5


窓の外に広がる賑やかな雰囲気とは一変、薄暗くなりしんと静まり返る教室。
光りも音も届かない海の底にいるようだ。

心が暴れて叫んでいる。
でも、どうしようもない。
自分の勝手な嫉妬心で自分を傷つけて、自虐的にもほどがあると思う。
わかっているのに、香坂と神谷先輩が頭から離れない。
いつもいつも俺ばかりが嫉妬して、その度に香坂にフォローしてもらって、あいつだっていい加減疲れていると思う。
その証拠に携帯も鳴らない。
またかと呆れているのかもしれない。
嫌われたくない。ずっと俺だけを見て欲しい。そう思うのに、肝心なときに限って裏腹な態度をとってしまう。
何でこんなにも素直になれないのだろうか。
そういう性格だから仕方がないと思えない。
香坂のためなら少しは素直になる努力をしようと決めたはずなのに。
きっと蓮ならばこんな問題すんなりと乗り越えられる。
持前の真っ直ぐで素直な性格のままに進んでいけば、恋人ならば可愛らしい嫉妬と笑ってくれるのだろう。
隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもので、須藤先輩が蓮に優しくすればする程に、俺もあれ位優しくされれば不安にならないのにと香坂を責めた。
香坂は少しも悪くないとわかっていても、誰かを責めないと気持ちが治まらなかった。

肌寒くなる室内に自分の身体をきゅっと抱きしめる。
誰にも会いたくないと意地を張っても、本当は香坂が見つけてくれれば、そんな風に思っていた。
追いかけて来てくれるのを待っている自分がいたが、そんな気配はない。
期待していた分の落胆が更に心を突き刺す。
女々しすぎる自分に嘲笑する。

いつも感情に任せて行動してしまう自分を悔やむ。
香坂にも直せと言われていた。
客観的にみて、自分のようなタイプはとても面倒だと思う。
女みたいな嫉妬をしては香坂の気持ちを試すような真似をする。
頭ではわかっているのに、どうして気持ちがついていかないのだろう。
香坂の事がこんなにも好きなのに、それが伝わらない。伝える術を知らない。

こんな所にいつまでもいてもしょうがない。寮に戻って早く眠りたい。
夢の中でまで強がる事はないと思うから。
伏せていた顔を起こし、重い身体と心を引きずりながら歩き出した。

校内から寮までは十五分程度だ。
香坂に会いませんように、でも顔が見たい。
水彩絵の具をぶちまけたように濁り、乱雑になる心に嫌気がさす。
自室の扉を開けたが蓮の姿はない。
須藤先輩と学園祭を楽しんでいるのだろう。
こんな顔を見せれば、また何かあったのかと詰問されてしまう。
一生懸命な蓮の顔を思い出し、ふっと笑みが零れる。

疲れた身体に鞭を打ってシャワーを浴び、ベッドへ潜り込む。
食欲もないし、今日はこのまま眠ってしまおう。
余計な事を考えたくないし、身体も頭も疲れている。
明日にはまた笑えるようにしなければ。
携帯を枕元に置いているあたり、まだ香坂への期待を拭いきれない。

「…ほんとに、俺って奴は…」

誰に言うでもなく、自分自身へ呟いた。



「楓、朝だよ。学校行くよ?」

重い瞼を開ければ、既に制服に身を包む蓮の姿が視界一杯に広がる。
たくさん寝たお陰で今日はすっきり起き上がる事ができた。

「…はよ、蓮。飯行くだろ?すぐに準備する」

「…うん……」

洗面台に行き、一通りの準備を済ませ、ゆうきと景吾と秀吉を誘い五人で朝食を摂る。
今日もクラスの出し物をきちんと熟さなければいけない。
体力も必要だし、朝飯はきちんと食べなければ。
登校し、昨日と同じ教室で着付けを終わらせる。慣れたもので、昨日よりは苦しいとは思わない。化粧をした自分にはまだ慣れないが。
他のみんなも幾分慣れた様子で、昨日よりも余裕の顔でセットされた畳の上へ腰を下ろす。
香坂のことは置いておかなければ。今は仕事をきちんとしなければいけない。
気持ちの切り替えをうまくできるほどできた人間ではないので、尚更きつく言い聞かせる。

噂は噂を呼び、今日も朝から教室の前に客が並んでいる。
冷やかしも交ざっているのだろうが、ゆうきの姿を見れば馬鹿にしたような笑みも一瞬で治まる。
埒が明かないので、整理券まで配る始末だ。
何がよくて繁盛しているのかはわからないが、売り上げは今のところ一位だと秀吉が嬉しそうに言っていた。
素直に喜べない自分がいるが、辛いと訴える心に蓋をするように無駄に笑った。

開店から一時間ほどすると、須藤先輩がやって来た。
香坂と木内先輩は一緒ではない。
もしかしたら香坂は神谷先輩と一緒にいるのかも、なんて、また心が渦を巻く。
くだらない意地で想いを口にしなかった自分がとても滑稽に思える。

二時間経過しても香坂は来ない。
ちらちらと入口を見るが、それらしき姿は見当たらない。
がっくりと肩を下ろしながらも、客に愛想を振りまいていたとき、香坂の声が耳に届いた。
跳ねるように顔を上げ、本当に香坂なのか確かめると、受付を担当する生徒と会話を交わす姿があった。
列も無視して教室内に入り、こちらに手を伸ばすと腕をきつく握られた。

「楓、来いよ」

「…は?」

どうしたらいいのか悩んでいると強引に腕をひかれ、階段を下りるのも面倒だと言わんばかりに抱きかかえられる。

「ちょ!なんだよ!」

わけがわからずに四肢をばたつかせると、きつく睨まれる。

「大人しくしとけアホが」

言い返したいところだったが、その瞳が怖かったので言葉を呑み込んだ。

「楓の残りの時間を買う。十万くらいでいいか?」

困惑する会計係を余所に、札を無理矢理受け取らせるとそのまま教室を出た。
着物姿の俺を抱きかかえながら歩く香坂はやたら目立っているが、視線などお構いなしに校舎を出て、香坂の部屋へ着くなり室内に放り投げられた。

「なにすんだよ!」

下から睨み上げるが、それ以上の力で睥睨され、唇を噛み締める。

まだ仕事の途中だった。このままではクラスメイトに迷惑がかかってしまうし、嫌々やっていた役割でも途中で放り投げるのは許せない。

「…戻る」

香坂の横を通り過ぎようとしたが、腕を掴まれ振りほどく事ができない。

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