5


何も考えたくないときは寝る間も惜しんで遊んだ。
別の何かでいっぱいにしないと、自分のように極端な人間はそればかりに囚われてしまうから。
今はそれが許される身分ではなく、有馬とした約束も反故にするつもりもない。
わしゃわしゃと自分の頭を乱暴に掻き回し、工藤の上に馬乗りになって首に回した腕に力を込めた。
工藤は行いを咎めず、背中を上下に撫でてくれた。

「…キスくらいはいいと思いません?」

「思わんな」

即答され、ちっと舌打ちをする。

「友達だってそれくらいするって」

言うと、工藤に両肩を掴まれ身体を引き剥がされた。

「和希は友人とそんなことをするのか!?」

必死な形相で問われ視線を斜め上に逸らした。
素面では勿論しないが、酔った勢いでふざけてしたことならある。勿論ディープじゃない方。

「するのか!?」

しないと否定するのは簡単だが、あまりにも必死な姿が可笑しくて悪戯心が芽生えてしまった。

「だったらどうすんの」

「どう、しよう。とても嫌だ。しないでほしい」

「お友達はそういう制限できないのに?」

片方の口端を上げながら笑うと、工藤はみるみる内に情けなく眉を寄せ項垂れるようにした。
どうやらいじめすぎたらしい。嘘だよと口を開こうとする前に工藤が顔を上げ、わかったと言った。

「和希、保護者の同意を得るか、将来を見据えた真剣な交際なら十八歳以下と関係を持っても法律上問題はないんだ」

「は?」

「だから和希のご両親に認めてもらうしかない。そうすれば和希は私の恋人だし、他の人とキスしないでと言う権利もある」

「お、久しぶりに宇宙人な千尋ちゃんが出てきた」

「私は真剣だ」

「尚更悪いわ」

どこの世界に三十過ぎたおっさんに真剣交際を認めてくださいと言われ頷く親がいるというのか。しかも男同士。
二度とうちの敷居を跨ぐなと塩をぶっかけられて終わるのは目に見えている。そんなことも予想できないのか宇宙人は。
馬鹿言ってんじゃねえぞと頬を抓ってやると工藤はむっと眉を寄せた。

「真剣交際を客観的に判断する要因ってなんだろな」

「…それは難しいな。人の気持ちを測定することはできない」

「なんか変だよな。愛があれば途端に合法になるなんて」

言うと、工藤はぽかんと口を開け目を見張った。

「…そうか。そうだな」

一人で納得したように呟き、背骨が折れそうになるほどぎゅうっと抱き締められた。
あまりにも強い力にぐえっと潰れた蛙のような声が出る。

「なんだよ!」

「愛があれば合法なんだよな」

「そんなの工藤の方がよくわかってるだろ!」

「ああ、そのつもりだったが何もわかってなかった」

「はあ?」

端折らずきちんと説明してほしいと言ったが、工藤は手首を握って立ち上がるとそのまま財布と車の鍵をポケットに突っ込んだ。

「出掛けよう」

「は!?なに、なんだよ急に!どこ行くんだよ」

「指輪を買いに行く」

ぱちぱちと数回瞬きをし、これは工藤の思考と行動についていけない自分の方が愚かなのかと考えた。
いやそんなはずはない。いくら自分が馬鹿でも説明もなしに急に指輪買いに行くぞと言われ、はい、わかりましたと言える人間の方がおかしい。
考えている間にもずるずる引かれる腕を渾身の力で振り解く。
最近はまともにコミュニケーションがとれていた気がしたが、工藤はやはり変わり者のままだ。

「説明しろ」

「説明とは?」

「あの会話からなんで急に指輪になんの?」

「愛の証明だ」

「はあ?」

「私と和希の間には愛がある。ならば合法的に交際ができる。しかし客観的に証明することは難しいので、目に見えない愛を指輪に変えようと思った。遊び相手に高価な贈り物はしない。真剣だという証明になる」

説明されてもさっぱりわからん。
額に手を添え、呆れた交じりの溜め息を吐く。

「だから行こう」

「ちょっと待て。待てって言ってんだろ!」

忙しない工藤を抑え込むため腕で首を絞め上げた。
苦しいと言いながら腕をタップされたので離してやりながら行かないと言った。

「何故?私とは遊びなのか?」

「そうじゃないけど、そんなものなくたってお互いがわかってれば済む話しだろ。責任に駆られて指輪買うなんてどうかと思うぞ」

「責任感じゃない。証明のためだ」

「だから、誰に証明すんの。俺らが真剣だって思ってること以上に大事なことなんてねえだろ」

工藤は言葉を咀嚼するようにした後しょんぼりとこうべを垂らした。
そんなあからさまに落ち込まれると罪悪感でぺしゃんこになるではないか。

「でも、結婚するときも指輪を贈るではないか」

工藤は言い訳する子供のようにもごもごと口を動かした。

「あれは永遠の愛を誓うためだろ?」

「誓います!」

「声でか」

なにをそんなに必死になっているのかと段々おかしくなる。

「和希が指輪なんかに縛られる男ではないことはわかっている。でもそれを見るたび私を思い出すだろ?そうしたら友人とキスなんてしない」

あんな冗談を真に受けるなんて、つくづく頭の固い男だ。

「相手がいるときはそんなことしねえよ。浮気はしない主義だし。俺は工藤が好きだし、お互い遊びや興味本位じゃないこともわかってる。これが真剣交際に必要な愛なんだろ?なら証明しなくても合法じゃん」

「そうだが…」

「工藤がどうしても指輪贈りたくてたまらなくなった時はもらってやるよ。責任感とかではなく。わかったか?」

弱々しくもこくりと頷いた様子を見て、わかればよろしいと頭をくしゃっと撫でた。

「で、合法になったんだし、キスしていい?」

胸倉を掴み引き寄せるようにすると、一瞬戸惑うように視線を泳がせたので、断られる前に軽く触れるだけのキスをした。

「やってくれたな和希」

「悪いか?」

「悪い。私は案外堪え性のない人間だし、ずっと君を追いかけてきた。沢山我慢して、気持ちがもう爆発寸前だ。だからあまり挑発しないでくれ」

「もう我慢する必要なくなったんじゃねえの?」

言いながら掴んでいた胸倉をぱっと離すと、後頭部を掌で包まれ圧し掛かるように口を塞がれた。
背が同じくらいなので体重をかけられるとこちらが膝を追って逃げ場を作るしかない。
それでも体重をかけてくるので遂には床に座り込み、それでも彼は離してくれなかった。
ぺろりと下唇を舐められ僅かな隙間を開けるとそこから舌が侵入した。
乱暴な舌が口内を好き勝手する様は大人の余裕とは程遠いのに、気持ちを隠さずぶつけられる感覚に陶酔しそうになる。
さすがに息が苦しくて工藤の胸を拳で叩いた。
漸く離れ、肩で息をしながら口元を手の甲で拭う。

「こういうことになるから煽らないでくれ」

ふんと怒ったように顔を逸らされ、むっとして彼を床に押し倒すようにして腰の上に座った。やられっ放しは性に合わないし、生娘のようにも扱わないでほしい。

「煽ったら何してくれんの」

「ちょっと待て」

暴れる腕を頭上で一纏めにし、彼の首筋に顔を寄せた。

「待て和希!ハウス!」

「麗子さんと同じに扱うなよ」

「和希、お前どうするつもりだ」

「どうって、このままするのかなあと思って」

「どっちが、どっちをやるつもりだ?」

「え…?」

間抜けな顔を晒し、そこまで考えていなかったことに思い至る。
力が抜けた瞬間に工藤は腕を振り解いて身体を起こし、話し合う必要があるなと呟いた。
今までの相手は女性だったので、セックスしようと思えば自然と組み敷くものだと思っていたが、それは工藤も同じことで。
酔った勢いで彼と寝たことが一度だけあったが、お互い記憶がないのでそのときどちらをしたのかもわからない。

「和希はどうしたい」

「どうと言われても考えたことなかったから…。俺が抱くものと疑いもしなかったというか」

「私は抱かれる気はないぞ」

「じゃあ俺が抱かれるわ」

さっぱりとした口調で言うと、工藤がよく考えろと肩を揺さぶった。
なんだってんだ。抱かれる気がないと言うからそれなら自分がそちらに回るしかないなと思ったのに。
考えた結果お互いトップを譲らなかったら一生できないではないか。

「じゃあどうすればいいんだよ」

「そんな適当に処女喪失していいのか!」

「処女って…女じゃねえんだし別に…」

「もっと悩め!そうでないと心配になる!」

「なにが?」

「誰にでも脚を開いたらどうしよう、とか…」

聞いた瞬間思い切り肩を殴った。工藤はう、と呻いてぷるぷる身体を震わせるようにした。
顔から肩に軌道修正しただけ偉いと誉めてほしい。

「さ、流石だ和希。拳が重い…」

「俺が誰にでも脚開くと思ってんならお前との交際はなしだ」

「お、思ってない…」

「工藤のことだって簡単に組み敷けるんだぞ。でもそうしないし、お前だから女役でも構わないって言ってんだ」

吐き捨てると、工藤は殴られた肩を庇うようにしながら抱擁した。

「悪かった。和希は本当に男らしいな。感心する」

「馬鹿にしてんだろ」

「してない。大事なことをさっぱり決断できるのがすごい。私は相手が和希でも決断できそうにない」

「俺痛いの慣れてるし別にいいよ」

「痛くならないよう善処する」

「はあ、そうですか」

問題はどちらがどちらをすることではないと思う。
別にそんなのどっちでもいい。触れ合いたいし、熱を共有したい。
そのためなら他は些末な問題として端に寄せられる。
抱かれたからって男じゃなくなるわけじゃない。断腸の思いで決断するほどの問題ではないと思うだけだ。

「さて、帰るか」

工藤は抱擁を解くとさっさと立ち上がった。

「は?やるんじゃねえの?」

さっと時計を指差され、門限が近付いていることを知る。
まだ門限厳守の約束は継続されるのかと顔を顰めた。

「真剣交際だからな。清く正しくいなければ」

「清く正しくって言うくせにセックスはするって矛盾してる…」

「恋人同士がセックスするのは清く正しいだろ。どうして悪いものと思うんだ」

「日本の教育の弊害ですかねえ…」

「そうか。セックスはいいけど門限を破るのはだめだ」

「判断がガバガバ…」

「文句を言うな。行くぞ」

「はいはい…」

よっこいせと立ち上がり、身支度をしながら何も解決できてないことに気付く。
自分がここに来た意味と思ったが、工藤と仮初めのオトモダチを解消しただけでも大儲けだ。
進路については明日から頭を悩ませるとして、年上の堅物が漸く手に堕ちたことを喜ぶとしよう。

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