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テスト期間も始まり、ただでさえ面倒事が多い俺にまた一つテスト勉強という難関が立ち塞がった。
色々なことがいっぱいいっぱいでキャパシティーなど当に超えている。勉強なんてしている暇はないのに。
普段から真面目に授業を受けていればこんなに大変な思いをせずに済むと蓮に同じような小言を何度もお見舞いされる。
時間がある時に蓮や香坂に教えてもらいながら、どうにかこうにか赤点をとらないぎりぎりの点数を目指して必死だった。

最近は水戸先輩の姿も見る事はなく、あいつも一応受験生なのだし、勉強のために大人しくなってくれたのかと思いきや、相変らず景吾には付き纏ってる様子だ。
ターゲットを一人に絞ったか、と嬉しい反面景吾が心配だ。

「おい、余所見してんな」

「してねえよ」

「俺がわざわざ教えてやってんだからちゃんと勉強しろ」

「もう今日の分は終わっただろ?部屋に戻る…」

「…お前そんなんでちゃんと卒業できんのかよ…赤点とっても俺知らねえからな」

「大丈夫だっつーの。やばくなったらちゃんと勉強するし」

「あ、っそ…」

「じゃ、俺帰りまーす」

「おい、最近水戸の話聞かねえけど大丈夫なのかよ?」

「…ああ、あの人ね、最近景吾に夢中みたいだから俺はなにも」

「だからって気抜くなよ」

「大丈夫大丈夫、俺そんなに馬鹿じゃねえし」

「……ほんとかよ…」

大袈裟に溜め息をはく香坂にむっとして、そっけなく挨拶をして部屋を出た。
香坂は俺のことどれ程馬鹿だと思っているのだろう。
景吾ならば心配する気持ちもわかるが、自分は一応危険人物だと理解しているし何を言われてもきちんと意思表示をして断り続けていた。
信じろと胸を張っては言えないが、それでも恋人なのだから多少は信用してほしい。

一年の寮棟へ着き、もう少しで部屋だというところで背後から名前を呼ばれ、反射的に振り返ってしまった。

「久しぶり、楓君」

ごめん香坂。俺やっぱ馬鹿だったわ。
心の中で香坂に懺悔し、それ以上に自分自身に腹が立つ。何故声でわからないのか。
振り向かずに一目散に自室に走るべき場面だった。

「教科書持って、勉強してたの?」

じりじりと距離をつめる相手に本能的に後退りする。

「そんなに警戒しなくてもこんなとこで何もしないよ」

いつもの調子でへらりと笑われ、それでも下から睨み上げた。
大声を出せば誰かしら駆け付けてくれるだろうし、人目のある廊下だ。水戸先輩が言うようにこんな場所では何かしたくとも何もできない。
しかし、残念な事に今周りには人がいない。広い空間に二人きりだ。
時間も時間だし、テスト期間だし、生徒は自室で勉強に励んでいるのだろう。

「香坂にでも教えてもらってた?」

妙な緊張感で水戸先輩の問いに答えようにも声が出ない。久しぶりに対峙したというのもあるだろうし、水戸先輩の笑顔は以前から好かなかった。久しぶりにそれを見たら俺の中の警戒心が一気に覚醒したようだ。

「…楓君はぎゃんぎゃん騒いでる方が可愛くて好きなのになあ」

顔も見たくないというのに。こいつに会うと碌な事がない。
ついに水戸先輩と俺の距離は縮まり、むかつく事に俺よりもだいぶ背の高い水戸先輩の顔を見上げるかたちになってしまった。

「……なんであんたが一年の寮棟にいんだよ」

「さあ、なんででしょう?」

「景吾んとこ行ってたとかふざけた事言わねえよな」

「それは秘密。景吾君に直接聞いてみればいいんじゃない?」

ああ、むかつく。
なんでこいつは人の勘に障る喋り方をするのだろう。わざとそうしているような気がする。より憎まれるように仕向けているようだ。

「それよりさ…」

急に腕をがっちり掴まれ、振り解こうと力を入れた瞬間、すぐそばにあったトイレの個室に引きずり込まれてしまった。

「っ、何すんだよ!」

狭い密室に二人きりで、流石にこれは危険と察知したが壁に追いやられ、扉の間に長身の水戸先輩がいれば簡単には逃げられない。

「なにしようね?」

水戸先輩の笑顔をこんなにも恐ろしいと思った事はなかった。気に入らないとは思っていたけれど。
例えるならばピエロが笑っているような、笑顔なのに狂気が見え隠れしているような、そんな顔だった。
こいつ、ほんとにやばい。
背筋が凍り、金縛りにあったように先輩の瞳から視線が離せない。

「…逃げないの?」

できるならそうしている。
この場から逃げる方法を一生懸命考えるが、混乱する頭では上手く計算ができない。
できるのは相手を睥睨することだけだ。精一杯の威嚇だが、通用するなど思っていない。
景吾にあれだけ気をつけろと説教をしていたのに、最初に捕まったのが俺だなんて笑えない。

「そんな顔して。そんなに俺が怖い?」

この状況が愉快でならないのか、水戸先輩は俺の腕を掴んだまま口が裂けそうなくらいに笑った。

「景吾君ばっかり気にしてると、自分がこんな目に遭っちゃうんだよ?」

幼児に言い聞かすような優しい語調が馬鹿にされているのだと気に障る。
水戸先輩は俺の両腕をぎっちりと掴み、壁に押し付けると首元に顔を埋めた。

「ふざけんな!離せよ!」

「…大丈夫、なにもしないから」

耳元で、聴覚を擽るように話される。
水戸先輩の息で髪の毛が揺らぐ度、嫌な汗をかいた。

「ほんと、楓君はおもしろい子だよね。周りのことばっかりじゃなくて、自分もこともちゃんと考えないと。誰も助けてくれない状況なんていくらでもあるんだよ?」

「…そんな事、おまえに言われなくてもわかってる…」

「そお?じゃあ楓君の大好きな香坂にでも今から泣きつく事だね。俺を一人にしないで、って…」

耳朶を甘噛みされ、最後にふっと笑うと水戸先輩はあっさり俺を離し、個室から出て行った。
その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込み、悪魔が去った瞬間に震え出した身体に力を入れ、しっかりしろと自分に言い聞かせた。

「……なんだ、あいつ…」

香坂にも怯む事なくものを言っていた俺が、あいつの前だと小動物のようにちっぽけな存在のような気がして。
水戸先輩が俺や景吾を喰うのはとても簡単なことだろう。しかし、あいつはそれまでの狩りを楽しんでいるだとはっきりとわかった。
何故ターゲットを俺と景吾にしたのかはわからないが、あいつは俺も景吾も好きなんて思ってない。様々な手法で追い駆け、追い詰め、恐怖に歪む顔を見て楽しんでいるのだ。

「……狂ってる…」

呟いて、何もできなかった自分に苛立ち、血が滲むほどに拳を強く握った。
香坂に助けを求めるなんて、冗談じゃない。自分の身も自分で守れないなんて。
俺は女ではない。水戸先輩と同じ性を持つ男だ。自分では歯が立たないからと言って香坂に助けを求めろだなんて、屈辱以外のなにものでもない。
何故いつだって守られなければいけない。自分自身くらい自分で守ってみせる。
水戸先輩が本気を出していたならば、既に先輩の手の中に堕ちていただろう。
だからこそ、その事実を理解しているからこそ悔しい。

香坂にこの事は絶対に言わないと、単細胞な俺は水戸先輩の挑発にまんまと乗せられ、掌で転がされていた。

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