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工藤に別れを告げて一週間が経った。
もしかしたらやはり別れたくないと、しつこいメールや電話が来るのではないかと危惧したが、工藤も別れを納得したのか連絡は一切なかった。
頼んでもいないのに自分の去り際の惨めさと女々しさが頭の中で何度も何度も再生され、その度に落ち込んだ。
もっとましな別れ方があったのではないか。せめてその場凌ぎの嘘に関しては土下座をする勢いで謝罪した方がよかったのではないか。
考えても仕方がないことだが後悔ばかりが降りかかった。
工藤と決着をつければ告白された彼女のことをゆっくりと考えられる。
安易に考えていたが実際は真逆だった。
終わりました、はい、次の方。そんな器用にはできないらしい。経験が浅すぎてそんなことも知らなかった。

「和希ー、お前そろそろ学校行けば?」

別の高校の友人の部屋でベッドを占領していると頭をばしっと叩かれた。
あれから一度も寮に帰っていないし学校にも行っていない。なにかを振り切るように友人と遊んで頭を真っ新にしたかった。

「まだ大丈夫」

「大丈夫って、一週間だぞ。親にも連絡行ってんじゃねえの?」

「なんだよ。厄介払いすんな」

「何があったか知らないけどさ、あんまり荒れんなって言ってんの」

今度はぐいぐいと髪を引っ張られる。しゃきっとしろよと説教をされ面倒になって溜息を吐いた。

「おばちゃんの飯旨いから帰りたくない」

「そういうこと言うとおかんが調子乗るだけだからやめろ。東城なんて頭いい奴も多いんだしさ、三年でぷらぷらしてると怒られんだろ」

「大丈夫だよ。俺見離されてるし」

「母ちゃんが泣くぞ」

「そんな軟な母ちゃんじゃない」

「…とにかく、明日には絶対帰れよ。ガキじゃあるまいし人に心配かけんな」

強く念を押され、渋々了承した。こいつがだめなら他の友人の家に行こう。そうやって渡り歩いていれば乗り切れる。そのうち学校で騒ぎになって親から連絡がきてこっぴどく説教されるのだろうが、そんなことはどうでもいい。
呑気に考えていたが、航は他の友人全員に和希は泊めないようにと一斉に連絡をした。
なんてことをするんだと抗議したがズル休みを続けるなと怒られた。
航の言い分はごもっともだが、急に真面目ぶった様子が鬱陶しいし、友人にまで見離された気分だ。
不貞寝をしながら航の背中を足で思い切り蹴った。

「いった!お前――」

「俺はまだガキなんだよばーか」

軽口はいつものことで、航は変わらず困ったように笑って呆れるのだと予想していた。
しかし、彼は目尻をきつくして目を細めた。

「俺ら三年だし受験する奴や就職する奴もいる。お前の荒れた生活に付き合う時間がない奴もいること考えろよアホ!」

言われて漸く気付いた。そういえば三年になったんだ。受験や就活、将来のことを考える一番苦しい時期に入ったのだ。いつまでもこのまま皆と遊んでいられる気がしていた。
突然目の前に現実という波が襲ってきて目を瞑った。

「皆真面目な話しはしねえし、お前に誘われればいつも通りに集まるけど、色々急かされて無理矢理考えてんだよ。お前と違って親とも一緒だし学校でも家でも選択を迫られる。へらへら笑ってるけどいっぱいいっぱいなの」

お前と違って。急に線引きされたようでかちんときた。
俺だって好きで親と離れているわけではない。自分で選んで東城を受験したがそれとこれは別問題でそこで責められる筋合いはない。

「俺だって考えてる」

「考えてんならちゃんと帰れって言ってんだよ」

「…俺にだって色々あんだよ」

「色々あんのは俺らも同じだ。学校でも家でもうるさく言われて苛々してんのにお前は呑気にだらだらしてるし」

「そんな言い方しなくてもいいだろ!」

「そんな言われ方されるようなことすんな!悩みがあるからって逃げんなって言ってんの!学校行きたくねえなら自分の部屋に閉じこもってろ!」

「苛々してるからって俺に八つ当たりすんなよ!」

「そうだよ八つ当たりだよ。だから帰れ」

このままこの場にいて喧嘩を続けたら殴り合いになるかもしれない。
悔しさにぎりぎりと歯軋りをしながら立ち上がった。
最後になにか言ってやろうと振り返ったが、航が背を向けているので結局なにも言えずに部屋を出た。
おばちゃんとおじちゃんに世話になったと告げて家を出る。
ぶつけられた言葉を思い出して一度落ち着いた怒りがが何度も何度も甦る。
わかってる。あいつが正しい。
ふらふら遊んでいる時間なんてないし、一生を左右するからここで踏ん張らなければ負け組という箱に分類される。
世間からそんな風に嘲笑されても構わない。自分で選んだ道だから。だけどあいつらは違う。きちんと逃げずに将来に向き合おうとしている。
いつまでも遊んでいたい、高校生でいたい、今が楽しいからそれでいい。
そんな風に考えて迫る現実から逃げているのは俺だけだ。
友人も急に遠くに行った気がした。
川を挟んで向こう側で苦しみながらも成長して、なんだか輝いて見える。
こちら側に残っている人間は欠陥品の烙印を押され、社会からどんどん弾かれる。
前を向く暇もなく押し出されて、押し出されて、最後には廃棄処分だろうか。
憂鬱だ。ただでさえ心がささくれ立っていた。その上社会とも向き合えとケツを叩かれる。友人にまで。

翌日久しぶりに学校に行くと、皆に仮病野郎と揶揄され笑い合った。
クラスメイトも馬鹿みたいなことで笑っているが、それぞれ苦しんでいるのだろうか。
能天気になにも考えていないのは俺だけで、笑顔の裏で行動しているのかもしれない。
昼休みになると教室に翔が来た。学食に行こうと誘われ一緒に飯を食る。
食後は自販機で紙パックの牛乳を購入し、外のベンチに座った。

「なんかもう春っていうより夏だな」

天を見上げて翔が言う。
翔は成績優秀だから勿論進学するだろう。志望校は決まっているのだろうか。なりたい職業とか、将来のビジョンが明確なのだろうか。
自分とは違ってしっかりしているのできっと確立しているのだろう。
聞いてもへこむだけなのでやめた。

「まりあちゃんに連絡した?」

「は?」

「告白の返事だよ」

「あー…。忘れてた」

「そんな大事なこと忘れるなんて」

半分冗談のように言ったのだろうが些細な言葉が倍になって胸に響く。
いつもなら笑って悪い、悪い。と受け流せるのに今はそんな余裕がない。
翔はこちらの変化に気付かないようで、早く返事をした方がいい。彼女もその方がすっきりすると言ってきた。

「…じゃあ断る」

「断るの?」

「俺連絡先知らねえし、お前言っといて」

投げやりに言うと、翔は驚いたようにこちらを見た。

「ちゃんと考えた?なんか、和希らしくないね」

もういい加減にしてくれ。苛々がピークになりそうでがしがしと頭を掻いた。

「勝手に好きだって言われて考えてってなんだよ。挙句の果てに早く返事しろって。こっちにも都合があるだろ」

「…まあ、そうだけど。どうした?なんかあった?」

こちらの苛立ちは翔に伝わっているだろう。それでも彼はさらりとした清流のようにそれを交わして自分がその空気に乗せられることはない。
冷静で、とてもよくできた頭で最善を見つけて実行する。さすが優等生だ。

「別に…。そういうことだから」

翔とまで険悪な雰囲気になりそうでその場を去った。
友達にもきつい態度をとって八つ当たりをして、なにしてんだ自分は。
相手が翔だから許してくれるものの、喧嘩になってもおかしくない。
おかしい。最近の自分は変だ。自分の性格ってどんなものだっけ。どれが本当の自分だっけ。思い出せない。

授業は机に突っ伏して終わらせた。途中、起きろと教科書の角で頭を叩かれたが。
校外の友人のところには行けないので部屋に篭ろう。
しばらく誰とも会わない方がいいかもしれない。怒りに任せて喚いて災厄を振り撒いて最後には友人も失うかも。
しっかりしろよ。言い聞かせながら昇降口を目指したが、途中校内放送で担任から職員室に来いと呼び出された。
最悪だ。今日は厄日だ。自業自得だが、皆で俺を叩きのめす打ち合わせでもしているのかと疑うレベルだ。
無視して帰ろうかとも思ったが、部屋まで来られたらたまったものではない。
重い脚を引き摺って職員室へ向かった。
扉の前で長い溜息を吐いて室内に入る。
担任の席に近付くとこちらを見つけた担任はにっこりと笑った。怖い。

「片桐くーん。なんで呼ばれたかわかるな?」

「わ、わかりませーん」

「一週間もサボってなにしてたのかな?」

「サボってない。体調悪かった」

「体調悪いのに部屋にはいないの?」

「いたよ。部屋で寝てた」

「嘘つくな」

ペンでぽこっと頭を叩かれた。

「片桐、今の時期にサボりはまずい。三年になったら今までの我儘は通らなくなるぞ。そうでなくともお前はやばい。出席日数をこれ以上減らすな」

担任はやれやれと溜息を吐いた。やれやれ、はこっちだ。溜息を吐きたいのもこっちだ。

「考査は赤点をとらなければいい。でも出席日数はどうにもならん。お前はまだ進学か就職かも決めてない。どちらにせよ本気出さないとな」

今すぐ耳栓をしたい。痛いところばかり突かないでほしい。

「どっちにするかは決めたのか」

問われて力なく首を左右に振った。

「そうか。まあ、考えている途中ならいいが、早めに決めてほしい。決められないなら相談しろ。先生たちも力になる」

見離されている劣等生の力になる先生なんているのだろうか。
優秀な生徒をどれだけ優秀な大学に入れられるかで精一杯だ。出来損ないの欠陥品に構っている時間は教師にもない。
上辺だけの薄っぺらい嘘なんてたくさんだ。

「まあ、じっくり考えてみろ」

ぽんと腕をたたかれ、学校には毎日来いと釘を刺された。
じゃあ、と踵を返すと今度は生徒会室に寄ってから帰れと言われた。

「は?なんで!?」

「有馬会長がお呼びでございますよ」

「えー!うそー!やだやだ。俺やだ。サボんないから、ちゃんと考えるから!頼んますよー」

沈んだ心をこれ以上どん底に落としたくなくて担任に縋りついた。

「お前は誰だ。やだって言われてもしょうがない。お前が悪い。行って来い」

「絶対なのそれ」

「さあな。お前に任せるけど、行った方がいいかもな」

平然と言われてこちらの気持ちも知らないで、と教師相手に殴りたくなる。

「勘弁してよマジでー」

「勘弁してほしいのはこっちだばか」

机に項垂れていた身体を起こされ、早く行けと背中を押される。
教師に説教されるより、友人とぎくしゃくするより、有馬と話す方が嫌だ。
あの上から目線の嫌味ったらしい口調で癇に障ることを言われたら今度こそ爆発して殴りかかるかも。


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