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先輩達は適当なものを注文し、衣装や化粧した顔が珍しいのか、言葉を発する事なく揶揄うような視線を向けてくる。

「なに見てんだよ」

他にも客がいるのだから、淑やかにしていなければいけないとわかっているが、文句の一つくらい言いたくなる。

「いやいや、こんな遊女なら一晩百万出してもいいなと思って…」

「あ?」

怒気を含め睥睨した。
いつものように揶揄って遊びたいのだろうが、今は最高潮に機嫌が悪い。
言葉遊びを楽しみながら応酬する余裕などない。

「お前もちょっとはゆうき見習って遊女らしく振る舞えよ」

ちらりとゆうきを見れば、木内先輩にそっぽを向き、脇息に凭れ片方の手で扇子を扇いでいる。
高慢ちきとも言える態度だが、これが遊女らしいのだろうか。

「ゆうきはいつもあんな感じじゃん」

「あの余裕が太夫って感じでそそるだろ?」

「…ああ、なるほど…」

けれどもそれは、ゆうきだから許されるのだ。
美しいものは何を言っても、どんな態度でも許されるのが世の常だ。
どんな失礼な態度をとろうが、すべて品性を連想させる雰囲気が備わっているからこそ、なのだ。

「金遣ってやりてえけど、そんなに食えねえしな……そうだ景吾、お前腹減ってねえ?」

「え、うーん…お腹はいつも減ってますけど、苦しくて…」

「ああ、そうか、苦しそうだもんな。飲み物くらいなら大丈夫だろ。楓も喉渇くだろ?お前等に何か頼んでやるよ」

「キャバクラか!」

「同じようなものだろ」

「いや、俺達が飲み食いしてるとまずいだろ…」

「遊女なんだから客から物を与えられるのは当たり前だろ」

確かに貢がれてなんぼだとは思うが、ここは本格的な遊郭ではないのだし、やはりまずいと思う。
反論する前に香坂は秀吉を呼び、事情を説明している。
秀吉も大いに頷き、お茶を俺と景吾に差し出した。

「秀吉、いいのかよ」

耳元で囁く。

「ええやろ。売り上げアップや」

お前はそれしか考えていないのか。

「景吾、好きなもの、好きなだけ頼め」

「いいんすか!?」

「ああ」

景吾が大食いだと知っている香坂は、メニューを景吾に差し出した。
満面の笑みで選ぶ景吾。こんな風に喜んでもらえるのならば、貢ぐのも悪くないと思わせるかもしれない。
俺は帯が苦しくて物を食べられるような余裕はないが。

「じゃあ抹茶パフェと、きな粉アイスと、白玉あんみつとお団子!」

桜が咲くような笑みで秀吉に注文する景吾にあんぐりと口が開く。お前の胃袋は宇宙と同等くらいに謎だと言えば、普通だよと返された。
普通ではない。絶対に普通なんて認めない…。

「お前、そんなに食って大丈夫かよ?まだ何時間もこのままなんだぞ」

「これくらい平気平気!香坂先輩ありがとうございます。俺、まだまだいっぱい食べます!」

さらりと奢れと迫る景吾に溜息が出る。

しかし、これが功を奏した。
やり取りを見ていた人が、自分もと、気に入った子に何か頼めと言い寄っている。
男性客も多いが、意外と女装は女性うけするらしく、暫しにっこり微笑まれる。

「……まるでキャバクラだ……」

仕舞いには秀吉たちまで客に奢ってもらう始末だ。

「……こっちはホストクラブだ……」

カオスだ。
心の中で呆れたが、もう好きにすればいいと匙を投げた。

景吾は宣言通り次から次へと注文するものだから、香坂の伝票もすごい長さになっている。
けれども、景吾が頼むたびに香坂は酷く嬉しそうな顔をする。

「涼、そろそろ行かないと準備間に合わないよ」

そんなに時間が経過したかと思ったが、時計を見ればあと一時間で交代だ。

「もうそんな時間か…。じゃあまたな楓。そんな格好のまま外出て拉致られんなよ」

「アホか」

口を三日月にしたまま香坂たちは去って行った。
どっと疲労が押し寄せる。
まだあと一時間も耐えなければいけないのだが、もうこの場に伸びたいほど疲れた。
身体も苦しいし、精神的にも辛い。

その間にも、食いっぷりのいい景吾はやたら人気で、香坂以外にもご馳走してもらっている。
あれだけ文句を言っていた景吾だが、今は幸福で仕方がないことだろう。
景吾にとっては役得の多い仕事だったのかもしれない。

ゆうきといえば、その誘いをすべて断っている。
言葉は発さず、仕草でいらないと伝えるゆうきは本物の太夫のよう。
気品が漂い、これを高嶺の花というのかと感嘆した。

遂には客の多さに一組毎の時間制限まで用意され、客の回転率が上がるようにと秀吉が仕向けた。

「お疲れさん、交代の時間やで」

その一言に、俺達は長い安堵の溜め息を吐き出した。
景吾はまだ食べると渋っているが、明日もあるからと無理矢理引き摺り下ろす。
畳を降りるために作られた階段を、着物や袴を着た秀吉達に一人一人手をひかれ、着替えをした空き教室へ向かう。

「もう行っちゃうのー?」

数名の女子大生らしい女性に、名残惜しそうに着物を引かれた。

「最後のサービスや、笑え」

と耳元で囁く秀吉には敵わず、最後の仕事として流し目で薄っすらと笑ってやった。

俺達と入れ替わるように、豪奢に着飾られ、見事に化けたクラスメイトが壇上へ上がっている。
その姿を見て心の中で合掌をした。頑張れ、数時間の辛抱だ。

空き教室の前にやっと辿り着いたとき、秀吉が綺麗なお姉さんに声をかけられた。

「こんにちは」

「……ああ、あんたあの時の…」

綺麗な黒髪は腰まで伸び、細めの切れ長の瞳が印象的だ。

「ねえ、案内してもらえない?できればその格好のまま」

「えー、動きにくいし目立つよ?」

「いいじゃない、折角だし。よく似合ってるよ」

「…まあ、ええか……じゃあ楓達はここで着替えるんやで」

秀吉はそれだけ言うとお姉さんとどこかへ去ってしまった。
心の底から羨ましい。
その位置代われと言いたいが、こんな姿では女性を口説けるわけもない。

そして今は綺麗なお姉さんよりもこの衣装から脱する方が優先だ。

扉を開けると着付け師のおばちゃんがお疲れ様と労いの言葉をかけてくれた。

「誰から脱ぐ?とりあえず全員帯取りましょうか。苦しいでしょ?」

一同大いに頷いた。
本当に苦しい。酸素がうまく肺に入らない。浅くしか呼吸ができず、何度も深呼吸を試みたが、帯に阻止されてしまっていた。
腹部を締め付ける帯をとると、幾分か楽になった。
これが明日もあるのかと思うと酷く憂鬱になる。

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