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ああでもない。こうでもないと下らない話しをしていると、扉が開く音がした。
あまりにも遅いから痺れを切らした楓が乗り込んできたかと思ったが、近付いてきたのは有馬先輩だった。
「今日は珍しい客が多いなー」
香坂先輩は呑気に言い、木内先輩は一言二言有馬先輩と話して笑っている。
笑うといっても木内先輩なので非道な笑みにしか見えない。
しかしこちらは有馬先輩というだけで一気に身体が硬直する。
怖い。この人にだけは近寄らないのが吉と皆言うし、自分もそう思う。
深くは知らないがなんとなく、近付いてはいけない雰囲気がある。
こんな厄介で面倒くさそうな男に惚れる潤は頭がイカれている。
潤のことだから中身うんぬんではなく、見た目だけで選んだのではないかと思う。
自分と並んでも見劣りしないとか、そんな理由だ。
「で、お前はどうしたの?」
香坂先輩が有馬先輩に問う。
「柴田にプレゼントですよ。高杉に頼まれました」
「今度はお前が高杉のパシリかよー」
「高杉は今修羅場です。遊んでいるくらいなら持っていけと怒られました」
有馬先輩に怒る。すごい。高杉先輩はすごい。
柴田を手懐け、有馬先輩を抑え込む。高杉先輩が獰猛使いに見える。
有馬先輩は柴田にノートを手渡しそのままラグに座った。
彼がここにいるなら自分は帰りたい。
「高杉には疲れました。しばらくここで休ませて下さい」
「どうぞ。お好きなだけ」
「ほ、ほな俺帰ります」
ぎこちなく笑ったが、香坂先輩にがっちりと肩を組まれた。
「ちょっと自販機行って飲み物買って来て。五人分」
語尾にハートマークがつきそうなほど甘ったるい声で言われる。
女性ならば喜ぶだろうが自分にすれば気持ちが悪いだけだ。
「先輩さっきは人を頼ったらだめやって言ってたやん」
「俺はいいの。先輩だから」
「理不尽!学生時代の先輩後輩関係の理不尽さよ!」
「いいから行って来い。柴田もな。一人じゃ持てねえから」
「はいはい」
柴田は最初から抗うつもりがないようで素直に立ち上がった。
彼らと一緒にいることも多いので慣れているのだろう。
香坂先輩からお金を受け取り柴田とお使いの旅だ。
すさまじく悪いタイミングで香坂先輩の部屋に来てしまった。
いつもそうだが運がなさすぎる。悪い方悪い方へ進んでしまう。
柴田とこそこそと先輩たちの文句を散々言いながら戻る。
テーブルに缶やペットボトルを置き、つり銭を香坂先輩に渡した。
「あげる。お駄賃」
「いや、いりませんて。十円だし」
「十円を笑う奴は十円に泣くぞ」
「そっくりそのままお返ししますわ!ほな、今度こそ帰ります!」
「せっかくお前の分も買ったんだから飲んでけよ」
こいつさては暇か?
それとも楓との喧嘩のストレスを俺をいじって発散したいだけか。
こうなるだろうと思っていた。だから嫌だったのだ。先輩たちはいつもいつも自分をいじって玩具にする。
反論しても無視しても結果は同じ。本当にこのろくでもない先輩たちはいい性格をしている。
「柴田がいるのはいつも通りとして、甲斐田君がいるのは珍しいですね」
有馬先輩に視線を向けられ咄嗟にそらす。
目があったら石にされる。なんて思っているわけではないが、心の底から接点を持ちたくない。
「こいつ楓にパシリにされてんの。携帯忘れたから取りに来させられて」
香坂先輩が言うとなるほどと頷いた。
「香坂も、もう少しきちんと教育をしたらどうですか?人を遣うのはよくないです」
「お前にだけは言われたくねえけどな」
「失礼な。私は使ってませんよ。忘れ物くらい自分で取りに行きます」
「なら潤のこともちゃんと教育しろよ。あいつ未だに俺に散々我儘言うぞ」
三人の会話に耳をそばだて、またこの流れかとこっそり溜息を吐く。
柴田も同じで、顔に帰りたいと書いている。
「私はきちんと厳しくしています。無暗に甘やかしたりはしていません。ね、柴田」
「…まあ。たぶん。有馬先輩の文句いつも言ってますしね」
柴田が余計なことを言うものだから有馬先輩の目つきが鋭くなった。
「その文句の内容、是非とも聞きたいものです」
「やべ…」
「そりゃ文句も出るだろうよ。お前なんかとつきあってたらよ」
「木内に言われたくありません」
「なんだと。俺はちゃんと恋人は大事に大事に扱ってるわ。お前と違って。な、秀吉」
「なんで俺に話しふるんすか」
「ゆうきは俺の文句なんて言わねえだろ?」
「言いませんけど誉める言葉も聞いたことないですよ」
「ゆうきは無口だから言わないだけで腹に抱えてんだろ。景吾あたりには愚痴ってるかもな」
「楓なんか皆にお前の文句言ってんじゃねえかよ」
「言ってない。な、秀吉」
「だから俺にふらんといて下さい。言ってますけど」
「言ってんのかよ」
「皆似た者同士ってことでいいんじゃないすか?ま、茜は影でぐちぐち言ったりしませんけどねー」
勝ち誇った顔に苛ついたのは俺だけではないだろう。
それを言うなら神谷先輩だって裏で文句など言わないはずだ。と信じたい。
「高杉の場合は裏では言いませんがあなたに直接言うでしょう」
鋭い考察に柴田は反論できずに口を噤んだ。
「ほな、神谷先輩は裏でも表でも言わんから、神谷先輩が一番ええ恋人です」
ほろりと顔が緩んだ。彼の姿を思い出すといつだってにやけてしまう。
気持ち悪いと皆に言われるが、無意識にそうなってしまう。
「はあ?翔がいい恋人?お前寝惚けてんのか!」
香坂先輩にばしっと頭を叩かれる。
寝惚けているのはお前だ。楓なんぞに惚れやがって。言い返したい。
「翔がいいのは見た目と頭だけだろ」
木内先輩までこの言い様だ。
「確かに。神谷はある意味怖いですよね」
有馬先輩に言われるとは心外だ。お前以上に怖い奴などいない。
「翔はな、有馬をしのぐサディストだぞ。絶対に。そのうちお前縛られて蝋燭とか垂らされんぞ」
「秀吉にとってはご褒美じゃん」
「確かに」
「俺マゾやないんで!痛いのとかめっちゃ嫌いなんで!歯医者ですら嫌なんで!」
「でも神谷にやりたいって言われたらやるんでしょ?」
神谷先輩に言われたら。言われたら…。
想像してまた口元が緩む。彼が望むのならば我慢するかもしれない。
そうすれば繋ぎとめていられるならば容易い御用だ。
「…やりますけど」
素直に言えば全員に笑われた。
これだから秀吉は。へたれ。お前にはお似合いだ。そんな言葉を浴びせられ、自分は何をしにここに来たんだっけ、と原点に返る。
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