいにこにこすればいいのだろうか。気持ち悪いと一蹴されそうだからやめよう。
ぼんやりとそんなことを考えていると、友人の先輩と一瞬目が合った。
次に茜に声をかけ、漸く茜も気付いたらしかった。
自分と目が合うと、下がっていた目尻が一気につり上がった。
明らかな態度の違いにがっくりとする。一応恋人なのにその態度はいかがなものか。
茜はそのまま友人を引きつれ学食を去った。
声も掛けないところが茜らしいし、いっそ安心もするが。

「あーあ、ふられた」

「ふられてねえし」

「強がんなって」

立ち上がった三上にぽんぽんと肩を叩かれる。
イラっとして思い切り振り腕を払ったが鼻で笑われた。
三上も真琴に声をかけることも、視線も合わせることをせずトレイを持って去って行った。
真琴の心中お察しします。

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