Fall


その日の授業を終え、部屋で制服のブレザーだけを脱いで寛いでいた。
今日は金曜日なのでゆっくりと時間を無駄にできる。
時間は貴重なのだと口酸っぱく言われているが、なにもしない無駄な時間も必要だと思う。
同室者の三上は眠たそうにソファにぐったり凭れ掛かっている。
年がら年中寝不足で、いくら寝ても足りないのだと言っていた。
ぼんやりと二人でテレビを眺め、時間になったので一緒に学食へ行った。
部屋へ戻り、後は風呂をすませてゆったりしようと思っていたのに楓からの電話で計画がぶち壊された。

『秀吉ちょっと香坂の部屋行って俺の携帯とってきてくれ』

「は?自分で行けや」

『喧嘩したんだよ!携帯置いてきちゃったの!』

「はあ?また?ええ加減に喧嘩やめや」

『うるせえ!香坂に言え!マジで頼む』

それが人に物を頼む態度か。説教をしたいところだが、こんな損な役回りは今に始まったことではない。
自分がしっかりしているわけではないし、それぞれなんでも自分でできる。それなのになぜか皆面倒事は自分に押し付ける。
お兄ちゃんポジションと言えば聞こえはいいが、ようは便利な人だ。
それに不満はないつもりだが、たまに疲れるときもある。

「お前なあ、自分が悪くないなら堂々としとればええやろ」

『顔見たらまた喧嘩になりそうで嫌なんだよ!俺も頑張って喧嘩を避けてんの!』

それは喧嘩というより問題を避けているのではないか。

「…しょうがないなあ」

『行ってくれんの?』

「しゃーないやろ」

『サンキュ!礼はまたいつかする!』

「期待しないで待っとるわ」

『期待しろ!じゃあ、俺部屋にいるから持ってきてちょうだい』

「へいへーい」

甘やかし過ぎだろうか。わかっているのだが、説教や文句を言っても最後には助けてしまう。
些細な問題だし、真剣に向き合わなければいけない土壇場にはそれぞれ自分自身できちんと頑張るのでそれでもいいかと思っている。

「ちょっと出てくる」

同室者に告げる。素っ気ない返事をされ、出鼻を挫かれた気持ちで香坂先輩の部屋へ行った。
できればあまり近付きたくないのだが仕方がない。
部屋の前で小さく深呼吸する。なにを言われてもすぐに帰ろう。先輩に捕まるとろくな目に遭わない。
扉をノックし暫く待ったが返事もないし応対もしてくれない。
出掛けているのかもしれないが、念のためレバーにゆっくり力を入れると扉が開いた。
できた隙間から中を覗く。
テレビの音も聞こえるし、人影もある。
楓と喧嘩した直後なので不機嫌なのだろうと想像すると今すぐ帰りたくなる。
触らぬ神に祟りなしというのに。

「あのー…」

控えめに言うと香坂先輩がソファから身を乗り出した。

「なんだ。珍しいな。入れよ」

阿修羅のようになっているに違いないと思ったが、意外にもいつも通りだ。
ソファへ近付くと他にも木内先輩と柴田がいた。
柴田は多少げんなりしているようにも見えるし、自分と目が合った瞬間、助けろという声が聞こえた気がするが気付かない振りをしよう。

「秀吉が涼の部屋来るなんて珍しいな」

「まあ。すぐ帰りますけど」

「秀吉!座れ。俺の隣に座れ!」

柴田がこっちこっちと手招きする。
どうやら自分も巻き添えにしようという魂胆らしい。その手に乗るか。馬鹿が。

「すぐ帰るって。先輩、楓が携帯忘れたって」

「ああ。これな。ほれ」

ぽんと投げられ両手でキャッチした。

「なんだよ秀吉。楓のパシリやってんのかよ。ご苦労様です」

木内先輩に嫌味を含んだ言い方をされる。

「まあ。頼まれたんでしょうがないですわ」

「あんまり色んな奴に尻尾振ってもいいことねえぞ」

「誰が尻尾ふっとんねん!」

しまった。つい突っ込んでしまった。

「でた。秀吉のベタな突っ込み。俺それ好きだわー」

木内先輩の玩具にされる。早く帰りたい。

「じゃあ俺帰ります。楓待っとるし…」

回れ右をしたのだが、腕をぐっと引かれて立ち止まった。

「まあまあ。お前が俺の部屋来るなんて珍しいしゆっくりしてけって」

「…いや、楓が…」

「楓なんて放っておけ。あいつもお前に頼らないで自分でどうにかすること覚えないとだめだ。いつも誰かが助けてくれると思ってやがる」

喧嘩した割には落ち着いていると思ったが、そうではなかったらしい。
言葉に棘があるし、先輩の言い分はごもっともだが一番甘やかしているのが自分だと気付いていないのだろうか。

「…先輩も甘やかしすぎとちゃいます?」

楓の携帯をズボンのポケットに入れながら先輩の隣に座った。
どうせ逃げられないのだから覚悟を決める。

「そうか?俺は厳しい方だと思うけどな。あいつが喚いて飛び出しても追い駆けたりしねえし」

気付いていない。馬鹿だ。この人楓馬鹿だ。
恋は盲目というが、自分も傍から見ると相当な馬鹿なのだろうか。

「お前厳しい方だと思ってんの?馬鹿だねー」

木内先輩にけらけらと笑われ香坂先輩は眉根を寄せた。

「お前にだけは言われたくねえよ。どろどろに甘やかして洗脳教育してるくせによ」

「あ?してねえよ」

「お前がいなくなったら死ぬくらいには甘やかしてんだろうが。子離れしろ!」

「別にいいんだもんねー。ゆうきは楓と違ってしっかりしてるもんねー」

「…しとりませんよ先輩。同じくらいしょうもないですよ」

恋人の欲目か。木内先輩も可哀想な男に急降下だ。
女性と数々の浮名を流してきただろうに、一人の男にはまったせいですっかりと馬鹿になってしまった。

「楓よりはしょうもなくない」

「楓のがまだいいだろ。ゆうきなに考えてっかわかんねえんだよ!」

「それがいいんだろ!」

「よくねえよ!」

「はいはい。しょうもない喧嘩やめー」

二人に両手を伸ばして制する。

「しょうもないってなんだよ!尻に敷かれてるくせによ!」

ぐさり。見えない矢が胸に突き刺さる。

「そうだよお前ら二人とも尻に敷かれていっつもご機嫌取りに必死だろうが」

ぐさり。ぐさり。容赦ない現実を刺され気分が急降下だ。
それは柴田も同じようで長く息を吐き出している。

「キャバ譲に必死な男みたーい」

「やーねー。そうはなりたくなわねー」

口元に手を翳してヒソヒソとされた。
しかもオネエ口調が余計腹立つ。言い返せないので更に腹立つ。

「そんなの。先輩たちだって同じじゃないですか。なんだかんだ、本気で月島たちが別れるって言ったら泣いて土下座でもするんでしょ?」

「お前と一緒にすんなよ」

三人の声がハモった。

「え…」

柴田は虚を突かれた顔をした後泣きそうになっている。
そこまではしないよな。そうだよな。三人でうんうんと確認し合った。
柴田はそこまでするらしい。あの柴田が。まったく想像できなくて怖い。
そうまでさせる高杉先輩を尊敬する。お堅くて融通が利かず、真面目で色気など皆無で男を手玉にできるタイプではないと思うが、柴田を惚れさせるくらいだから魔性だと思う。

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