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真っ白なシーツの上、上半身を起こし、ただじっとその白さを瞳に映していた。

身体は石になったように動かず、頭の中もシーツのように真っ白だ。
香坂の胸に、被害者ぶって泣きつけば、あいつはなんて言うのだろう。
可哀想に、なんて同情してくれるのか、それともそんな俺に呆れて見放すだろうか。
考えても意味などないのに、香坂のことばかり思ってしまう。
いくつもの選択肢を想像しても、結論は一つだけ。
香坂には絶対に知られたくない。

香坂にしか許さない。男同士でも甘んじて女役を選んだのは香坂だからだ。
自分の身に起きた事へのショックよりも、今は香坂に申し訳ないという気持ちで一杯だった。
もし、これが逆の立場なら、何故もっと用心しなかったのだと目一杯香坂を責めるだろう。
それはきっと香坂だって同じだ。
あれほどきつく咎められ、心配してくれていたのに、大丈夫だと呑気に構えていたのは自分だ。
その挙句こんな結果になってしまいました、なんて、香坂だって黙ってない。
そんな馬鹿はもういらないと言われるに決まっている。

こんな身体では香坂の前に出る事すら恥ずかしくて。
こんな汚い俺よりも、綺麗で朗らかな女性の方が香坂には似合っているに違いない。
元々、俺達最初からつり合いなんてなかった。そもそも同性同士なんて大きなリスクを背負う必要はない。
それなのに、何故香坂は俺を選んだのかと皆が思っていただろう。
あんな男が、何故同性を、しかも冴えない自分なんかを、と。

潮時だと思った。
初めから終わりが見えていた関係だ。
いつ他の人に香坂をとられるかと思うと、気が気じゃなかった。
終わるのが多少早まっただけ。でも、それもいいかもしれない。
もっと時間を共にして、もっと色んな思い出を作った後では辛すぎる。
今が一番いいタイミングなのかもしれない。
むしろ、こんな事がなかったら俺は一生香坂から離れられそうにない。
自分から別れを告げるなんて、絶対にできそうにない。
だから、よかったのだ。こうなって。
きっと神様が自分から別れられない弱虫な自分の背中を押してくれたのだ。

自分に言い聞かすように心の中で何度も何度も繰言を呟いてみるが、そんな心とは裏腹に涙は止まらない。

今まで、短い間だったけれど、香坂と過ごした思い出が走馬灯のように巡って、その一つ一つは天にも昇るほどに幸せで。
記憶の中で幸せそうに笑っている自分が憎かった。
離れたくない、一緒にいたい、だってこんなに好きなのだから。
それが正直な気持ち。
でも、できない。
罪を犯した者は、それ相応の代償を払うべきだ。

「ごめんな、香坂…」

真っ白なシーツには、零れ落ちる涙で染みが滲み、それすら歪んで見えた。

「っ、ごめんなっ…」

こんな終わり方を望んでいたわけじゃない。
もしも香坂が心移りしたとしても、笑顔で別れようと決めていた。

香坂の温かい手が懐かしい。
全身で俺を守るようにぎゅっと抱きしめてくれた。
俺様な発言に喧嘩をすることもあったけど、それでもお前が言う事に間違いはなくて、だからこそ悔しくて。
好きだと耳元で囁いてくれた時の嬉しさは忘れない。
こんなに人を好きになって、同じくらいに好きになってもらって、他には何もいらないと思えるくらいに満たされていた。

思い出は綺麗すぎて、尚更自分を傷つけるけれど、お前との思い出に鍵をかけなければいけない。
もうその手を握る資格は俺にはないのだ。

きっと香坂ならすぐに彼女ができるだろうし、いい子とつきあえる。
素直で綺麗で、頭も顔も良くて、誰もが羨むような子と。

俺、お前を幸せにできてたかな?
幸せをもらうばかりで、お前には何も返せなかったような気がする。
もっと、色々してあげたかった。
香坂の笑う、幸せそうな顔が見たかった。
最後まで、こんな恋人でごめんな。できの悪い恋人だった。
でも、そんな俺の全てを好きだと言ってくれて、本当に嬉しかった。
お前以上に俺を理解してくれる人はいないと思ったし、俺以上にお前を愛せる人もきっといない。
でも、さよならを言わなきゃいけない。
俺の事、いくらでも憎んでくれて構わない。
感情は違くとも、俺を忘れずにいてくれれば、それだけで充分だ。
俺はお前の事を絶対に忘れない。

「……ごめん、香坂…」

呟き、携帯に手を伸ばした。
手の中で握っていた一枚のメモに視線を移す。
震える手で、十一桁の番号を押した。

『もしもし?』

聞こえるのは、最悪を振りまいた水戸先輩の声。
じわじわと憎悪が心を蝕むが、それでも従わなければいけない。
自分の無力さを悔やんだ。

「……お前の、言う通りにする…」

電話の向こうで、微かに水戸先輩が笑ったような気がして、敗北感を感じ電話をすぐさま切った。

これで、これで本当に香坂とはさよならだ。

これから地獄の日々が始まろうとも、それでもお前との思い出だけで俺は生きていく。
それくらいの我儘は許されるだろうか。
身体は水戸先輩に預けたとしても、心は香坂に残しておいても罰は当たらないだろうか。
それが一番辛いとわかっているけど、心は言う事を聞いてくれないと承知だ。
忘れたくともそんな都合良くはできていない。
心だけは、綺麗なまま香坂だけを想って生きる。
身体を好きにさせたって、心は絶対に好きにはさせない。
それすらあげてしまったら、そのときは俺は二度と自分を取り戻せない。

瞳を閉じて、涙を拭った。
その瞬間扉が開き、水戸先輩は部屋に入りながら悪魔の笑みを浮かべ、手招きをする。
それに素直に従い、携帯だけを握って傍に近付いた。

「いい子だね、楓君は…」

頭を撫でられ、虫唾が走った。
唇を噛み締めてでも、それに耐えなければいけない。
とことん服従してやろうと思う。水戸先輩が飽きてくれるまで。
それが罪を犯した自分への罰であり、香坂への贖罪だ。
現実の自分は別のところにいるかのように、表情一つ変えずに水戸先輩の好きにさせた。

「じゃあ、行こうか…」

腰に手を回され、いかにも自分の所有物だといわんばかりの態度。
唾を吐き捨てたい気持ちを抑え、黙ってついて行った。

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