6

無気力になった心と同調し、身体にも力が入らない。
のろのろと亀のような動きでベッドに身体を預けた。
枕に顔を埋め、香坂が当たり前にいてくれた日々を思い起こしては涙が流れる。
枕は涙を吸い取ってくれるが、悲しみや絶望までは吸い取ってくれないようだ。
泣けば泣くほど心にぽっかりと空いた穴が広がる。
ひゅうひゅうと隙間風が流れ、掻き毟るように胸が痛い。

こんな時は、香坂が隣にいてくれたら何も怖いことなどなかった。
いつも傍にいて、気付かないくらいに自然と支えてくれていたのはいつだって香坂だった。
勿論、蓮やゆうき、たくさんの友人にも力になってもらったが、それでも、辛いとき強く求めるのは香坂だった。

その香坂がいない今、どうやってこの悲しみを拭えばいいのだろう。
そこにいるのに手を伸ばして抱きしめられない悔しさ。
本当は、本当はまだこんなにも好きなのに。
今すぐに謝って、さっきのはなかったことにしてくれと頭を下げて済むならばどんなに楽か。

片想いならまだましだった。
どんなに想っても香坂が絶対に手に入らないのなら諦める余地はあったかもしれない。
しかし状況は真逆だ。
香坂も俺を好きでいてくれている。
だからこそ悔しくて、諦めがつかない。

"別れてやるよ"
最後に言った言葉は記憶から抹消したいほどに一番聞きたくないフレーズだった。
自分で仕向けたくせに、勝手に傷ついて、こんな風では香坂も報われない。
被害者は香坂なのに、自分が悲劇のヒロインぶって。あっさり騙され、あっさりやられた警戒心のない間抜けな自分が一番の問題だ。
もっとしっかりしていれば。
自分で蒔いた種なのだから、その結果がどうであれ、それを受け止めなければいけないのに。
今の自分には素直にそれができそうもない。
だって、こんなにも未練が残っている。
こんな苦しさを一生背負うくらいならば、いっそ死にたいとすら思う。

何故近くにいると、その大切さに気付けないのだろう。
ありきたりな幸せでいい。
ちっぽけなものでいい。
金なんていらないし、高価な物もいらない。
香坂がいてくれれば、それだけで幸せだった。
愛した分だけ香坂を傷つけた。
さよならと上手く言うことさえできなかった。
最後くらい綺麗に終わりたかった。
最後くらいいい恋人でいたかった。

もう二度と戻ってこない温もりを、何度涙を流せば忘れられるだろう。
何度心を壊せば救われるのだろう。
この苦しみの終わりなど想像できず、下唇をきつく噛み締めた。

「こう、さか…」

枕に吸い込まれる名前も、本人の前で呼ぶことはない。
呼ぶ資格さえ持ち合わせてはいない。
それでも呼んでしまうのは、香坂が恋しいからだ。
香坂自身を抱きしめる事ができないのならば、せめて思い出だけでもと思ってしまうから。

香坂を忘れられそうにない。
思い出に鍵をかけなければいけないが、今はできそうにない。
思い出だけは、綺麗なままに残しておきたい。
香坂と過ごした時間をなかったことにはしたくない。

涙で熱く、重くなる瞳と、強張って疲れ始めた喉。
何時間でも泣き続ける事ができそうだ。
そんな自分に呆れてしまう。

ふと、制服のポケットに入ったままだった携帯が鳴った。
まさか、水戸先輩だろうかと恐怖に包まれながらディスプレイを見れば、秀吉だった。
その名前を見ただけで、また何がが溢れそうになった。

「……もしもし…」

『楓!?ほんまに見付かったんやな…心配したでー』

秀吉の軽快な関西弁と、ほっと安心できるような低音の声が懐かしい。

「…ごめん」

『…楓、泣いてるん?今どこ?』

「…今は、自分の部屋…」

『今すぐ行くから待っとき』

電話は早急に切られ、携帯をベットの上に放り投げた。
心の底から心配し、全力で力になろうとしてくれる友人。
それだけでも充分幸せなのに、隙間が埋まらないのは何故だろう。

すぐに向かうという言葉通り、横になったまま自失していると秀吉が静かに部屋に入ってきた。
扉が開く音は聞こえたものの、今は身体を動かすのも億劫だった。

「楓…」

傍でしゃがみ込み、目線を同じにすると秀吉は一度微笑み、髪を撫でた。
何故だろう。秀吉といるととても安心する。
全てを包み込むような包容力が形になって見えそうだ。

「どないしたん?こんなに泣きよって…」

「秀吉…」

優しくしないで欲しかった。また涙が止まらなくなる。

「楓はほんまに泣き虫やなー」

泣きじゃくる俺の髪をただひたすらに撫で、たまに涙を拭いながら、何を聞くわけでもなく、問い詰めるわけでもなく、ただ秀吉はずっと傍にいてくれた。

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