Episode10:仮面


変わらぬ顔ぶれで昼休みに下らない談笑をしていると、クラスメイトの一人が嬉々としてこちらに近付いてきた。今にも鼻歌でも歌いだしそうなほど、上機嫌の様子だ。

「お前ら、今日の放課後残ってろよ」

「…何で?」

放課後といえば、学園祭準備で部活動を行う生徒以外は下校時間間際まで働いている。
しかし自分は学園祭準備は手伝わないと決めた。そういう条件で俺は女装する事を了承したのだから。

「衣装合わせるから。色んなの持ってきたから、好きなの選べよ。真田とかもな」

ついにこの日がやってきたかと、全員の顔は一斉に曇った。
そんな中秀吉だけが興味津々といった様子で笑っている。
はっきり言えば着物など何でも良い。どんな柄だろうが、色だろうが変わらないからだ。男物のそれならば真剣に選ぶところだが、女装なのだからどんなに着飾ろうと無駄だ。
そもそも百七十以上身長のある俺や景吾が着られる着物はあるのだろうか。
どのような構造になっているかもわからないし、想像もできないが、体系や身長を補ってくれるほどに優れているものなのか。
逆になければその方が好都合ではあるが。

「…へいへい」

生返事をするが勿論気乗りしない。

そして放課後、空き教室に呼び出され、扉を開けると机を二列に並べた上に凄まじい数の着物が並べられていた。
どれも煌びやかで、これほどの数が並ぶと目に毒だと感じる。
正月にたまに見る振袖とは違い、どれも人目を惹くために作られたかのようで、まさに自分を商品として春を売る花魁が身に着ける衣装だ。
呆気にとられていると促すように背中をぽんと叩かれる。

「好きなの選べよ!」

そうは言われても着物など選んだことはないし、どのような物が良いのかわからない。
自分の感性で選んでしまって良いものか。
ただただ、戸惑うしかできない。

「すごく綺麗な着物だね……高そう…」

「どれでもいいの?うーん、こんなにあると俺迷っちゃうな…」

「面倒くせえから秀吉選べよ」

言いたい放題の友人たちに呆れつつ、ゆうきの提案には俺も賛成だ。
こういうものは第三者に選んでもらった方が確かだと思う。
秀吉は私服のセンスも良いし、関西出身なので舞妓や芸子も俺達よりは目にしているだろう。勝手な印象ではあるが、関西の人の方が古き良き日本の感性には優れていると思った。見立ててくれるならば匙を投げたい。

「俺が選んでええの?」

「ああ」

「ほな、頑張っちゃおうー」

秀吉は蓮を誘い一着一着を広げながら意見を交わしている。
景吾は衣料品と名のつくものならば、女性物だろうが着物だろうが、何でも興味があるらしく、玩具を前にした子供のように瞳を輝かせた。
俺とゆうきと言えば、傍にあった椅子に座り込み、興味なさ気に頬杖をついてそんな三人を眺めた。完全に蚊帳の外だ。
二十分ほどして秀吉はすべてを決めたらしく、二着の着物を床に擦らないように慎重に持ってきた。

「ゆうきはこれで、楓はこれが似合うんとちゃう?イメージにもぴったりや」

ゆうきに手渡した着物は、白に近い紫がかった下地に真紅の椿が描かれた着物だ。
肌が陶器のように白いゆうきには、確かによく似合っている。
そして俺に持ってきた着物は朱系の下地に白い糸で毘沙門亀甲の柄が施されていた。
何でも良かったし、文句を言わずにそれに決めた。秀吉を信頼してやる。
蓮に選んだのは薄紅色、景吾に選んだのは海のように深い蒼の着物だった。
どの着物も綺麗だと思う。素人だし、その価値はわからないが、単純に綺麗だと思った。
説明を聞けば、これは仕掛けと呼ばれるもので、この着物の下にも数枚着なければならないとか。
帯も後ろではなく前で結ぶし、全ての重量を聞いただけで溜息が零れた。
慣れない衣装に肩が凝るだろうし、とんでもない役を引き受けてしまったと後悔したが遅い。

「よし、じゃあ一通り決まったな。秀吉はどうする?」

「俺は何でもええよ」

「秀吉は袴よりも着流しの方が似合うんじゃね?」

お返しと言わんばかりに今度は景吾と共に秀吉の着物を選んだ。
男物の衣装を見れば、やはり自分もこちらが着たいと欲してしまう。
二人で選んだ藍色の着物に秀吉は頷いてくれた。
軽く制服の上から羽織ってもらったが、多少日本人離れした風貌にも関わらず、それはとても似合っている。
男前は何を着ても似合うのだと、景吾と共に嫌味ったらしく詰ってやった。



そしてついに学園祭当日がやってきた。
風邪をひくようにと頑張ったが、馬鹿は風邪をひかないという言葉を忘れていた。
多少具合が悪くなるかと期待したが、いつも通りに身体は調子が良い。
自分の丈夫さが自慢だったが、こんなときばかりは繊細な身体に生まれたかったと思った。

まだ内装がどのようなものか見てはいない。
皆夜遅くまで残り、一生懸命作業をしていたし、渾身の出来だと自慢気に胸を張った秀吉の言葉に期待で胸を膨らませた。
自分がどのように屈辱的な格好をすると言っても、やはり祭りは嬉しく、気持ちが高揚する。
皆で何か一つのことをやり遂げる達成感も味わえるし、数時間我慢すれば思い切り楽しめる。

真っ直ぐに指定された空き教室に向かった。
女装をしなければならない八人は皆より早く集合し、着付けをするのだとか。
昨夜は、朝が早いからと香坂の誘いを断って大人しくしていた。その選択は正解だった。
午前の部に出る四人が集まったところで着付けが開始された。
わざわざ着付け師さんを呼んだのだとか。
うちのクラスメイトの母親らしいが、保護者まで駆り出すとは、皆がどれほど真剣に優勝を狙っているのかわかる。金が欲しいだけなのだろうが。
着物を汚さないよう、ビニールシートの上で着付けをするらしい。
手渡された緋襦袢を素肌の上に羽織り、慣れない感覚に戸惑う。
緋襦袢の上に赤いけだし。襟を片方だけひっくり返すのが粋なのだとか。

「苦しかったら言ってね」

帯で腹をぎゅっと締め付けられ、行儀の悪い声が出る。

「おおおばちゃん!無理無理!内臓でる!」

「何言ってんの!これくらいまだまだ!」

更に容赦なく帯をぐいぐい締められ、本当に口から内臓が出そうになる。

「おばちゃーん!」

「我慢!今日一日は花魁さんでしょ!?皆耐えてたのよ!」

「つっても俺こんなの初めてで…優しくしてー!」

「そんなに甘くないのよこの道は!男なら弱音吐かない!ほら、仕掛け羽織ったら終わり!ほい!」

ぽんと背中を叩かれ、よろめいた。
想像以上にずっっしりとした重みに足を踏ん張らなければ立っていられない。
慣れるまで一歩も動けなかった。
そうしている間に全員の着付けを終わらせ、あばちゃんは額の汗を拭った。
着ている方は勿論大変だが、これを着付けるのも相当の力が必要だと思う。
ゆうきや蓮の顔も苦痛に歪み、皆身体の変化は同じのようで、微塵も動かない。落ち着きのない景吾ですら、だ。
数時間もこのままかと思うと今からうんざりする。

「段々帯が緩くなってきて、きつくなくなるから大丈夫よ」

一仕事やり終えたあばちゃんは満面の笑みだが、それに反応できる者は残っていない。
言葉を発するという単純な行為ですらできないのだ。

「次は化粧!移動して!」

よろよろと、生まれたての小鹿のように覚束無い足取りで引かれた椅子に座った。
もうどうにでもしてくれと、半ば自棄になる。
机の上には大きな鏡と、何に使うのか想像もできないような道具がずらりと並んでいる。
女性は化粧に何時間もかかると言うけど、この量の道具を見れば納得できる。
化粧と言うよりも塗り絵でも始めるかのようだ。
まずは端に座るゆうきから化粧を開始するようだ。

「べっぴんさんにしてあげるからね。化粧は現代風にしてあげるから。それでも濃くするけど。にしてもあなたすごく肌綺麗ねー。若いっていいわー」

うっとりと溜息を零しているが、化粧でもなんでも良いから早く終わらせて欲しい。そして俺をこの地獄から解放してくれ。

化粧の工程をこんな風にじっくりと眺めるのは初めての経験で、とても興味深かった。
普段女性はこうして化けていくのかと思うと。
まず肌が綺麗に見えるように下地を塗り、リキッドのファンデーションをのせ、その上から更に粉を薄らとのせる。
それぞれの顔の造りや瞳の大きさ、衣装の色に合わせてアイシャドウをのせるのだとか

その上から瞳に沿うようにアイラインをのせ、たっぷりと睫にマスカラを塗る。
目尻には真紅のラインをひかれ、眉毛を整え、真っ赤な口紅を塗って終了だ。

「よし!目、開けてみて?」

ゆっくりとゆうきが瞳を開けると、感嘆の溜息が零れる。
とても綺麗だ。普段から美しく人間離れしている容姿ではあるが、傾城の名にふさわしく品がありながらも妖艶で婀娜っぽい。
こんな風貌で誘惑をされたなら、理性を保つのがとても難しい。
ゆうきなのだと頭ではわかっていても、身体が止まらなくなるかもしれない。
それ程に俺の知っているゆうきはそこにはいなかった。

ゆうきは鏡で自分の顔を確認すると唖然と口を開き、次の瞬間には眉間の皺を深くした。
そんな表情でさえ、美しいのだ。

「……早くとりてえ…きもいわ…」

ぽつりと駄々を捏ねるが、自分ではわからずともその美貌で客は充分に呼べる。
ゆうきに女装をさせたがっていたクラスメイトも、これほどまでとは想像していないだろう。
皆の驚愕する顔が目に浮かぶ。

ゆうきに見惚れている暇などなく、自分も同じように化粧を施され、鏡で確認すると軽く虫酸が走る。

「……想像以上にきもい…!」

各々同様の感想であることはその表情を見れば理解できた。
その煌びやかな衣装とは反して空気がどんどん湿ったものに変わっている。
逃げたい。とても逃げ出したい。
着物までは我慢できたが、これはさすがに人様の目に晒して良いものではない。
この衣装では全速力で走ることはできない。ならば思い切り壁に頭でも打ちつけて気絶を試みたい。
それほどに気持ちが悪い。



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