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翌日、教室の扉を開けた瞬間にゆうきの姿を見つけ、挨拶もそこそこ教室の隅に拉致した。

「ゆうき!」

「何だよ朝から…」

「お前、文化祭の話し何でOKしたんだよ!」

襟首を掴み詰ればゆうきは真っ直ぐにこちらを見ていた瞳をすっと逸らした。

「…景吾にはめられた」

やはりかと思うといつも太陽のように笑う景吾を初めて殴りたいと思った。
可哀想に、無表情のゆうきには珍しく渋面だ。

「お前が嫌って言わねえと俺も嫌って言えねえんだよ…」

頼むよ、とゆうきの襟を組んだまま懇願してみたが、ゆうきの顔は一向に晴れない。

「無理……景吾には逆らえねえし」

何と脅されたのか聞きたいところだったが後悔することになりそうなのでやめておいた。

「…じゃあ俺達女装決定すか…?」

「楓、男らしく諦めろ」

ゆうきがこんなにも素直に了承するなんて、俺の計算外だった。

「なになに?何の作戦会議?」

ひっそりと話していた俺達に景吾が飛びつきながら聞いてきた。

「…女装の話。ゆうきがあっさりとOK出すと思わなかったから」

「ああ、それね。ゆうきは優しいから頼んだらすぐOK出してくれたよ。ね、ゆうき」

「あ、ああ…」

言葉ではそう言うが絶対にやりたくないと全身に書いてある。
誰しもが進んでやりたがらないことではあるが、自分の風貌を誰よりも嫌うゆうきにとって、客寄せパンダなど反吐が出るほど嫌に違いない。それなのに。

「あ、それはともかく、ゆうきから嬉しい知らせがあります」

ぽんとゆうきの背中を叩いた景吾は満面の笑みだ。
対照的に、ゆうきは景吾の言葉に眉間に皺を寄せながら何でもないと首を振る。

「面倒だからこういう事は先に話しておいた方がいいんだよ。隠す事でもないしさ。ほら、ゆうき」

景吾に促され、渋々といった様子でゆうきが口を開く。

「……木内先輩と……付き合う事になった…」

ゆうきの言葉が理解できない。
突拍子すぎてわけがわからずに頭が混乱する。

「あれ?楓止まっちゃった…」

木内ってあの木内先輩?木内仁?

「……何かの間違いでは…?」

「残念ながら、間違いじゃないよ」

「はぁ!?マジで!?それマジで言ってんの?何で?だってお前、どこで先輩と接点があってそんなこんなになってんの!?俺全然知らなかったんですけど!ってか、なに、どうすればいいの俺!」

「……まあ、そぅいう事だ」

「全然説明になってねえよ!今世紀最大の突然変異だよソレ!」

「ゆうき、楓が可哀想なほどに壊れてきたからちゃんと説明してあげてね?」

無責任にも景吾は他のクラスの奴の元に行ってしまった。
できれば事細かく説明してもらいたい。
景吾が男である梶本先輩を好きだと言い出したときよりもビックリだ。
だってあのゆうきが。
ゆうきの場合、性別というよりも誰かを好きになるなんて想像できない。
人間なのだから心があるし、心があれば誰かを愛するものなのかもしれないが、ゆうきは自ら恋愛など興味がないと言っていた。
その言葉通り、どんな綺麗な子も可愛らしい子もどうでもいいと少しも興味を持たなかった。
そんなゆうきが何故よりにもよって木内先輩なのだろうか。
他人のことをとやかく言う権利はないが、とてつもない苦労をしなければあの人と交際などできないと勝手に思う。
弱味でも握られているのだろうか。それとも…。
あらゆる最悪を想像したが、意外にもゆうきは面映ゆそうに俯いた。

「木内先輩には色々助けてもらったりしてて…そんで夏休みとか先輩の家行ったりして…昨日そういう事になった」

あまりにもゆうきが可愛らしい仕草を見せるものだから、本気なのかと認めざるを得ない。
人になど興味を示さなかった。心など欲しいと言わなかった。そんなゆうきがこんなにも幸せそうに、表情を和らげるのだ。
まるで人形のように表情をなくしていた。些細な変化はあれど、こんな風に人間くさい顔など見たことがなかった。
木内仁がどのような人間かはわからない。ただ、香坂と一緒にいるし、その風貌からも癖がありそうで、誠実な好青年には見えない。
弄ばれているのではないかと邪推したが、こんなにも幸福そうなゆうきに投げる言葉ではない。

「何も言わなくて悪かったよ」

大事な友達なのだから、幸せを願わない日はない。
全員が幸せなどありえないとわかっていても、自分よりも友達の幸せを願う。
勿論ゆうきにも笑ってほしかった。ゆうきにとっての幸福がなにかはわからないが、愛する人がいて、平穏に暮らしてくれればと思っていた。
それを与えたのが木内仁だというのだろうか。
聞きたいことは山ほどあった。けど、ゆうきに掛ける言葉は一つしかない。

「いや…驚いたけど、よかったな。お前が幸せなら俺も嬉しいし……まさか木内先輩がくるとは思わなかったけど…」

木内先輩を尊敬する。頑ななゆうきの心を解きほぐしたのだから。
木内仁と真田ゆうきが付き合っている、なんて噂が広まったらちょっとしたニュースになるだろう。

「何か困った事とか悩んだりしたら言えよ。恋愛の悩みは一人じゃどうにもならねえときもあるし…」

「ああ、サンキュ」

その後、同様に蓮と秀吉にも話させ、皆驚愕していたが、ゆうきの幸せを願い、力になる事を再確認した。

その日の昼食は香坂が中庭で食べると言い、太陽の下で共に昼食を摂った。

「香坂、ゆうきと木内先輩の話、聞いた?」

「ああ、仁がやたら機嫌よかったから聞いたらゆうきを手に入れたって言ってた」

「マジかよ…木内先輩本気なのか?」

「どうだろな。仁の考えてることは仁しかわかんねえけど、男と付き合うってことは本気なんだろ。いくらゆうきが綺麗でも男だしな」

性別を忘れるほどにゆうきの美貌は日々進化を遂げているし、男だとわかった上でもゆうきならばという輩もいるかもしれない。
それほど、ゆうきの類稀なる美貌は人を狂わせる。
ゆうきを眺めていると神が人を狂わせるために作り出したのではないかと思う。
友達である俺ですら、そのふとした仕草に芸術を見ているような気持ちになる。

「…まあ、そうかもしれねえけど……なんで木内先輩なんだ…どこに接点が…」

「あれ?お前何も知らなかったのか?」

「は?香坂知ってたの?」

「……まあ、仁に言われたわけじゃねえけど、見てればなんとなくわかんだろ」

全くこれっぽっちもわからなかった。
洞察力もなければ鈍感だし、人の機微には疎い方だ。
こんなにも近くにいる友人の心情の変化にも気付けないなんて、俺はとんだマヌケだ。

「仁はあんな見た目だけど、いいとこもあんだよ。多少だけどな。ゆうきの事もたぶん心配しなくて大丈夫だと思うぜ」

木内先輩と長く共にいる香坂が言うのであれば多少安心もできるが、それでも心の底から信用はできない。
見てくれではなく、ゆうきの扱い難い性格もすべて包み込んで好きだと言っているのだろうか。
ゆうきが幸せならばそれでいい。余計な口出しはしないつもりだ。
けれど、傷つく姿は見たくない。
恋愛に興味がないと突っ撥ねてきたゆうきが、経験豊富であろう木内先輩に迫られれば嘘も見破れないのではないだろうか。
人を全力で拒否するくせに、一度壁が崩れればその忠義心は人一倍だ。
そんな部分につけ込んでゆうきの心を操っているのではないだろうか。
そんな風に心配すればきりがない。
一度木内先輩と話してみようと思った。人は平気で嘘をつくし、それを見破れるほど大人ではない。
けど、嘘でもいいから木内先輩の口から本気を聞きたかった。

「香坂、今度木内先輩と話させろ」

「いいけど、お前なんて仁に手駒にされて終わりだぞ?」

「わかってるけど!でも…」

「…まあ、思ってること全部聞けばいい。仁もちゃんと答えてくれる……かはわかんねえな…」

「そこは嘘でも答えるって言えよ!」

「…いや、だって仁だし……お前のことからかって終わりそうだし…」

「お前の周りは性格悪い奴ばっかりか!」

「お前の周りだってバカばっかりだろ。あれだ、類は友を呼ぶ…」

「誰がバカだ!」

「お前。お前が一番で二番は蓮だな。三番はゆうきで四番は秀吉か景吾、かな」

「なんで俺が景吾よりバカなんだよ!」

「バカって言われてむきになるあたりがバカ」

「むーかーつーくー!減らず口!」

「だって俺口から生まれてきたんだもん」

口では一生かかっても香坂には勝てない。だからと言って力でも勝てない。
なにか香坂より秀でている部分はないかと自分に問うたが、何一つ思い浮かばないあたりが痛い。
だからと言って、言われっぱなしというのも腑に落ちない。
気持ちが良さそうに寝そべる香坂に手を伸ばし、両頬を抓った。

「っ、てめえ…」

思い切り腕を振りほどかれ、逆に限界まで頬を引っ張られる。

「いでででで!」

「ごめんなさいは」

「ごめんなひゃい…」

「お前もしかしてドM…?俺にやり返されるってわかっててちょっかい出すのな」

「俺だって一回くらいお前に勝ちたいの!」

「あ、そ……精々頑張りなさいよ」

余裕綽々な態度に更に苛立つ。いつか一矢報いてやるのだ。

「あ、そう言えばさ、香坂のクラス学園祭何やるか聞いた?」

面白そうなことをするのならば、こちらも笑いに行ってやろうと思った。
思い切り馬鹿にしてやる。

「ああ、何か演劇やるみたいだぜ?」

「演劇……何の?」

「ロミジュリ…のリメイク版」

「これはまたベタな…誰がジュリエットやんの?」

「俺のクラスじゃ翔しかいねえだろ」

「ですよね……じゃあロミオは?」

「……俺…」

「ぷぷ…」

これは思い切り笑えそうだ。そのときこそ、一矢報いることができるのではないだろうかと想像すると、溜飲が下がる思いだ。

「笑うな」

「何で香坂になったんだよ?嫌がりそうじゃん」

「クジ引いたら負けた」

香坂も運には逆らえないというわけだ。
まさか神や超能力があるわけでもないが、香坂ならばそれすらも思い通りにしてしまいそうだと思っていたから、なんだか安堵する。

「俺午後だから、お前午前に出ろよ。じゃねえとお前の女装見に行けねえし」

是非午後に出よう。

「午前に出ねえと後で酷いぞ」

そんなところが嫌だ。こうやって言葉で脅してくるから。
しかも有言実行で本当に酷いことをされるであろうと思うと背筋が粟立つ。

今年の学園祭はなんだか波乱の予感がする。
面倒な事がおきませんように。
いつも願うのに、その願いを神様が聞いてくれた事は今まで一度もない。

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