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折角着飾り、化粧も綺麗に整えてもらっても、髪が短髪ではいまいち様にはならずにアンバランスすぎてとても気持ちが悪い。
まさかこのまま人前に出るのだろうかと危惧したが、ご丁寧にかつらまで用意されていた。
ある程度長さのあるゆうきは真っ白な椿を模った髪飾りをつけられている。
おばちゃんに手渡されたのは薄らと茶色く染めてあるロングヘアーのかつらだった。
景吾にいたっては日本人形のようなおかっぱのかつらを被せられている。
嫌だと叫ぶ声が教室中に響く。誰も助けてはくれないが。
蓮は緩くウェーブのかかったロングヘアーで、気恥ずかしそうに俯く仕草が可愛らしい。少女らしい清潔感とあどけなさを残しつつも着物のせいでどこか色気が漂う。
完全に色目で可愛いと思えるが、蓮も男性なのだし、似合っているとはいえ完全なる女性には及ばない。
どうせもう逃げ場などないのだ。
このまま人前に出るならば、女装を完璧に熟して出た方がましかもしれないと、鏡を見ながら被った。
予想以上に益々気持ちが悪いが、ここまでされたらもう煮るなり焼くなり好きにしてくれという自棄ばかりが心を占める。

一通り準備が終わり、下駄を履いて自分たちの教室へ向かう。
クラスメイトが歩きにくいだろうと肩を貸してくれた。

「これ苦しいよー。こんなんじゃ何も食べれないじゃん…」

早くも音を上げた景吾。

「しょうがねえだろ、頑張って耐えろ」

「何時間くらいこの格好なのかな…」

「三、四時間くらいじゃねえの?」

「マジかよ……あー、焼肉屋行ったら死ぬほど食ってやろ」

それぞれ愚痴が出るのは仕方のないことだが、言葉を発するのも億劫で既にげんなりしながら教室に入る。
目の前に映る光景に唖然としたのはその場にいた全員だ。
逆に、作業を続けているクラスメイトは俺達の姿に口をぽっかりと開けている。
赤を基調に照明もおとし、部分部分で行燈を灯している。
かなり本格的な内装によく頑張ったものだと感心する。
和と洋が織り交ざった、大正を彷彿とさせる作りだ。

「お前ら化けたなー!」

「真田さすが!これで売り上げゲット!」

「晃の母ちゃん万歳だな、こりゃ」

皆は俺達が今どれほどの苦痛に耐えているか知らないからそんな勝手なことを言えるのだ。
一度羽織ってみろと恨み言の一つでも言いたくなる。
手を引かれるままに、真ん中にぽっかりと畳が敷かれており、そこに誘導された。
畳の周りを黒墨色の木製カウンターがぐるりと取り囲んである。
カウンターでの飲み食いや談笑を楽しみながら俺たちを見れる、という仕組みらしいが、目の前にこんな女装した男がいたら折角の甘味もまずくなるであろう。
黙って澄まして座っていればいいと、難題は押し付けられなかったが、この恰好で黙っているのが一番苦しいのだ。
注文は割と容姿が整っている者が行い、そうでない者は裏方としてキッチンを担当するのだとか。
俺だって素敵な着物をさらりと着て給仕したかった。
今更文句を言ってもどうにもならないが、願わずにはいられない。

「おー、べっぴんになって帰ってきたやん」

「うっせえ秀吉!マジこれ苦しいんだからな!」

「そうだよ!秀吉も着てみたらいいんだよ!」

景吾と共に八つ当たりを開始したが、秀吉はにんまり笑ったまま動じない。

「ええやん。これでうちのクラスの売り上げ一位は決まったようなもんやでー」

「後で着せてやるかんな!お前ナンパ成功したら女の子紹介しろよ!」

「そうだそうだ!俺たちなんてこんな恰好なんだからそれくらいしてよ!」

「はは、そんな見た目で言われてもなあ」

値踏みするように見詰める秀吉の二の腕あたりを思い切り殴ってやった。
とは言っても、身体も自由がきかないため力は半分も出ていないだろうが。

下駄を脱ぎ、畳の上に正座をする。
厚みのある座布団と脇息があり、小道具として扇子を渡された。
本当は煙管を用意したらしいが、実際に吸わないとしてもだめだと、浅倉に没収されたらしい。

「そろそろ始まるってよー!」

クラスメイトの呼びかけに、それぞれが位置へ慌ただしくついた。

「あ、景吾と楓はこっちな」

「は?何で?ここに座るんじゃねえの?」

「いやいや、お前等は最初廊下に出て客呼んでくれなきゃ」

「は!?黙って座ってればいいって言っただろ!」

「宣伝だって、宣伝!いっちょ頑張りたまえ!」

「話が違う!」

「いけるいける、大丈夫!はい、どーんと!」

背中を押され、有無を言う間もなく廊下へぽと放り投げられた。
自由に動けないのをいいことに、卑劣な奴らだ。
景吾と俺ならば多少雑に扱っても問題なしと踏んだに違いない。
ついでに秀吉も共に投げ出され、三人ぴしゃりと跳ね除けられた。

「焼肉、死んでも食べ続けてやる…」

復讐の炎を瞳に揺らす景吾同様、俺も学園祭が終わったら思い切り殴ってやろうと思った。

「ええよ、俺が客引きするからお前らは両側におったらええわ」

「それが嫌なんだよ!ちょー悪目立ちだろうが!皆の視線が痛い!」

「心配せんと、ちゃんと綺麗やから安心し」

「うっせえ秀吉!一生恨む!」

「なんで!?俺どちらかと言うと庇っとるやん!?」

「お前が変な提案しなきゃこんなことには…」

「アホやな楓は。メイドよりはましやろ」

秀吉の言葉にぐっと喉を詰まらせる。
確かに、メイドに比べればだいぶましと言える。
あんな服を着て給仕をしろと言われた日には軽く死ねると思うのだ。

「ここまできたんやし、自分が世界で一番綺麗やと思って頑張りやー」

それでもへらりと笑うその顔に苛立ったので、今度は軽く蹴りを入れてやった。

学園祭開催のアナウンスが流れると共に、校舎が賑やかになる。
近くの高校なのであろう女の子や、保護者がどっと押し寄せる。
普段滅多にお目にかかることができない同年代の女の子がこんなにいるのに、俺はこんな恰好、居た堪れない。

「あっ、そこの綺麗なお姉ちゃん、うちの喫茶店来おへん?」

軽いノリで軽い誘い文句を言えば、秀吉の容姿に惹かれた女の子が笑みを浮かべている。
羨ましい。俺もこんな恰好でなければ。

「えー、君が接客してくれるの?」

ミニスカートを穿いた三人組の女の子を早速ナンパ…もとい接客。

「ええよ?じゃあ楓と景吾、頑張りや」

そして早速お持ち帰りだ。
去って行く背中に向かって盛大に舌打ちをしてやる。
秀吉がいなくてはどうしていいのかわからない。右往左往するしかない。

「景吾…どうするよこれ」

「えー…声かけるしかなくね」

「だよな……だりい…逃げたい。こんな姿親にでも見られた日には…」

「俺もだよ。姉ちゃんおもしろがって絶対来るって言ってたし…」

廊下の隅でこそこそと愚痴り合っているだけだが、この恰好のせいで立っているだけで充分に目立つ。
わざわざ声をかけずとも、プラカードでも持って歩くだけで充分に宣伝になるのではないかと思う。
今日何度目かの溜息を零したとき、聞き慣れた声が耳に届いた。

「楓…?」

その声にぎくりと肩を揺らし、ゆっくりとそちらを振り返れば、香坂御一行の姿があった。
絶対に来るであろうとは思っていたが、こんなに早く来るとは予想をしておらず、まだ心の準備もできていない。
どうせ腹を抱えて笑われるのだ。自分だってこの姿が痛いことくらいわかっている。

「随分美女になったな。いや、似合ってるよ、本当…」

と言いながらも香坂は顔を逸らし、掌を口に当てている。

「笑ってんじゃねえ!」

「違う、笑ったんじゃなくて感動して泣いてたんだよ」

「嘘つけ!まだ顔にやけてんぞ!」

好きなだけ笑うがいい。
引いた目で見られるよりかは笑ってくれた方がましだ。

「いやいや、長い髪も似合うじゃねえか」

「似合わないし似合いたくないし!」

「で、お前廊下で何やってんだ?」

「客呼べってさ」

「なるほど。でも、お前が店にいねえと金遣う意味ねえしなー…って事で戻ろうぜ」

「でも客引きだし…」

「その分遣ってやるから。ほら、遊女らしく腕組めよ。ちゃんと楽しませてくれよ?」

無理矢理腕を絡められ、抵抗するのも馬鹿馬鹿しくなり、なるがままになった。
もう片方の腕を景吾に差し出し同じようにしている。

「両手に華ってやつか。愉快愉快」

「うっせえ!後で覚えてろよお前!」

情けないやら悔しいやらで半分涙目になりながらも教室へ戻った。
既に半分ほど席が埋まっている。

「こいつがいねえとつまんねえから連れてきた。いいだろ?」

「全然いいです!」

お前さっきはあんなに客を呼んでこいと言っていたではないか。
詰りたくなるが香坂に言われれば逆らえるわけもない。

俺と景吾は大人しく畳の上へ座り、目の前には香坂達。
未だ俺を視界に映しては吹き出す香坂に青筋が立つ。
終わったら、すべて終わったら思い切り引っ叩いてやる。

苦しい腹をさするようにしながら脇息に凭れる。
正座ではとてもじゃないが持たないので、足を崩させてもらった。
ちらりと客たちを見れば、無表情で気怠そうに明後日の方向を見ているゆうきに視野狭窄に陥っている。

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