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「…楓、何でこの席来たんだよ」

「だって香坂が…」

こそこそとゆうきと話していると、なになに、内緒話?と水戸先輩が入ってくる。
最高に鬱陶しい。ここまで自分本位でいられると逆に清々しいとすら感じられる。
梶本先輩も苛々している様子だし、景吾はいつもの笑顔でごくごくマイペースに飯を頬張っている。
同じテーブルに着いてるにも関わらずそれぞれが抱える感情が正反対すぎて、妙な空気に包まれる。
この空気をぶち破る打開策など何処にもないし、自分が発言したところで何も変えられない。
それならば黙って飯に集中し、香坂の気が済むまで付き合おうという答えを出した。
ずるずると麺を啜れば、水戸先輩が頬杖をつきながらじっとこちらを見つめてくる。
食べているところを見られるというのはこんなにも嫌なことなのだと知った。

「楓のラーメン美味しそうだね!」

こちらの苦労など知りもしない景吾は食糧しか目に映っていないし、思考回路もそればかりなのだろう。

「…食うか?」

「食べる!ありがと」

どんぶりごと渡してやると満面の笑みで礼を言われた。景吾は本当におめでたい。俺もそんな性格になりたいものだ。

「俺も食べたいなあー」

景吾とのやりとりを見ていた水戸先輩が揶揄するような口調で言った。
精一杯の否定をしようと口を開けば、それより早く香坂が遂に口を割った。

「おい、いい加減にしろよ」

「え、俺の事?」

「お前以外にいねえだろ」

「君は…えーっと…香坂君だ。楓君と景吾君しか視界に入らなくて気付かなかった」

ふっと、馬鹿にしたような笑みを見せる水戸先輩に、香坂の機嫌は一気に最悪に近付く。
そしてそれにつられるように梶本先輩の苛立ちも増した気がする。

「おい、ゆうき、なんで梶本先輩まで怒ってんの?」

「…ああ、なんか色々、な…」

げんなりするゆうきを見れば、俺たちが来る以前に一悶着あったのかもしれない。
皆水戸先輩に振り回され、気分を害され、何故こんな風に平穏だった日々を掻き回すのかと溜息が零れる。
お願いだから一足先に卒業してくれないだろうか。

「楓にちょっかい出すのは金輪際やめてもらう」

「なんで?香坂君は関係ないじゃん」

「楓は俺のだ」

「今は、でしょ?ま、俺は楓君も景吾君もどっちもほしいけどね」

「ふざけんな」

「二人とも俺の事好きになるかもしれないし?」

「景吾が水戸を好きになるわけないだろ」

梶本先輩も口を開き、乱闘騒ぎになってしまったらどうしようかと冷汗をかく。
温かく、美味しかった炒飯の味ももうわからない。

「どうして?だって景吾君つきあってる人いないんだよね?」

「え?あ、はい…」

「景吾!」

「え、お、俺?」

自分の玩具がとられそうになり、梶本先輩も内心穏やかじゃないのだろう。
自分だけが価値を知って安心して遊んでいた玩具が、他の人もその価値を知り横取りされそうになっている。正にそんな状態だ。
だが恋人同士ではないのだから今回の件で梶本先輩が水戸先輩に対抗できる権利はない。
景吾の心は梶本先輩にあるのだろうが、梶本先輩も水戸先輩も同じ土俵の上だ。

「なんか穏やかじゃな空気ー。俺は香坂君にも梶本にも興味はないから、時間を共にするつもりもないんだよね。楓君と景吾君と一緒にいたいだけだからさ。てわけで俺帰りまーす。ばいばい、また一緒にご飯食べようねー」

ひらひらと手を振る水戸先輩に景吾だけが応じている。
悪の根源である水戸先輩が去ったところで空気は重くなる一方だろう。本当に疫病神だ。このまま部屋に戻ったら確実に八つ当たりされる。
頭を抱えた。もう食欲もない。ちらりと香坂を見ればぎゅっと拳を握り締め水戸先輩の後姿を睨み続けている。
一度機嫌を損ねるとなかなか浮上しないし、そんな時の香坂はいつもよりも乱暴に身体を求め、ぶっ壊れるまで好きにされるのがオチだ。
自分の行く末を想像し、身震いした。

「あれ、皆でご飯食べてたの?」

近くで蓮の声がし、天の助けかと顔を思い切り上げた。
なんとも素晴らしいタイミングで声を掛けてくれた。空気を読んでくれたのだろうか。

「僕今食べ終わって部屋帰るとこなんだ」

「俺も!俺も一緒に帰る!」

急いで立ち上がり片手にトレイ、片手で蓮の腕を掴んだ。

「楓?」

「じゃ、香坂また後で!」

蓮の隣には須藤先輩が当然のようにいて、蓮を引っ手繰る形になってしまったが今は自分の保身が第一だ。逃げるが勝ち。
トレイを戻し、香坂に捕まる前に足早に自室へ戻り施錠した。

「楓、どうした!?」

ものすごい勢いでベッドになだれ込み、蓮は肩で息をする俺の背中をさすってくれた。

「…悪いな、須藤先輩と一緒だったのに」

「先輩の事はいいけど、大丈夫…?」

「全然全く大丈夫じゃない」

「…何かあった?」

落ち着けと言わんばかりにペットボトルのお茶を手渡され、それを一気に飲み干す。
互いのベットに腰をかけ、息がやっと整った頃に事情を簡潔に話した。

「…それはまた、剣呑な…」

「だろ!?」

「香坂先輩に後で色々言われるんじゃ…」

「それは言うな!わかってるけどでも、今の香坂と一緒にいるよりは賢明だと思って!」

「まあ、確かに…」

同時に吐息を零し、一気に雰囲気が暗くなった。先が思いやられると蓮も思っていることだろう。
蓮としても無関係ではない。友人二人が変態に目をつけられたのだから。
部屋をノックする音でお互い現実に戻り、蓮が扉を開けた。
まさか香坂かと身構えていたが、入ってきたのは景吾とゆうきだった。

「楓ー!急に逃げるからびっくりしたよ!」

手に持っている半分お茶が入ったペットボトルで二の腕辺りを叩かれた。
元はと言えば誰のせいなのか、景吾にわからせる必要がある。

「てかさ、何で一緒に飯食ってんの?」

「ああ、水戸先輩に誘われて断りきれなかったから」

笑う景吾を本気で殴りたいと思った。能天気だと承知だが、それにしてもここまで何もわかっていないとこちらもどうしたら良いのかわからない。

「俺が梶本呼んだ。景吾と変態二人にするの怖かったし」

「なるほど、そんな素敵な理由でしたか…景吾、俺が言ったこと覚えてんのか!?あの変態には関わるな!」

「覚えてるけど…でも、そんな悪い人には見えないし…」

「どう考えても面倒臭いことになりそうだろ!あの人と絡んでると碌な事ねえの!わかったか!」

「う、わ、わかったよ…」

「景吾真面目に考えろよ。あいつに何かされたらお前も嫌だろ?」

「そりゃ嫌だけど…でも好きとか冗談にしか聞こえないし、俺だって男だし力もあるし逃げることもできるし、そんな…」

「冗談かもしんねえけど、何事も軽く考えてる奴は善悪の境界線すら曖昧なの。あんま一人でふらふらすんなよ」

「うん…」

頷きながら菓子の袋を開けた景吾に脱力する。景吾は何度言っても真剣に考えないだろう。
そもそも自分が男から恋愛対象にされるという非現実的な事態を受け止めていない。
確かに男や女に恋愛対象として好かれる要素など俺も景吾も持ち合わせていない。しかし世の中色んな価値観の人間がいて、絶対にありえない事ではない。
人を嫌いになれない奴だし、根っからの悪人などこの世にはいないんと思っているような奴だ。仕方がないと言えば仕方がないけれども。
心根が腐ってる奴は山ほどいると勉強した方が良さそうだ。今後の景吾の人生にも役立つだろう。だが景吾に辛い想いはしてほしくない。
穏便に終わればいい。何事もなく、水戸先輩も揶揄うのに飽きてそんなこともあったと笑い話にできればそれが一番望ましい。

その後も俺とゆうきでひたすらにあいつには近付くな徹底的に無視をしろと教育が始まった。
苦笑しながら様子を眺める蓮と、困惑顔の景吾。

「そ、そんな一気に言われても頭に入らない…」

「入らないじゃねえよ、入れんだよ!」

景吾に理解してもらえなければ水戸先輩が付き纏ってくるのは必然だ。
その内景吾の親切心であの変態、景吾は自分に気があるのだと勘違いをして襲ってきそうだ。景吾と相思相愛なのだと脳内変換しそうで怖い。
変態の思考は計り知れない。常識など簡単にぶち破り、斜め上をすいすいと歩いていく。
振り回されるのはいつも常識人で、そんな奴のせいで誰かが辛い想いをしたり周りの平穏が壊されるのが一番腹立たしい。

「わかったか、景吾」

「うん…なんか色々わかった…」

「よし、ならいい」

途中から話は脱線して、変態プレイの話とかになってたがまあいいだろう。
景吾が多少でも理解し、危機感を持ってくれればそれでいい。

「帰るか、景吾」

「うん…なんか疲れたから早く寝たい…」

「邪魔したな」

「うん、また明日ね」

「じゃあな」

ぱたんと扉が閉まった瞬間、自分も疲労が圧し掛かってきた。

「…俺も風呂入って寝るわ」

「うん、ゆっくり休んだ方がいいよ」

「おう」

ああ、やはり蓮は心のオアシス。香坂と付き合っていようがいまいが、蓮は昔から俺の癒しであり、唯一無二の存在だ。
嫌なことや苛立つことがあったとしても、その顔と雰囲気と声を聞けば黒い感情はすっと霧散され、温かな陽だまりが満たしてくれる。
蓮がいたからこそ、常識外れな学園にいても自分を保っていられた。
須藤先輩には申し訳ないが、今日は思う存分蓮を堪能してから眠ることにしよう。

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