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「さ、行くか」

「は?行くって何処に?」

一通りの説教を聞き終え、すっかりと精気を奪われた。
反論しようと口を何度も開いたがすべて否と否定され意識を高く持つようにと念を押される。
それでは自意識過剰になってしまうではないかと心の中でだけ反論をした。
香坂はそんな風に言うが、誰が好き好んで自分のような男に手を出そうと思う。
か弱い女性ではないのだ。万が一乱暴を受けることとなってもこちらだって本気を出せばそれ相応に抵抗はできるし自分の身は自分で守れる。
香坂は大袈裟に話しているし、過保護が過ぎるだけなのだ。

「いいから着いて来い」

「えー…」

「あ?」

「いえ、行きますよ…」

何処へ向かうのかは知らないが、空腹をおさめたらすぐにでも眠りにつきたい気分だ。
肉体的な疲労は感じていないが、精神的には限界を優に超えている。
とは言っても香坂の説教の半分は聞き流していたのだが。

着いた先は三年の部屋が並んでいる階だった。
まさか水戸先輩と直接対決でもするのかと危惧したが、そうではないらしい。
寮内で乱闘騒ぎになればさすがの教師も黙っていないだろうし、いくら香坂といえども停学は免れないだろう。
一室で足を止め、折った指で扉を叩けば生徒会長が顔を出した。

「…涼、珍しいじゃないか。どうした?」

「ちょっと聞きたい事があんだけどさ」

「まあ入ってよ。散らかってるけどね」

初めて入った会長の部屋は他の生徒の部屋とは違い広い上に綺麗で豪華だ。
電化製品や設備や家具など高級ホテルのようだ。
生徒会長だけが許された部屋らしいのだが、東城の会長はそんな優遇をされるほど重労働なのだろうか。
なんとなく落ち着かず、ソファに着きながらも周りを見渡した。

「はい、楓君どうぞ」

にっこりと微笑みながら会長はティーカップを手渡してくれた。

「あ、すいません」

何度も思ったことではあるが、木内先輩と兄弟というのが信じられない。
まさか異母兄弟なのだろうかとゆうきに尋ねたことがあるが、正真正銘本物の兄弟だと言われた。
顔の造りは言われれば似ている部分もあるが、纏う雰囲気や物腰、性格などすべてが正反対だと思う。
会長の性格を熟知しているわけではないが、温厚そうで皆の良き兄という感じがする。
良い意味で繊細そうだし、女性に好まれるタイプだろうと低俗な想像をしてしまう。

「一さん、水戸龍之介って知ってる?」

「ああ、知ってる」

「そいつがさ、こいつと景吾にちょっかい出してるらしいんだけど…」

「みたいだね」

事態は笑っていられる状況ではないと香坂が反論しても、会長は至ってマイペースだ。その微笑を崩さない。

「大丈夫なのか?そいつ」

「さあねー。全然仲良くないし。表向きはいい奴だし、友達も多いけど詳しくは知らない」

「そうか」

「なあ」

くいくいと香坂の服を引っ張る。

「大袈裟じゃねえの?俺ちょっとからかわれてるだけだし、本気で男に付き合えとか言ってるわけねえじゃん」

「お前、俺の話し全然聞いてねえな」

目をすっと細めた香坂は両頬を抓り最大限まで引っ張った。

「いだい!」

「なにかあってからじゃ遅えだろうがアホが。男だからってからかって手出そうとするような奴が一番危ねえんだよ!」

「お前だってそうだったじゃ…いでで!」

「まあまあ、翼にでも探らせてみようか?景吾君が絡んでるならあいつもやってくれるんじゃないかな」

やっと放してもらい、頬を掌でさすりながらそれはどうだろうかと首を傾げた。
景吾が絡んでいようといまいと自分には関係はないと吐き捨てそうだ。
玩具のために動いてくれるような男ではないと思う。
梶本先輩のことは何も知らないけれど、ゆうきが話している内容を聞けば非道な印象しか受けない。

「そんな顔しなくてもちゃんと調べてくれると思うから」

言いたいことがすべて顔に出ていたのか、会長は俺を見つめ優しく微笑んだ。

「ま、涼がしっかりしてれば楓君も大丈夫だと思うけどね。もし楓君に何かあったら、楓君を責める前に自分を責める事だね」

優雅に足を組みなおし、天使のような微笑を見せながら毒を吐く。そんな部分を見れば木内先輩と兄弟というのも納得がいく。兄弟揃って一筋縄ではいかないというのが共通点か。
会長の言葉に香坂が黙った。口で香坂に勝てる奴がいるならば拝んでみたいと思っていたが、ここにいたらしい。
上には上がいるものだと感心したが、同時に会長は絶対に敵に回してはいけないと思った。

「…できる限りの事はするけどよお…」

「学園内で問題を起こすのは涼と仁だけで十分だからね」

「…はい、すいません……じゃあ俺ら帰るわ」

「ああ、またね、楓君」

「…お邪魔しました…」

扉まで見送ってくれた会長に頭を下げる。
ひらひらと手を振ってくれる会長の後ろに巨大な虎がいるようにしか見えない。
話す前に抱いていたイメージは彼方へ霧散し、今はただ恐ろしいとしか思えない。

会長の部屋から香坂の部屋へ戻り、一息つこうとソファに深く座りながらコーヒーを飲む。

「…なんか会長すごい人だな」

「あの人には昔から頭が上がんねえよ」

「香坂にも怖いものがあったんだ…」

「一さんは特別。本当の弟みてえに可愛がってもらってるけどよ」

「ふーん、悪い人ではなさそうだけどね」

「いい人、とも言えないけどな」

敵には容赦ないということだろうか。
味方にするのは頼もしいが機嫌を損ねたら終わり、なんて、考えすぎだろうが。

「ま、水戸の事はしばらく様子見だな。でも気抜くなよ」

「へいへい」

今日何度目かわらかない溜め息を零した。
変態は香坂だけで手一杯なのに、これ以上問題を抱え込みたくはない。
揶揄して遊んでいるだけだというのならば時間と共に飽きてくれるからいい。しかし、その加虐心が加速しないとも限らない。

香坂も俺と付き合う以前はストーカーに限りなく近かったが、無理矢理身体を求めたりそはしなかった。
力ずくでモノにするのではなく、真っ向勝負で挑んできた。
だから安心して心を開いたのかもしれないが、水戸先輩はそれとは少し違う気がする。
漠然としたもので、理由や根拠はないが心の中にまことがない。笑顔は惜しみないが瞳が笑っていない。
やっている事は香坂や秀吉と同じかもしれないが、本能的に受け付けない。
男同士の恋愛を揶揄っているから苛立つというのも勿論あるが、それだけでは済まないような焦りを水戸先輩には感じる。
それよりも問題は景吾だ。
上辺に騙され人を信用するような奴だから、水戸先輩にも騙されてそのまま美味しく頂かれそうだ。
事が起こってからでは手遅れだ。
危機感を持てと忠告しているがなかなか聞こうとしない。
俺も香坂に同じように言われているけれど、多少でも理解している俺とは違い景吾はなにもかもをわかっていない。

「腹減ったな、飯食いに行くか」

「あ、賛成。俺も腹減った」

難しいことを考えるのは一先ず置いて、まずは腹ごしらえをしてから景吾に説教をしよう。
今日は何を食べようかと悩んで中華に決めて、ラーメンとチャーハンを置いたトレイを持ち、空いてる席を探していると、今一番会いたくない奴を見つけてしまった。
しかも景吾と一緒にいる。心配したそばからこれだよ。重い溜息と共に景吾の軽い脳みそでわからせるには痛い目に遭わないとだめなのかと呆れる。
さらによく見れば隣には梶本先輩と、そしてゆうきもいる。
妙な組み合わせに眉を顰めた。

「香坂、あれ…」

「あ?……おい、景吾楽しそうに飯食ってんじゃねえか」

「…なんだろね、あの面子…」

「さあな。楓、行くぞ」

「え?あ、おい、待てよ」

俺の返事を待たず、香坂は真っ直ぐに水戸先輩に近付いていく。
まさか俺たちもあのテーブルに座るのだろうか。
いやだ、飯くらいおとなしく食べたい。面倒事に巻き込まれるのはもう勘弁なんだよ。
景吾は心配せずとも梶本先輩もゆうきも一緒なのだからいいではないか。
両手が塞がっていなければ全力で香坂の服を引っ張っていただろうがトレイに阻止されてしまう。
大股で歩く香坂に追いつけるはずもなく、景吾を挟んで梶本先輩と水戸先輩、景吾の向いにゆうきが座るテーブルへ香坂がトレイを置いた。
ラーメンの汁を零さないように気を配りながら、ゆうきの隣の席にトレイを置けば、水戸先輩がぱっと顔を明るくした。

「楓君だ!今日はよく会うね。俺って幸せ者」

相変わらずふざけたことを言う。うんざりしながら水戸先輩には言葉も返さず箸を割った。
梶本先輩と向かい合う席、ゆうきの逆隣に座った香坂をゆうき越しにちらりと覗き見れば、鋭い瞳がさらに鋭く光っていた。
一触即発とはこういう場面で使用する言葉だったらしい。

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