Episode13:その先にあるもの


翌日、約束通り秀吉が朝早く迎えに来た。
いつもの笑顔でおはようと、いつもと変わらず接してくれる。
無理にそうしているわけではないとわかるが、気を遣わせてしまうのがとても申し訳ないと思う。

そのまま蓮と三人で朝飯をとり、教室に入れば変わらない笑顔が二つ、出迎えてくれた。
五人揃えば何もかも日常の風景そのもので、香坂と別れたのも、悪夢かなにかだったのだろうと錯覚しそうになる。
香坂を失ったのは辛くて、辛くて仕方がないが案外笑顔は作れるものなのだと知った。
友人の気遣いや優しさを真摯に受け止め、自分がするべきことは一つ。これ以上心配をかけぬように普段通りに振る舞うことだ。
弱い自分を曝け出し、迷惑をかける。そんな情けない姿は見せられないし、皆が大切だからこそ気丈でいたかった。
掛け違えた釦のように些細な違和感を感じるが、暫く経てばそれも普通になると思う。

昼食も五人揃って食べた。全員で食べるのはとても久しぶりに感じられる。
蓮もゆうきも先輩の元へは行かない。何も言わない二人の優しさに胸が締め付けられる。
そして放課後、授業が終わり帰宅を促す蓮に短く返事をする。席を立ったその時、ポケットの中で携帯が鳴った。
それに一瞬びくりと身体を強張らせ、恐る恐る画面を見れば予想通り水戸先輩のナンバーが並んでいる。

「…わり、ちょっと待ってて…」

蓮から離れて通話ボタンを押した。

「…もしもし?」

『楓君?俺ー。今帰るところなんだけど、一緒に帰ろ?』

「…なんで、俺があんたと…」

『なんでって、一緒に帰りたいからに決まってる!楓君は俺のモノだよ。忘れたわけじゃないよね』

「……わかった…」

『じゃあ、昇降口で待ってるね』

返事はせずに電話を切った。
皆に視線を戻すと心配そうにこちらを窺っている。また、いらぬ心配をかけてしまったらしい。

「わり、先に帰ってくんね?」

「でも…」

「蓮、先帰ろうや。楓も大丈夫なんやろ?」

「ああ、俺は大丈夫だから」

「ほな、先行っとるわ。はよ帰って来いよ?」

「わかってるよ」

渋々といった様子で、秀吉に無理矢理連れられる姿を見送る。わざわざ恋人の誘いを断ってくれていたのに、申し訳ない。
でも、水戸先輩には逆らえない。
逆らったら最後、香坂や皆をますます不幸の道へと引き摺りこむ羽目になると思う。
決死の覚悟で嘘をついたのが全て水の泡だ。
それだけはどうしても避けたい。

秀吉達が帰ってから暫く教室で無駄に時間を潰し、大きな溜め息を零しながら、昇降口へ向かった。
そこには、ちゃんと玄関の前で待っている水戸先輩の姿がある。
だらしなく気崩した制服は、人の事を言えた義理ではないが、あまりいいものとは言えない。

「あ、楓君!ちゃんと来てくれたんだ!」

「当たり前だろ」

「そうだね。じゃ、帰ろうか」

水戸先輩は多少笑顔が柔らかくなっているように思う。些細な変化かもしれないが、神経が敏感になっているせいで、余計なことまで気付いてしまう。

「寒いねー、そんな格好で風邪ひかない?」

「……別に」

「そ?」

「あんたこそ、受験生なのにいいのかよ」

「なに?俺の心配してくれんの?優しいなー、楓君」

「別に、そんなんじゃねえよ。早く自由登校になってあんたが学校に来なければいいって思ってるだけ」

「えー、冷たいなー」

他愛もない会話をしながら歩くと、あっという間に寮に着いた。

「楓君、部屋来る?」

微かに、肩がびくりと波を打った。部屋に行けばされることは一つだろう。それがわからないほど子供ではない。
もう汚れてしまった身体なのだし、今更拒んだ所でなにも変わらない。しかし、意識がある上で香坂以外と行為をするのはやはり嫌だった。
こうして一緒に過ごすくらいなら我慢できる。けれども、それ以上は…。

「あ、でも身体だるいかー。昨日の今日だし」

昨日の醜態を生々しく語られ、耳に熱が篭った。
そんなことを言われても覚えていないのだから、現実味はない。
自分の身体に入っていた玩具を思い出し、そして連動するように香坂も思い出す。

「今日は勘弁してあげるよ。楓君の身体も大事だからね。でも、部屋には来てほしいな。暇だから相手してよ」

どうせ、こちらに拒否権はないのだ。部屋に行ったなら、口ではこう言っても何をされるかわからない。けれど、足掻いても結果は変わらない。行く以外に道はない。

「…じゃあこのまま行く」

一度部屋に戻れば心配したように瞳を揺らす蓮がいるだろう。
まだ、蓮や皆に上手に嘘をつけない。益々不安にさせてしまう。

「わかった、じゃあ行こっか」

黙って隣を並んで歩いた。
水戸先輩の部屋につき、ソファの上に腰を下ろすと同時に、遅くなるけど心配いらないと蓮へメールをした。
今は過剰に心配しているだろう。もしかしたら、あのまま俺の部屋に皆が集まったかもしれない。
浅く溜め息を零せば、苦笑を浮かべた水戸先輩がコーヒーをテーブルに置いた。
真っ黒い液体に眉根を寄せる。

「…砂糖とかねえの?」

「砂糖はないなー」

「じゃあ飲めない」

「楓君甘党?」

「別に、コーヒーは甘くなきゃ飲めないだけ」

「へえ、可愛いね。じゃあそれは俺が飲むから。ココア淹れるよ。それでいい?」

問いに浅く頷いた。
昨日も思ったが、甲斐甲斐しく世話を焼くのは意外すぎる。根っからの悪魔ではないのかと思う。多少なりとも同情し、最初だけでも優しくしてくれているのだろうか。
香坂とは真逆なタイプだ。相手の我儘をさらりと笑って受け流し、誠実を見せようとする。
酷いことをされたけど、でも、こんな風な優しさを持っているなら、何故あんなことをしたのだろう。
疑問符がぽんぽんと浮かぶが、考えても仕方ないのでやめた。
今度はココアが入ったカップを眼前に差し出され、それを受け取り両手で包んだ。

「あのさ…」

向いのソファに水戸先輩が座ったのを確認して声を掛ける。
気になっていることが一つだけある。それをはっきりさせたかった。

「景吾の事なんだけど…」

「景吾君?なに?」

「俺がお前の言うこと聞くから、だから景吾は諦めろよ」

景吾も同じ目に遭ったらと思うと怖くてたまらない。
大切な友達にこんな思いはさせたくなかった。
景吾にはいつも太陽のように笑っていて欲しい。余計な泥など被らずに。
水戸先輩のせいで景吾から笑顔が奪われたらと思うと、それが酷く怖い。

「……それは俺が決めることだよ」

「っ、でも!俺、なんでもするから…頼む…」

頭を下げるのは癪だが、これで景吾が救われるなら安いものだ。

「でもね、前も言ったけど、楓君と同じくらいに景吾君にも興味があるんだ。あの子の笑顔は癖になるよね」

「それがわかってるなら景吾を悲しませんなって言ってんだよ!」

「でも、俺だけに笑ってくれたら嬉しいなって思うんだよね」

「……じゃあ…」

何を言っても、きっと水戸先輩は俺の言葉を聞いてくれない。
優しいと思ったが撤回しよう。やはりこいつはどこまでも冷徹な悪魔だ。

「…手荒な真似だけはしないでくれよ…景吾を傷つけることだけはやめてくれ…」

縋るように頭を下げ続けた。

「…景吾君が傷ついたら悲しい?」

「当たり前だ」

「そう言われると余計傷つけたくなるなー」

口を三日月に変えたその笑顔は、以前に感じた恐怖を彷彿とさせるものだった。
狂ってる。他人を地獄に落とし、それを自分の快楽に変えるなんて。
言い返せす言葉が見付からず、黙りこくった。
水戸先輩が何を仕掛けてきてもいいように景吾を守らなければ。
変な罠にかからないように。
四六時中一緒にいられるわけじゃないが、梶本先輩にもお願いして…。
景吾を諦めないというのならば、こちらが徹底的に守るしかない。
こんな辛さ、誰にも味わって欲しくない。
ゆうきにも、蓮にも、景吾にも、秀吉にも、健やかでいて欲しいと願う。
神様、どうか景吾を守ってほしい。
自分の力では解決できない問題に、もはや神に縋るしかない。悔しくて、拳をつくり、爪が喰い込むほどにぎゅっと握った。

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