6




友人の高校近くの小さな公園のベンチに座って天を仰いだ。携帯で時間を確認し、そろそろかなと大きく息を吸う。
清水さんから告白されて暫く経ったが、ずっと宙ぶらりんな状態で放置していた。いつまでもそれではいけないと思い直して返事をするためここに来た。
万引きと疑われ工藤の助けられた日、自分がどれほど子どもで、思慮が浅く、情けない男か痛感した。義務を果たさず権利ばかりを主張していたのだ。へこむだけへこんで、落ちてしまった穴から這い上がるには一つ一つ目の前の問題を虱潰しで解決するしかないのだと思い至りここにいる。
白黒はっきりつけない状態はもやもやと気持ち悪いが、待たされている方が生きた心地がしないだろう。彼女には悪いことをしたと思う。

「か、片桐君…」

声の方へ視線を移すとぎこちない笑顔を精一杯作った彼女がいた。小さく右手を挙げ、自分も笑顔を張り付ける。

「ごめんな、急に」

「ううん、大丈夫。今日は予定ないし…」

彼女はセーラー服のスカートを翻し、僅かな距離をあけ隣に座った。
男子校のむさくるしい檻の中にいるせいで、女子高生って本当に存在してるんだなあなんて当たり前のことを考えた。

「…この前の告白の返事なんだけどさ…」

「待って」

手で制され驚いた。彼女は何度か深呼吸をし、俯かせた顔を勢いよく上げた。

「うん、大丈夫。どうぞ…」

こちらまで緊張が伝わり、彼女は真剣に恋をしていたのだとわかった。なんてひどいことをしてしまったのかということも。
自分なんかのどこがいいのだろう。素朴で、真面目そうで、擦れたところがなさそうで。他の男ならうまくいったかもしれないのに。

「…ごめん。俺、今誰ともつきあえない」

一言一言、区切るようにはっきりと言った。こういうとき、変に同情したり傷つかないようにと気を回すのは酷だ。

「…うん。なんとなく予想はしてたけど、やっぱりちょっときついね…」

困ったような笑顔に胸が痛む。告白するのはものすごいエネルギーを必要とするだろうが、断る方も同等のエネルギーが必要だ。
誰かを傷つけ、泣かせ、踏みにじり、平気な顔ができるほど冷たくできていない。かといってかける言葉はなにもない。
ここから先は自分ではなく、彼女自身の問題で、こちらはそれを背負えない。

「…片桐君好きな人いるの?って聞いたときいないって言ったけど、私はそうは思わなかった」

「…え?」

「いないかな?って答えたの。だから、好きまではいかなくても気になる子はいるんだろうなって」

「…ああ、そっか」

さすが女性は鋭い。好きな相手なら尚更。

「その子とうまくいきそうなの?」

問われ小さく首を振る。彼女が指している"その子"とは工藤のことだ。どんな勘違いをしているかはわからないが、自分と工藤はなんの繋がりもない赤の他人。他人、他人…自分で思って自分で傷ついてちゃ世話がない。

「…そっか。せめて片桐君の恋がうまくいくといいなって思ったんだ」

照れたような顔を見て、ああ、この子は本当に優しく愛情深い、いい子なのだと思った。それならなおさら自分のことは早く忘れた方がいい。
君にふさわしい男はたくさんいるよ。そんな言葉は優男の体のいい言い訳だと思っていたが、この時強くそれを実感した。
彼女は深く息を吐き出し立ち上がった。

「ちゃんと考えてくれてありがとう。すっきりしたとかカッコイイことは全然言えないけど…」

「うん…」

「それじゃあ。わざわざ来てくれてありがとうね」

彼女は胸の前で小さく手を振り、一度もこちらを振り返らず去った。
視界から完全に消えたのを見届け、あー、と意味もない言葉を呟く。
翔が言うように勿体ないのではないか。後々後悔するのでは。そんな風に思うけど、あれもこれもは欲張れない。

「…よし」

自分も立ち上がり、駅に向かいながら電話をかけた。
社会人はまだ就業中だろう。もしかしたら打ち合わせ中とか、会議中かもしれない。出なくとも着信が残っていれば折り返してくれるだろうか。期待を込めたが数コール目で留守番電話に切り替わったので終話ボタンを押した。
小さく溜め息を吐きながら駅のホームの階段を上る。
それなりに勇気を出して電話をかけた。まだ怒っているだろうし、面倒な子どもの相手なんてうんざりだろう。でもあんな終わり方なんて納得できない。きちんと礼を言い、謝罪もしたい。
工藤にばかり傷を負わせ、重たい荷物を背負わせ、都合のいいときに呼び出して。幼さ故の残酷さで散々好き勝手したと思う。不安定に揺れる心に彼も愛想がつきただろう。それでもここで引いたら深い穴の中に忘れ物をした感覚に一生浸りそうだ。

寮に戻り、夕飯を食べているときも、シャワーを浴びているときも携帯を傍に置いたが折り返しはない。
ソファに寝転んだまま時計を見る。さっき見たときから五分しか経っていない。

「あー!」

持っていた漫画雑誌をテーブルに放り投げた。
時刻は二十一時。さすがにこの時間なら仕事も終わっているだろう。なのに電話はない。無視をされているのだろうか。それとも飲み会とか残業とか…。
髪をぐしゃぐしゃにしてもう一度彼の連絡先を呼び出した。
これでは立場が逆だ。ずっと工藤にストーカーされてきたのはこちらなのに、今では反応がない携帯にやきもきしている。
考えても仕方がないのでもう一度通話ボタンを押し、携帯を耳元に寄せた。また無視をされるのかなあ、ぼんやりと考えていると電話が繋がった気配と工藤の低音が響いた。

『はい』

「…あ、あの、俺、だけど…」

『どうした』

工藤はいつも機械のように感情が篭らない声だった。だけど今日はよりいっそう冷たく感じる。
やっぱりだめだ。こんなことをしてもまた子どもの我儘になってしまう。下唇を噛み締めて言葉を探した。

『…なにかあったか』

「いや、そうじゃない。言いたいことがあるんだけど」

『…なんだ』

「…この前、本当にありがとう」

『大したことではない。冤罪を未然に防ぐのも私の務めだ』

「大したことだよ。あそこで捕まってたら俺の未来パーだったし…」

電話の向こうから返事はない。無言の時間が流れ、顔を見て話せない怖さを知った。

「……あと、ごめん」

『なにがだ』

「色々…。いっぱい考えてお前に悪いことばっかしたと思って」

『謝罪されるようなことはしていないと思うが、君が気に病んでいるのなら、次の相手には同じことをしなければいいのではないか』

次の相手――。
工藤は大人だから切り替えも上手にできるのだろう。いちいち終わった恋愛を引き摺って無駄な時間を過ごしたりせず、自分にとっての最善へ向かい行動できる。
自分は過去の人なのだ。だから優しくする必要もないし、この前助けてくれたときも弁護士として、社会人として、大人として沢山の義務を掻き集めて来てくれただけ。

『私は大丈夫だ。気にしないでほしい。話しがそれだけなら――』

「俺は…!俺は、ちゃんと謝りたくて…」

『……君は好意の返報性というものを知っているか?』

「…知らないけど」

『好意を与えられると好意で返さなくてはいけないと強く思う心理のことだ。君は情に篤いから尚更そう思うのだろう。だが謝罪も礼もこれ以上は結構だ』

「…結構、って…」

『申し訳ないがまだ仕事の途中なんだ』

こちらの言葉を遮るように言われ目の前が暗くなった。だらんと首を垂れ、凍てつく喉を無理に動かす。

「あ…ああ、うん、悪い」

『では』

なんの迷いもなく切られた電話に呆然とした。
工藤は最初から変な奴だった。こちらの話しは聞かないし、どがつくほどの堅物で、にこりともしない。おかしなベクトルで前向きで、強引で……優しかった。
和希、和希と鈴が鳴るように呼んでくれた口から冷淡な言葉が溢れ、想像以上に傷ついた。
自分から手を離したくせに、対岸へ行った途端惜しくなるなんてどんだけ面倒な人間だ。安っぽい恋愛ドラマじゃあるまいし、そういった行為がどれだけ相手をうんざりさせるか知っている。縋れば縋るほど冷めていって、最後には嫌いという感情さえ消え失せ無になる。

「…は、何してんだ俺」

だらんと腕を放り投げスマホの真っ黒な画面をぼんやり見つめた。
彼になにを期待していたのだろう。どんな言葉を望んでいたのだろう。そもそも繋ぎとめたところで自分はどんな関係を築こうとしているのか。
同じことを繰り返し、工藤を傷つけるだけなのに。

「かっこ悪…」

一つも成長できていない自分に反吐が出る。
もやもやする気持ちを言葉にしたいのに当て嵌まるものが見付からず、呆然とその場で立ち竦んで工藤に助けを求めている。
自分のことだろ、しっかりしろよ。眉間を摘みながら長い溜め息を吐いた。

[ 9/21 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -