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「で、どないしたん?」

漸く涙が止まりかけた頃、秀吉は蓮が買い置きしていたインスタントのミルクティーを淹れた。それを手渡すと、さっきと同じように視線が合う位置で腰を下ろした。
寝転んで泣いてばかりいた俺も起き上がり、ベットの上に座り直し渡されたカップを両手で包む。

秀吉の問いにどこからどこまで、どんな言葉で話していいのかわからない。
口籠ってていると、秀吉は話したくないなら今はいいと微笑んだ。咎めることなく優しさを率直に表す姿にまた心が少し温まった。

「……俺、香坂と別れた…」

「…なんで?」

「俺が…香坂を裏切ったから…」

「それじゃあわからん」

秀吉に真相を話すのは怖い。寛容で多様な思考をできる男だとわかっているが、嫌われるかもしれないし、怒られるかもしれない。
でもあんなに必死に探してくれたのだから、真実を言わなければ申し訳ないと思った。
秀吉には知る権利がある。
それに、誰かに罪を懺悔したかった。口に出すことで救われるかもしれないと滑稽な思いに駆られる。
その相手に秀吉を選んだのは、どこかで彼ならば許してくれるのではないかと厚かましい感情があったからだ。
俺は許されたかった。自らが選んだ道が正しいのだと背中を押して欲しかった。

「俺、さ…急に、いなくなったじゃん?」

「せやな」

「水戸先輩に…拉致られてさ…それで……」

「やられたんか?」

オブラートに包まない物言いだが、大事な所は遠慮しない秀吉らしい。その言葉に一度弱々しく首肯した。
とても、秀吉の瞳は見れない。
俯き、手中のカップを握り締める。
次にどんな言葉が出てくるのか想像し、恐怖で心臓が早鐘を打つ。
しかし、どんなに言葉を待っても秀吉は何も言わない。代わりにベットが沈む感覚と次には頭を引き寄せられ、秀吉の肩に懐かれる。
恐る恐る視線を上げれば、彼は真っ直ぐに俺の瞳を見詰める。揺らいでいる秀吉の瞳を見返すと彼は苦笑した。

「……楓、堪忍な…あの時あの場を離れるんやなかった」

「秀吉のせいじゃない…俺がもっとしっかり、してれば…」

「…辛かったやろ?いや、今も辛いやんなあ」

ひびが入った心に優しさは辛く、ますます心がずっしりと重みを持つ。

「香坂先輩にはそのこと言ったんか?」

「…言ってない…嫌われたくなかったから…もう嫌だから別れるって、そう言った…ほんと、俺馬鹿だよな…嫌われたくないとかさ…」

自嘲気味な笑いと共に涙を流すと、秀吉は力強く身体を抱き締めた。

「香坂先輩にほんまのことを言うんが辛いならそれでええ。せやけど、言うても先輩なら受け入れてくれると思うで?」

秀吉の言葉にゆるゆると頭を振る。
とてもそんな風には思えない。再三警戒しろと言われ続けていたのに、何故こんなに馬鹿なのだと、付き合いきれないと呆れるに決まっている。

「…香坂は何も知らなくていい。勝手な恋人だったって、憎んでくれた方が…」

一番正しい方法は自分の罪を洗い浚い話し、誠実に謝罪し離れることなのだろう。
それすらできない自分の弱さと卑怯さを思い知って、胸が何度も抉られる。

「…俺は楓が一番ええと思うようにしたらええと思う。それに口出しはせん」

「……俺のこと…嫌いにならないのか…?」

涙が溢れる瞳でこんなことを言ったら、優しい秀吉は突き放せない。それなのに問うてしまいたくなる。

「アホ、なるわけないやろ。楓は楓や」

その一言がどんなに欲しかったか。
香坂を失い、友人まで失ったなら、それこそ生きていく自信がない。

「……サンキュ…」

「蓮も、景吾も、ゆうきも、皆ほんまのこと知ったからって、楓を嫌うなんてありえへん。お前らってそんなに薄っぺらい関係とちゃうやろ?」

「…ん」

「皆のこと信じてやるんやで?ほんまに楓の力になろうと今必死や」

「うん」

「蓮たちにはなんて言う?」

「…蓮もゆうきも香坂に近い人と付き合ってるし、余計な心配かけたくないから、ただ別れたって言う……本当のこと言ったら、あいつらも恋人に嘘つかせることになるし…」

「ほな俺もそれに話合わせるわ」

「ごめん…」

「楓が謝ることないやろ。俺にできるんはこれくらいや。もし、泣きたくなったらいつでも俺の部屋に来ればええ」

「ありがと…」

香坂を失った今、俺には友人の存在しか支えてくれるものがない。
秀吉と友達でよかった。信用できる奴でよかった。
蓮達が信用できないわけではない。頼りにしているし、されたいとも思う。親友だと思っている。
でも、素直に甘えて、素直に頼れるのは秀吉だった。蓮たちの前ではどうしたってちっぽけなプライドが邪魔をして虚勢を張ってしまう。
優しく微笑み、髪を撫でてくれる秀吉の手は、どこまでも温かい。俺の不安を拭ってくれようと必死に見えた。
皆に迷惑かけて、心配かけて、こんな結果になって、本当に何度頭を下げても気が済まない。

「……ごめんな、秀吉…」

「アホ、謝んなや。誰よりも今戦っとるんは楓や。俺は何もできひんから。誰か傍にいて欲しいときは頼ってきたらええ。俺が楓の力になりたいんやから…」

「…ありがとう…ほんとに、ありがとうな…」

「アホ。俺に気遣っとる暇あったら、自分のために遣い?」

「そう、だな…」

「ほな、それ飲んで横になり?寝るまで傍にいたる。何も怖いことはないんやから…」

「ありがと…」

手中のカップを口に寄せ、残り少ない液体を胃に流し込む。空のカップをサイドテーブルの上に置き、ベットに入った。
先程まで眠っていたはずなのに、泣き疲れたのか、頭が白んできて今にも夢の世界へ沈んでいきそうになる。

「おやすみ、楓…」

眠るのが少し怖かったが、秀吉が手をぎゅっと握ってくれたので安心して瞳を閉じた。

これから水戸先輩との地獄の日々が続く。彼が卒業するまでの数ヶ月。耐えられる自信はない。
それでも、自分で決めた道だ。頑張らなければ。
決意を何度も復唱するのに、難しいことが考えられない。
襲う眠気に、けれども口を開いた。

「…秀吉…俺、がんばる、から…」

「…楓…」

さらりと髪を撫でられ、それがとても心地よかった。
まるで香坂を連想させる指にいつまでも縋っていたかった。
秀吉の優しさに甘えても罰は当たらないのだろうか。

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