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「……とにかく、付き合ってる奴もいるし、男なんて香坂以外興味ねえから」
もうこれ以上話にならないと理解し学食を出た。
もう金輪際関わり合いたくない。顔を見ただけで怒りが爆発しそうだ。
へらへらと緊張感のない笑顔も、何を考えているのかわからない口調も、何もかも癇に障る。
苛々をどうにか鎮めながら、自販で水を買い一気に胃に沈めた。
「おい」
ぽんと肩を叩かれ恐る恐る振り返れば木内先輩だった。
なんだよ脅かすなよ、なんて先輩本人には言えないが。
「なんすか?」
「変な奴に捕まったな、見てたぜ」
「…もしかして香坂も…?」
「勿論」
今日は必ず部屋に呼び出される。必ず。
そして二、三時間説教を喰らう羽目になる。自分の未来が鮮明に想像でき、肩を下ろした。
「涼にぐちぐち言われんのは覚悟しとけよ」
「…マジすか…」
「お前はどうでもいいけどよ、ゆうきは大丈夫だよな」
おかしいと思ったのだ。木内先輩が俺を追い駆けて来るなんて。
そんな優しさがこの人にあるわけがないとわかっていたが、あからさまに言われればこちらも傷つくではないか。
「…たぶん。今んとこ俺と景吾だけっす」
「そうか、ならいいわ」
自販で買った適当な飲み物を俺に握らせ、ぽんと肩を叩かれる。
「まあ、頑張れよ」
悪人面だと常々思っていたが、正真正銘の悪人だ。
もう少し後輩を可愛がっても罰は当たらないと心の中で悪態をつく。
木内先輩はつくづくゆうきが中心で、それ以外など興味も関心もない。
とぼとぼと教室へ戻り、木内先輩に貰ったミルクティーをちびちび飲んだ。
その内帰ってきたゆうき達によしよしと頭を撫でてもらうと、涙がじんわり滲んだ。
いつもいつも俺ばかり損な役回りだ。不幸体質を呪う。神様も呪う。すべての出来事には意味がある、と誰かが言っていたけれど、これに意味なんてない。
俺を怒らせてそんなに楽しいのか、神様というやつは。
五、六時間目は授業なんて一切聞いていなかった。
香坂に何を言われるのだろうという不安からそわそわしては先生に落ち着きがないと怒られる。
きっと香坂は説明すればわかってくれると思うが、その前に手が出そうだ。
一発、二発は頭をぽかすかと殴られる。
あの先輩は本当に鬱陶しいが、景吾に危害が加わるくらいならば俺が蹴散らす方が得策だと思う。
景吾は強く言えないと思うし、友達ならいいですよ、なんて純粋な心で言って相手を調子に乗らせて終了だ。
できる事なら六限が永遠に続いてくれればと願った。無理だとわかってはいても願わずにはいられない。
香坂が迎えに来た瞬間から戦いが始まる。
気合を今のうちに入れておかなければいけない。
頬を二度自分で叩いた途端、クラスメイトと先生の冷たい視線が一気に刺さったのは言うまでもない。
「…月島、お前本当に大丈夫か?保健室行くか?」
可哀想な子を見る目で俺を見るな、と思ったが自分も可哀想な子の部類に入ると気付く。
「……夏目、月島の事ちゃんと見てやってくれ」
「はい……楓、どうどう」
「…蓮、俺って運悪いですか…?」
「……うん、残念だけど…」
最後のオアシスである蓮にまでそんな風に言われ、俺のライフはゼロだ。
これから香坂との戦いがあるというのに、勝てる気がしない。
"授業終わったらすぐ俺の部屋に来い"
そんなメールを見たのは下校する直前だった。今日に限って補習もない。
帰るしかない事はわかっている。逃げても捕まるという事も。
それを見越して香坂もあえて迎えには来ず、自分で来いという事なのだろう。
逃げても無駄だ、そう言われているようで益々行きたくない。
「楓どうしたの?早く帰ろう」
「……帰りたくない…」
「なに言ってんの。我儘言わないで帰るよ!」
景吾に無理矢理腕を引かれ、はっと気付いたときには昇降口にいた。
「景吾、俺やだ…」
「何が嫌なのかは知らないけど、人生避けては通れない道もあるわけだよ」
景吾に諭されてしまった。アホの子景吾に。
「早く靴履き替えて」
今にも泣き出しそうだ。
あやされながら外履きに履き替え、手首を掴まれ強制的に寮へ帰った。
「部屋帰んの?それとも先輩のとこ?」
「……希望は自分の部屋で」
「先輩に呼び出されてんのか。頑張れ!」
思い切り背中を叩かれ、じゃあと爽やかに去って行く景吾。
ひりひりするのは背中だけじゃない。
ロビーに佇んでいたけれど、いつまでもここにはいられない。早く行かなければ益々香坂の機嫌は悪くなる一方だ。
重い足を引き摺り、部屋の扉をノックすればすぐさま開いた扉と不機嫌丸出しの香坂。
「よお、入れよ」
「…お、お邪魔します…」
「まあ座れや」
「…はい…」
ソファに腰を下ろし、何を言われるかとびくびくしながら目が泳ぐ。
「昼の、あれなんだ?説明しろ」
「……な、なにと言われましても…」
「あいつ誰だ?」
「水戸先輩…」
「名前聞いてんじゃねえんだよ」
怖い。美形が怒ると迫力が違う。
圧倒的な威圧感に気圧され、言えるものも言えなくなる。
「…な、なんか、俺と景吾の事気に入ったとか…」
「お前と景吾?なんだそれ?」
「…あの、文化祭で見て俺ら二人が気に入ったからどっちか付き合って…みたいな…?」
長い溜め息を零した香坂。俺だって溜め息を吐きたいくらいに困っている。
「本当にお前は変な奴ばっかりに目つけられやがって…」
それからは延々と香坂の説教が続いた。
お前がの意識が低いからだ、とか、隙を見せるからこういう事になる、など終わりが見えないくらいに。
終いには途中で居眠りしたくなるほどに長い。
俺には非はなく、責めるならば水戸先輩にしてくれ。とは言えるはずもなく、二時間以上に渡る説教を、はい、はい、と素直に聞くしかなかった。
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