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電車に乗り込んだはいいものの、工藤のマンションに行く気はなかった。
ただ、気を紛らわせないとあのまま電話してしまいそうだったのだ。
電話をしたところで冷たくあしらわれるだろう。今更なんの用だ。都合のいいときばかり頼るなと熱の篭らない声で言われる。あまり大人をなめるなよと。
ここで工藤にまで見離されたら台風のように荒れる。わかっていたから電話できなかった。
思い出の中の工藤に励まされる部分はあるが、塗り潰すように教師や有馬の言葉が耳の奥で響く。
行く当てはないので、通い慣れた繁華街をふらふらと歩いた。
航たちと遊ぶときもここだし、工藤と会ったのもここだった。
もしかしたら偶然航に会ったらどうしようと思ったが、仲間の姿は見なかった。
やはり皆、遊んでいる場合ではないことを理解しているらしい。
自分と戦い、逃げずに真っ向から立ち向かている。
こんな風に現実からも工藤からも逃げているのは自分だけだ。
急に世界で自分一人ぼっちになったような感覚に襲われた。
コンビニの前で立ちすくんでぼんやりとつま先を眺めた。漠然と怖いと思った。正体がわからないから余計に怖い。外は寒くないのに身震いした。

「…和希?」

名前を呼ばれ、ありもしないのに工藤かと思って顔を上げた。でもそこにいたのは友人だった男の章吾だ。

「…章吾」

なにを期待しているのか。馬鹿馬鹿しい。こんなところにいるわけないのに。

「…久しぶりだな」

章吾は気まずそうに苦笑した。
以前は毎日のように遊んでいた仲間だった。元彼女を使って自分から金を巻き上げたらしく、それからは音信不通だ。航は同じ学校だが、一切話していないと言っていた。
自分よりも友人の方が章吾に腹を立てていて、自分といえばショックが大きすぎてわけがわからず、あまり傷もつかなかった。
あのときは工藤の対応で精一杯だったし、そんな暇もなかったのだ。

「久しぶり」

普通に話すと章吾はほっとしたように笑った。

「…もう話してくれないと思ったけど、ぼんやりしてるから心配になって」

「…ああ、なんでもない」

「そっか」

章吾は隣にきて会話の糸口を探すように口籠った。

「今日は航たちは一緒じゃねえの?」

航の名前が出て眉間に皺が寄った。

「喧嘩した」

言うと驚いたように顔を覗き込まれる。

「珍しいじゃん。忍ならまだしも航と喧嘩なんて」

「…まあ。たぶん、俺が悪かったと思うけど」

「だから落ち込んでんの?」

「別に喧嘩が原因じゃねえけど…」

意外にも章吾の柔らかい声に凝り固まった心が解された。
誰でもいいから話したかっただけかもしれない。ただ、一人ぽつんと取り残された場所に声をかけられて嬉しくなっただけかも。

「…お前はこんなところにいていいのか?」

隣を振り返りながら言うと章吾はなにが?ときょとんとした顔をした。

「勉強したり…。みんな塾に行ったりとかしてんだろ」

「俺は進学しねえから。大学行けるような頭もなけりゃ金もない」

あっけらかんと軽やかに言われてこちらが驚いた。

「じゃあ就職?」

「できればいいけど…。俺の頭じゃ難しいかもな。まあ、なんとかなんじゃね?」

軽やかな言葉とは裏腹に、表情は皮肉が篭った笑い方だった。
こいつも悩んでいるのだろうか。仲間意識というわけではないが、こんな風に悩んでいるのは自分だけじゃないのだと思った。それがわかっただけでも章吾と話してよかったかもしれない。

「なんかうるさく言われてんの?」

問われ、小さく頷いた。手短に今日あったことを話す。

「そっか。東城は私立だし、頭いい奴も多いしな。その中じゃ和希ははみ出し者だろうけど、うちの高校だとそんな奴いっぱいいるよ」

「いっぱい?」

「おう。考えろって言わるけど、具体的になに考えればいいかわかんねえしな。自立して金稼いで生きてきゃいいんだろ」

「…そんなもんか…」

「誰にも迷惑かけないで生きればいいんじゃねえの?担任とかはちゃんと進路が決まって卒業させねえと自分の評価にも響くからうるさく言うだけだろ。俺らの将来なんて本気で考えてるわけじゃねえだろうし」

「そっか…」

そういう考え方もあるのか。以前の自分なら同じようなことを言ったかもしれないが、自分という人間がわからないので胸を張って意見も言えない。
自分がわからないのに将来などわかるものか。
溜め息を吐くとばしっと背中を叩かれた。

「なんだよ和希。溜め息とからしくない。大丈夫だって!」

な?ともう一度叩かれ痛くて背筋を伸ばした。

「そうそう。下見て溜め息なんて辛気臭い。和希はさ、なんでも笑い飛ばして突っ走ってるのが似合ってるよ」

「…俺ってそんな風だった?」

「なんだよそれ。それがお前だっただろ?」

そう言われるとそんな気もする。あまり物事を深く考えないでなんとかなるさと笑っていた。嫌なことがあっても食べて寝れば忘れる。そしてまた新しい一日を新しい気持ちで生きる。
有馬に単細胞と言われたのも納得だ。これじゃただの馬鹿だ。きっとそれじゃだめなんだ。
でもすぐには変われない。努力はしようと思うが、その方法もわからない。

「…サンキュ。なんか、あんまくよくよすんの良くねえよな!」

顔を上げて無理矢理笑顔を作った。
章吾は真顔で見つめていたが、俺が笑うとそうそう、と笑ってくれた。

「暗い空気纏ってると嫌なことばっかり引き寄せるぞ」

「だな!」

章吾に感謝をしなければ。ひどいことをされたし、裏切られた事実は変わらないが、今の自分を救ってくれたのもまた事実だ。
過去の過ちや悪い部分ばかりに焦点を当てて、いつまでも引き摺るのはよくない。
章吾が反省しているならそれでいい。きっと悪かったと思ってるだろうし、だから自分に声をかけてくれたのだ。

「元気になったかー?」

「なった!」

「よしよし。じゃあコンビニ行こうぜ」

元々はコンビニに用があったらしいが、自分を励まして時間をとられたようだ。
二人で店内に入り、立ち読みをして他愛ない話しをした。
懐かしい。以前はこうやって章吾とも一緒にいた。他の友人は章吾の名前を出すなと空気で訴えてたし、彼がその後どうなっていたかは知らないが、航たちと同じ学校なので色々あったのかもしれない。
もしかしたらとっくに仲直りしていたのかも。
お菓子や飲み物の棚をうろうろしながら話していると、章吾が鞄から携帯を取り出した。

「あ…。悪い、俺行かなきゃ」

画面を見ながら苦笑され、気にするなとこちらも笑った。

「気つけて帰れよ」

商品を棚に戻していたので、急ぎなのだろうと思いその場で手を振った。章吾も笑ってまたなと手を振る。
またな。その言葉がじんわりと心に広がった。
悪いことばかりで随分落ち込んだが、章吾と関係が修復できた。それだけでも今日一日の嫌なことすべて水に流せる。有馬はむかつくけど。
商品を手に取りながら一人でふふふ、と笑ってしまって焦って顔を引き締めた。
ジュースとパンを数個レジに持って行き、会計をして店を出た。瞬間、後ろから腕を引かれた。
何事かと振り返るとさっきレジをしてくれたお兄さんが眉間に皺を寄せている。
釣りが足りなかったとか、多かったとかだろうか。
首を捻ると掴まれた腕にぐっと力が込められた。

「ちょっと、鞄の中見せて」

「…は?」

ぽかんと口を開けた。何故店員に鞄の中を見せなければいけない。

「商品入ってるよね」

「なに言ってんの。会計はあんたがやっただろ」

「他にも入ってるでしょ」

「入ってねえよ!」

思ってもない事態と疑われた事実に頭に血が昇る。思い切り腕を振り払おうとしたがあちらも若い男性で、簡単に離してくれなかった。
店員は俺の腕を掴んだまま扉を開け、丁度バックルームから出てきたおじさんを大声で呼んだ。

「店長!」

店長と呼ばれたおやじは焦ってこちらに駆け寄ったが、俺を見るとなにか理解したように顔を顰めた。
二人は小声でなにか話しており、その間も腕は離してもらえなかった。

「ちょっと、裏まで来てもらっていいかな?」

声色は穏やかだが有無を言わせぬ空気がある。
なぜ。なぜ自分が。なにもしていないし、裏に行く必要もない。

「なにもしてない!」

「そっか。じゃあ確認させてもらってもいいかな?ここだと他の人の目もあるし…」

言われてはっと気づいたが、通行人が何事かとちらちらとこちらを見ている。
もし、こんなところを有馬に見られたらまた明日呼び出しを喰らう。
鞄の中を見せて無実を証明したら帰れる。なら従った方がいいのだろうか。大人しく言う通りにするのも癪だがここでごねるともっと大事になりそうで怖かった。

「わかったから離せよ!」

腕を掴んでいる兄ちゃんに向かって言うと思いきり睨まれた。こちらもぎりっと睨み返すと店長がまあまあと間に入った。

「ごめんね。確認したらすぐ終わるからね」

二人に連行されるようにコンビニのバックルームに入る。レジはもう一人のバイトが一人で回していた。夜なので然程客もいない。
狭い室内で椅子に座るよう言われどさっと乱暴に座った。おやじが机を挟んで向こうに座り、バイトは逃げられないようにか扉の前に立っている。鞄を肩からおろし机の上に投げる。

「中の物出してもらっていいかな」

むかむかとする気持ちを抑え、鞄を逆さまにしてすべてをどさっと机に流した。
すべて見慣れた自分の物だ。そもそも自分はなにも取ってない。
なのに一つ、見慣れない物が入っていた。

「…これは?」

名刺サイズのガムの箱を持ち上げられ、目を見開いた。
そんなはずはない。だって自分は万引きなんてしていない。これはなにかの間違いだ。
もしかしたら以前購入してそのまま入っていたのかもしれない。

「…君、学校はどこ?高校生だよね」

優しかった声色は冷淡なものへと代わり、軽蔑を含んだ視線をぶつけられる。

「…違う」

「なにが」

「俺は万引きなんてしてない!」

「万引きして捕まった人は大抵そう言うよ。なにかの間違いですって」

呆れたように溜め息を吐かれ、本当に違うのに、どうすれば伝わるのかとただ焦った。

「君の友達が入れたの見てたよ。そういう作戦だったんだろ?」

後ろの男に言われて心臓がどくどくと煩くなった。
章吾が?なぜ、どうして。そんな計画なんて立ててないし、ガム一つくらい買える金はある。
弱々しく首を振った。

「…違う。そんなの知らない」

「でも、実際君の鞄から出てきたしねえ」

困ったねえと呟かれ、拳を握った。
嘘はついていない。絶対、誓ってそんな計画は立てていない。でもそれを証明する術はない。店側に信じてくれと言っても無理だ。
自分がその立場なら往生際が悪いと怒鳴るだろう。
このままでは学校と、それから家にも連絡がいって、自分は停学か下手したら退学処分だ。
今日高杉に約束したばかりだ。問題は起こさないからと。それなのに――。
考えると嫌な汗が吹き出した。心臓の音ばかりが耳に響き、なにも考えられない。
うまい言葉を吐かなければ。嘘でもなんでもいい。とにかく無実だと信じてもらえるような…。有馬ならすらすらと弁解ができるだろう。店側もそうかと納得するような完璧な。
いや、そうじゃなくて、自分で考えないと。考えないと…。

「…本当に、俺やってない…」

でも口から出たのは拙すぎる真実だけだった。
大袈裟に溜め息を吐かれ、自分はなんて無力な子どもなのだろうと痛感した。
こんなときの切り抜け方すらわからない。悔しくて唇を噛み締めた。

「…とりあえず、保護者の連絡先教えて」

言われてぐっと喉を詰まらせた。親に怒られるのは構わない。でも学校にも連絡がいってしまう。友人に迷惑をかけてしまう。
有馬には冷酷に見下ろされるだろう。高杉は、翔は、クラスの皆は無実だと信じてくれるのだろうか。

「言わないなら警察に連絡するけど」

脅し文句のように言われ、弾かれたように顔を上げた。警察が一番まずい。けど親でも学校でもどれも似たようなもので。

「警察は困るだろ。早く保護者の連絡先教えて」

責められ頭の中がパニックになる。それでもわかる。警察は避けなければいけない。
一発で退学処分だ。それはいいが、友人に失望されたくない。
がっくりと頭を垂らし携帯に手を伸ばした。

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