Episode11:不条理



文化祭も終わり、振り替え休日もだらしなく香坂と過ごした。
今日から通常授業の再開だ。鬱々とする気持ちを抑え込みながら登校する。
いつもの日常に戻っただけなのに、地獄へ戻らされる気分だ。
力の入らない腕で鞄を握り締め、自席に腰を下ろした。

結局、文化祭の売り上げトップはうちのクラスだったらしく、今度の週末にクラス全員と浅倉で祝杯をあげるそうだ。
とは言っても勿論酒は飲めないため、ソフトドリンクで、という事になると思うが。
どうせ、ボーリングやカラオケなどの類だろう。
強制的に全員参加だという。
お祭り好きの俺や景吾は楽しみにしているが、週末が近付くにつれてゆうきの顔がげんなりと精気が失われていくのが明らかで、可哀想だと合掌をした。
冷たい机の上に顔を突っ伏し、現実という勉強と向き合わなければいけないことへの深い溜め息を吐いた。

「楓おはよ!」

「…はよ」

「元気ないね、どうしたの?」

朝飯を食べたばかりだというのに、既に菓子パンを頬張る景吾に呆れの視線を投げつける。

「別にー」

「ふーん、一限移動だよ。早めに行こうよ」

一限から移動とは、ますますついていない。
時間割も少しはこちらの気持ちを考慮してもらいたいものだと悪態をつく。
教科書と筆記用具を持ち、五人揃って別棟へ移動する事にした。
先頭には俺と景吾、少し後ろにゆうきと蓮、秀吉。
校舎は全て三階にある渡り廊下で繋がっているため、それほど苦ではないのだけれど、先輩の教室の前を通らなければいけないのが厄介だ。
二年ならまだしも、三年になると本当にうんざりする。
無駄に先輩面したがる奴が多くてとても鬱陶しい。
そんなときは足早に通り過ぎる。
今日も例外ではない。

景吾と適当に馬鹿話をしながら、三年の教室前の廊下を歩く。
廊下にたむろしている先輩達を挑発せず、注目も浴びないようにひっそりと。
後方をちらりと振り返れば知らぬ内にゆうき達と距離が離れていた。

「なんか三年の校舎ってやだよね」

「…だな」

「梶本先輩がいればいいのに」

「あの人、ちゃんと一限から授業とか出なさそうじゃん」

「だろうね。それだけを楽しみにしてたのに、今日も絶対まだ来てないもんな」

健気な景吾は梶本を一目見ただけでもその日一日幸せだという。
景吾を弄ばれるのは俺としては本望ではない。
気持ちに応えられずともそれなりに誠意を持って接して欲しい。
二人の関係に首を突っ込むつもりはないし、口を挟むつもりもない。
しかし、景吾が辛そうにしている姿など誰が見たいものか。

「楓ちゃーん!」

後方から自分の名前を呼ぶ声が響き、条件反射で振り返ってしまった。
楓という名前は他にもいるかもしれないのに、習慣というものは恐ろしい。

誰が呼んだのかわからず、視線を彷徨わせると、大きく手を振りながら笑みを浮かべて近付く一人の男と目があった。
背は秀吉と同じくらいで長身だ。人の好さそうな笑みも好感が持てる。
だが三年とは絡んだことがないので、身構えてしまう。
上下関係は絶対的なもので、けれども俺はそれがとても苦手だ。

「月島楓君?」

「…そう、ですけど…」

ネクタイの色からも間違いなく三年だ。

「文化祭での着物姿、楓君が一番可愛かったよ」

「…そりゃどうも…」

そんな事言われてもちっとも嬉しくないし、むしろ屈辱的だ。

「君は景吾君?」

「はい…」

「景吾君も可愛かったなあ…うーん、甲乙つけがたい…」

何に甲乙つけんだよ、と突っ込みたかったが、相手は一応先輩だ。

「…あの、何の用ですか?」

顎に手をあて、真剣に悩んでいる先輩に苛々がつのり、つい棘のある言い方になってしまった。

「あ、そうだよね。大事な事言うの忘れてた。俺ね、水戸龍之介です」

「…はあ…」

「でね、ここからが本題なんだけど、どっちか俺とつきあって!」

えへ、という効果音まで出そうな眩しい笑顔でさらりと大胆告白をする先輩に、開いた口が塞がらない。
梶本先輩はじめ、三年は不思議な奴が多いと思う。

「…は?」

「あ、びっくりした?」

「びっくりするっつーの!」

先輩だという事も忘れて、驚きのあまりいつもの口調に戻ってしまった。
景吾はまだ言葉が理解できないようで、唖然としている。

「文化祭で見て可愛いなぁーって思って。他の子も可愛かったけど、俺の好み的に可愛い系よりもちゃんと男の子の方がいいんだ。だから君達二人が特にいいなって思って!」

まるで異国の言葉を聞いているかのごとく、全く理解できない。
何を言っているのだろう。
目が点になり言葉が出てこない。

「だめ?どっちでもいいんだけど」

こういった遊び半分で男も試してみたいという輩がいないわけではないと思う。
好奇心が旺盛な年頃だし、お試し感覚で身体の関係を持って、やはり合わなければなかったことにと忘れるのだ。
本気で男と付き合うなど馬鹿げていると思うのだろうが、こちらは本気で香坂と付き合っている。理解してもらわなくても結構だが、軽く考えられると苛立つ。

「俺付き合ってる奴いるから」

「知ってる。香坂だろ?でもそんなの関係ないじゃん。景吾君は彼女とかいる?」

「…いえ…」

「じゃあ俺どうー?自分で言うのもなんだけど、優しくするし、我儘だって聞くよ!」

「いや、俺は…」

首を左右にゆるやかに振る景吾と水戸の前に身体を滑らせ、きつく睨め上げる。
自分が揶揄られるのは結構だが、友人に手を出してもらっては困る。
ましてや、景吾は男性同士の恋愛遊戯など未知の世界だ。

「…何やってんの?」

天の助けかゆうき達がやっと追いついてくれた。

「あ、ゆうき君だ!こんな近くで見るの初めてだな。本っ当に綺麗な顔してるね…」

「……誰?」

「俺、水戸龍之介」

「ってか早く行かねえと遅刻すんぞ」

まったくゆうきのおっしゃる通りで、これでは早く教室を出た意味がない。

「変な奴に関わってねえで行くぞ」

「ゆうき君ひどいなー…あ、さっきの話、考えといてねー!」

ゆうきに手を引かれるままに歩き出した俺と景吾に、先輩は大きな声で叫んだ。
考えるまでもない粗末な出来事ではあるが、朝から憂鬱だった心は益々沈んでいく。
面白半分、興味半分で近付いてきたのだろうが、二度と会わない。勿論景吾にも近付かせない。

「景吾と楓は変態にもてるんやな」

なんて言った秀吉には本気で右ストレートをかました。

「痛っ!楓ひどいわあ、本気やん」

「当たり前だっつーの。あの先輩が変態なら神谷先輩に付き纏ってるお前も変態だろうが」

「ひど…あれと一緒にされんのは不本意やわ」

「傍から見ればどっちも変わんねえよ」

苛々を秀吉で発散して少しは気持ちが晴れたが、秀吉が言うように碌な輩に好かれないと思った。香坂を含め。


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