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生徒会室に入る前に何度も何度も冷静にと言い聞かせた。
真正面から言葉を受け取るからいけない。適当に、はいはい、と受け流していればいい。

「失礼しやーす」

ノックと同時に扉を開けると高杉と目が合った。呆れたような視線で入れと促される。
有馬の席の前まで行くと、有馬は握っていたペンを放り投げた。

「御足労頂きありがとうございます」

さっそく嫌味を言われた。先制パンチをさらりとかわすつもりで受け流す。

「私がなにを言いたいかはおわかりですか」

有馬の陰のあるじっとりとした瞳に見詰められ身体が固くなる。
瞳がゆっくりと手招きをしている。暗い、深い、闇の底に。そこに足を入れたら有馬の独壇場だ。
そうなってたまるかと視線を逸らした。

「さっき担任に説教されたし勘弁してつかあさい」

「勘弁してほしいのはこちらですよ」

担任と同じようなことを言われた。同い年のただの生徒なのに。生徒会長ってそんなに偉いのか。詰め寄りたくなるのをぐっと堪える。

「学校はサボりません。ちゃんと考えます。だからもう帰っていい」

「いいわけないでしょう。担任に言われたくらいで考えるならわざわざ呼び出したりしないんですよ」

これだ。この言い方。かっちーんとくる言葉と喋り方。人を苛立たせる達人だ。有馬は普通に喋れないのか。高杉も似たところがあるが、あれはまだ可愛気がある。
でも有馬は立て板に水で、ぐうの音も出ないほど相手をこてんぱんにする。
頭の回転も速いので、嫌味もすらすら音になる。よくもまあ、そんなに人を小馬鹿にできるものだ。
性格悪。心の中で有馬に舌をべーっと出す。

「私もあなたに釘を刺しておきます。サボろうがダブろうが知ったことではありませんが、問題は絶対に起こさないで下さい」

「起こしてない」

「過去起こしてきたでしょう。数日前の夜あなたを見ましたよ。他校の生徒と遊んでいるところ」

「それがなんだよ」

「見ていてはらはらします。なにも考えないで行動しているのではないかと」

寄ってたかってなにも考えないクズと言いやがって。
クズとまでは言っていないが、自分はそんなに空っぽに見えるのだろうか。
たしょうは考えごともする。将来のこと、学校のことは気にしてないが。

「考えてる」

「そうですか。では私がなにを心配しているかおわかりですね」

「…厄介事を持ち込むなって言ってんだろ」

言うと、有馬は目をすっと細くした。視線でも馬鹿にされてる気分だ。有馬は存在自体が不愉快な男。勝手にレッテルを貼る。

「私たち全員の迷惑になるようなことはするなと言っているんです」

「全員の迷惑?」

「受験や就職に響くような真似はするなということです。あなたが停学になろうが退学になろうが知りませんが、くれぐれも真面目に過ごしている他の生徒の心証を悪くしないで下さい」

「は?俺なにもしてねえだろ!」

「今までの行いを考えればこれからする可能性が高いと判断して言っています」

「そんなの他にもいっぱいいるだろ!なんで俺ばっかり」

「あなただけに言ってるわけではありません。俺ばっかりなんて、幼稚な考えで問題の論点を反らして被害者面するのはやめて下さい」

冷静に…。言い聞かせる暇もなく有馬の机をばんと両手で叩いた。本人を殴らなかっただけまだましだ。

「片桐!」

黙って有馬の隣で聞いていた高杉が有馬と俺の間に身体を捻じ込んできた。

「落ち着け」

「くっそむかつく!お前何様だよ!」

有馬に手を伸ばしたが高杉にぎゅうっと押し返された。

「片桐やめろ!有馬も!もっと他に言い方があるだろ」

「馬鹿の記憶にも残るようにあえてこういう言葉を選んでます」

「一発殴らせろ!」

もうだめだ。我慢できない。すかした顔を思い切りぐちゃぐちゃにしたい。
有馬生徒会長様に比べれば馬鹿でしょうがね、だからってはいはいと聞く気になれない。

「暴力でなんでも解決できると思ってるのか単細胞。この時期に、私に言われるまで気付かないあなたの思慮の浅さに失望しました」

一生懸命有馬に手を伸ばすが高杉が邪魔で掴めない。

「有馬、やめろ!」

高杉は有馬に牙をむく俺をぐいぐいと押し返し、扉の向こうに追いやった。廊下にぽんと押し出される。高杉にこんな力があるとは驚きだ。

「…悪いな片桐。少し待ってろ。有馬には僕がちゃんと言っておくから」

地団駄を踏みたい。できるなら戻って有馬に言い返したいが高杉を困らせるだけだ。
壁をげしげしと蹴って有馬への怒りを発散させていると、鞄を持って高杉がやってきた。

「悪かったな」

「…お前が悪いわけじゃねえし」

歩きながら途中、高杉は自販機で牛乳を買ってこちらに投げた。

「カルシウムとれってこと?」

「まあ、そんなところだ。気休めにもならないが、少しは落ち着くかもしれない」

高杉なりの気遣いらしい。こいつも工藤と同じくらい予想外の行動をとるから身体から力が抜けていく。
寮まで歩きながら、もらった牛乳を飲んだ。

「有馬の言い方は非常に問題があるが、概ね内容は間違っていない」

「…わかってる」

「それならいい。別に、お前が悪いと言っているわけではないが、慎重に行動してほしいとお願いしているんだ」

「お願い?あれが?」

「…あれは…。有馬なりのお願いだ」

「それ無理があるだろ。あいつ、人を馬鹿にして見下さないと生きていけない病気にでもかかってんの?」

「…あれでもいいところもある…。ような気もしないでもない…」

ごにょごにょと尻すぼみになるあたり、いいところなんてないではないか。

「い、一応生徒会長として全体を見て言ったんだ」

「言い分はわかってる。でもあいつ!性格悪すぎんだろ!だから友達いねえんだよ!」

キーッ!とヒステリックな女のように叫んだ。
しばらくは有馬を見かけただけで爆発できる。人を怒らせる天才かよ。人類の敵め。

「性格は確かによくないが…。あれはあれで生徒会長の責務を全うしようとしている。無礼な言葉ばかりだったが片桐が大人になって我慢してほしい」

必死な高杉を見ていると段々可哀想になってきた。
昔は高杉も取り付く島もなく、説教をくどくどとされたものだが、こんなに丸くなったのか。誰かの喧嘩の仲裁には入れるほど。成長したものだ。
溜め息を吐き、わかったよと言った。

「そうか…。あれは僕の言うことなど聴かないだろうがちゃんと説教をしておく」

「うん。あいつあのままの性格じゃどんなに頭良くてもだめだろ」

「だめだろうな。でもひん曲がった性格はなかなか直らないのだろう」

「高杉にひん曲がったって言われるとか、有馬どんだけだよ」

「どういう意味だ!」

高杉の予想通りの反応にけらけら笑うと、高杉もふっと笑った。
安堵したような表情を見て、本当に丸くなったのだと思った。嬉しいような、残念なような。
なにはともあれ、高杉に救われた。笑ったら心の棘が何本かぽろりと落ちていった。

「高杉、俺ちゃんと迷惑かけないようにするから。そこは安心しろよ」

「…ああ」

「そんじゃ」

とは言ったものの、怒りがすべておさまったわけではない。
自室に入り一人になると有馬の言葉ばかりを思い出し、うろうろと動き回ってはクッションやソファを殴ったり、壁をげしげしと蹴った。そのうち隣人がうるせえ!と怒鳴り込んでくるだろう。
たしょう怒りが収まるとソファにぐったりと座って天井を見上げた。
どうしてうまくいかないのだろう。
急に世界が正反対になったように混乱する。
今までは笑って見逃してくれたことも厳しく注意される。教師も友人も有馬も。
徐々に変化していくならまだいいが、急なことでついていけない。
もしかしたら変化に自分だけが気付いていなかったのかもしれない。
皆が歩みを止めず進んで、自分一人が動き出せず、けれども世界は回り続ける。
毎日、毎日、変化しなければ責められ、いつまでそこにいるつもりだと周りに指を指される。
早く自分もそちら側へ行って歩き出したいけれど足が動かない。
枷でもついているかのようにずっしりと重い。
ふいに工藤の言葉が蘇った。
『君はなにかに縛られて生きるよりも常に自由でいるのが似合っている』
口を揃えて将来を考えろという大人たちの中で、唯一工藤だけがそう言ってくれた。
自分は必死に勉強して弁護士になって先生、と慕われる職業についているのに、それと同等の道を他人に強要しない。
和希は和希で好きに生きればいいのでは?とあっけらかんと言った顔を思い出す。
真面目に学校へ行く。真面目に勉強する。優秀な大学に入る。安定した職に就く。
誰もが正解だとわかっている人生設計を工藤は否定した。
それだけが正しいわけではない。世界は広い。君が思っているよりずっと、と。
無性に工藤と話したくなった。携帯をとって工藤の連絡先を開いた。
耳に心地良い、低く艶のある声で言ってほしい。
大丈夫、和希は間違ってない。そのままでいいのだと。
甘ったれた考えだし、今更どの面下げて工藤に電話できるというのか。
馬鹿馬鹿しくなって携帯を放り投げた。
けれど未練がましく何度も携帯を取って、また投げてを繰り返した。
こんなに心細くなったことはない。親元を離れても友人と喧嘩しても停学処分を喰らってもこんな気持ちになったことはない。誰か一人を求めたことなどない。
しかもその相手が工藤なんて、最悪だ。
むしゃくしゃして頭をばさばさと乱した。
居ても立ってもいられなくなり、私服に着替えて部屋を出た。

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