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漸く考査最終日を迎えた。
あれから水戸先輩の事で頭が一杯で、とてもテストに集中できるような状態ではなかった。

あの日を思い出しては背筋が凍り、身震いをした。あの笑顔が脳裏に焼きついて離れない。
もう二度と会いたくない。
危険だとは思っていたが、全力で逃げなければいけないのだと悟ったのはあの日からだ。
香坂には話していない。あいつに余計な心配はかけたくなかった。
何より、水戸先輩に香坂に助けを求めろと馬鹿にされたことがひっかかる。

何から何まで香坂に助けられずとも普通に生活できるし、俺だって男なのだし、自分の身は自分で守れると証明したかった。
守られるのが悪いとは言わない。しかし自分は納得できない。
ちっぽけなプライドだと嘲笑されるかもしれない。けれども、ベッドで女役をしているからといって、心まで軟弱になったつもりはない。
俺は男だ。誰かを守る立場であり、香坂とはいつだって対等でいたい。それだけは絶対に
譲れない。
香坂の前では何もないふりをして、気丈でい続けた。

テスト終了のチャイムが鳴る。
その途端、歓喜の声があちらこちらから湧き上がり、一気に騒々しくなった。
今日はやっと勉強から解放されるのだから、五人で遊びに行こうと約束をしていた。

「やっと終わったね…」

「だな…全っ然わかんなかったけど!」

「でも、香坂先輩にみっちり家庭教師してもらってたしいつもよりは期待できるんじゃない?」

「…だといいんだけどな…」

考査が終われば二週間後には短い冬休みが待っている。先の事を考えるだけで高揚する。なによりも水戸先輩に会わずにすむ。三学期になれば三年は自由登校だろうし、そうそう学園で会う事もないだろう。早くその日が来いと願うしかない。

早々に鞄に荷物を詰める。寮には戻らず、そのまま街へ行く予定だ。
相変らず五人揃えば煩いもので、テストの内容を話題にしながら昇降口へ向かった。
自分の下駄箱を開けると、靴の上に一枚の紙が四つ折になって置かれていた。
それを手に取り、中を見ていいものかと一瞬悩んだ。
これは新手の嫌がらせか、はたまた香坂が好きな奴からの決闘状か。
どちらにせよ面倒なことには変わりないので、中を確認せずに捨てた方が賢明だと判断した。

「楓何それ?」

丸めて捨てようとしたが、背後から景吾がひょこっと紙を覗き込む。

「…なんだろな…」

「ラブレターとちゃう?」

「ふざけんな。男子校でラブレターとかギャグにもなんねえわ!」

勢いで紙をぐしゃりと握り潰すと蓮が大袈裟に俺の手を掴んだ。

「楓、中身見ないと!」

「あ?いいだろ別に。碌なこと書いてねえよ、こんなの」

「だって、大事なことかもしれないし。とりあえず見なきゃだめだよ」

蓮に言われると弱い。渋々四つ折りの紙を広げると"大事な話があります、裏庭で待ってます"とだけ書かれていた。

「ラブレター!」

「いや、香坂先輩を巡っての宣戦布告かもしれんよ?」

「…どっちにしろ面倒臭い…」

「楓、行ってあげなよ」

「おもしろそうやし遊びに行く前に裏庭行こうや」

「え、皆で行くの?」

「当たり前やん、もし喧嘩やったら俺らが止めな」

「じゃあ決まり!楓を守るため、この手紙を書いた奴見に行こうぜー!」

「で、でも…もし本当に純粋な告白とかだったら可哀想だよ…」

「…それ書いた奴見て平気そうだったら俺ら帰ればいんじゃね?」

「ナイスゆうき!じゃあそうしよー」

完全におもしろがっている。考査が終わり、遊び呆ける前の余興くらいに思っているのだ。
外野はそれでいいだろう。しかし当人の俺は笑えない。どんな用件かは知らないが、何にしろ愉快な話しではないのだろう。
告白だとしても女の子ではないならば嬉しくないし、宣戦布告だとしたら勝手にしろの一言だ。一々俺に言う必要も許可を取る必要もないし、好きにしろ。

「…マジで行くのかよー」

「当たり前じゃん!これが本当の告白だったらこの子可哀想だし!」

「景吾おもしろそうって顔に書いてんぞ。放っておこうぜ、こんなの…」

「だめだめ、ちゃんと白黒はっきりしてからぱーっと遊ぼうよ!」

ぐいぐいと背中を押され、裏庭近くまでやって来た。

「じゃあ俺らここの影から見てるから。平気そうなら先に校門に行ってるからぱっと終わらせて来てね」

「…へーい」

何でもいいが早く終わらせ、早く遊びに行こう。

「じゃ俺行くけど…」

「頑張って!」

皆の瞳がキラキラとしてるのは俺の錯覚だろうか。
考査が終わり、テンションが上がっているところにこんなおもしろい事件、確かに俺があちらの立場だとしても同じようにしただろう。娯楽には貪欲なのだ。
あまり気は進まないが、もしも何かあったとしても秀吉がいるならばだいたいのことは丸く収まるだろう。
裏庭へ足を進めて行くと、小柄な後姿が見えた。
一先ず変な奴ではなさそうで、安堵の溜め息を零す。
背後から近付き、その子の肩を叩くと大袈裟なほど身体が跳ね、恐る恐るこちらを振り向いた。
大きめの眼鏡をかけたおとなしそうで、色白の子だ。
背は俺より小さく、地味な印象だった。ネクタイの色を見れば同じ一年なのだが、こんな生徒がいただろうかと首を捻る。
生徒数が多いし、全員の顔など覚えていないが。

「これ、君?」

手紙をポケットから出し訪ねれば、彼はゆっくりと頷いた。余程緊張しているのだろう、手が震えている。
そんな姿に微笑ましくなって、変に勘ぐった自分を叱咤した。
どんな事を言われるのかはわからないが、喧嘩や暴力沙汰にはならないだろう。
これなら多分校舎から見ている皆も安心して校門に向かったはずだ。ちらりと後ろを振り返れば、やはりあいつらの姿はない。

「あ、あの…」

もじもじと落ち着かない身体で、言葉を選ぶように小さく呟かれ、なるべく優しく聞き返す。

「あの、すみません、忙しいのに呼び出して…」

「いや、別にいいけど…」

「あのっ、あの…」

俯いた彼は暫く沈黙し、勢い良く上げられた顔を見れば涙ぐんでいるようで、戸惑た。
何故、泣く必要があるのだ。

「……っ、やっぱり、僕、こんな事…」

ついに彼が涙を一粒零した時だった。背後から誰かに羽交い絞めにされ、驚き、声を上げようとすると鼻から薬品の匂いがして、遠のく意識の中最後に見たのは俺から目を背け悔やんだように唇を噛み締める彼の表情だった。

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