3

香坂の誕生日から数週間が経った。
香坂は最近いつにも増して鬱陶しい。余程誕生日の夜が愉快だったのか、身体を求められるのも日常茶飯事であの夜のようにいい声で鳴けと命じる。
毎度付き合いきれないので、適当にあしらいたいのだが、まだ自分はそのような手管を心得てはいない。
一枚も二枚も上手の香坂に踊らされてばかりいる。
それでも許してしまうのは、香坂が左足首の装飾品をたまに嬉しそうに撫でるからだろうか。
そんなときばかりは可愛らしいと温かい気持ちになれるのに、次の瞬間には瞳を男のそれに変える。
どこでスイッチが入るのか掴めないので、逃げるタイミングをいつも逃してしまう。
体力が有り余る歳だからいいものの、これがこの先も続くのかと想像するとげんなりする。

机上に身体を懐かせながら長い溜息を零した。

「楓、ちゃんと考えてる?」

「んーあんまり」

「ちゃんと考えてよー。決まらないで終わっちゃうじゃん」

秋は深まり学園祭シーズンがやってきた。
今日は一時間のHRを利用してクラスの出し物を協議している最中だ。
東城学園は閉鎖的な学園であり、学校行事は他校や外の世界と触れ合える貴重なものだ。他校からの生徒もかなり訪れるし、保護者や近所の方も挙って見学に来る。
学園祭と侮るなかれ、派手な演出もあるし、金を惜しみなく遣う。
行事に力を入れるのは理事長の意向という噂があるが、真相は知らない。
たまには刺激がなければ退屈を持て余す高校生男子は枯れてしまう。
勿論女性とも接することができるし、そうなれば皆のテンションが上がるのも納得だ。
しかしながら自分は身体の倦怠感でそれどころではない。
お祭り好きではあるし、積極的に参加したいのは山々なのだが。
そんな中ゆうきの姿が見えない。

「なあ、ゆうきは?」

「さあ。どっかで寝てんじゃね?」

景吾に聞けばそんな返事で俺も一緒に行けばよかったと後悔した。
何故誘ってくれないのだ。
お祭り男が特に多いこのクラスはHR中だというのに動物園と錯覚する程に騒がしい。
秀吉と景吾もその中の一人であり、二人も騒ぎに参加している。

「はいはい、お前らうるさいよ。案があるなら一人ずつ聞くから挙手ね」

教壇横に椅子を移動させて浅倉が踏ん反り返りながらチョークを手の中で遊ばせた。

「やっぱ女うけいいやつ!」

「女ナンパできる隙があるやつー!」

基準が邪すぎる。どんな出し物をしようともどんな風に着飾ろうとも元々の容姿が良くなければ女性は釣れないと何故気付かない。
いや、気付いているのだろうが、ただ一言話せるだけでも天にも昇るほど幸福なのかもしれない。
他人を嘲笑などできない。俺だって可愛らしい女の子と話せるのならば道化にでもなってやる。

「はいはい!メイドカフェ!」

「ベタすぎるだろ!メイドは飽きたからツンデレカフェ!」

怖ろしい発言が飛び交い、辛うじて上げていた顔も机に伏せた。
こんなむさ苦しい男がメイドの格好をして何が楽しい。確かに笑いはとれるかもしれないが非常に気持ちが悪い。お金を出すから目の前から去ってくれと言いたいくらいに。

「女装なんかしても女喜ばねえだろ、却下!」

「やっぱコスプレじゃね!?色んな制服着たり!んで、女うけするやつね!」

女うけはもういいと言いたくなるほどしつこい。
脳内を円グラフで表すと、こいつらは八割女のことを考えているだろう。
その気持ちは痛いほどわかってしまうが。

「コスプレするなら凝った方が絶対客来る!」

出し物の売り上げはそのままクラスの物となる。
理事長が頑張ったクラスにはそのままあげればいいじゃない、と言ったらしく、それが東城の伝統となった。
だから尚更みんな頑張るのだ。
中等部のとき高等部の学園祭に行ったが、どのクラスもどの出し物にも感動した記憶がある。
やはり高校生ともなれば数段格が違うのだと、早く自分も大人になりたいと羨望した。
が、実際は考えていることは中学生以下かもしれないと、その歳になって気付く。

「コスプレするなら、着物とかの方がええんとちゃう?」

鶴の一声とでもいうのだろうか。
秀吉の発言に感嘆の声があちらこちらから沸き起こる。

「それいいかも。着物の方がなんかカッコイーじゃん!」

「じゃあいっそのこと遊郭的なセット作っちゃう!?逆遊郭みたいな?」

「賛成!男の遊郭面白いじゃん!女の子に触れるし!」

「アホな子供たちよ、遊郭なんて作ったらさすがの理事長もNG出すぞー」

欠伸を交えながら浅倉が言えば秀吉はにんまりと笑みを作った。

「せやから、遊女って茶屋に客と行った後に自分の店行くやん?そんなんならええんとちゃう?遊郭カフェや。新しいやろ?」

知識量も半端ではないであろう秀吉が言えば妙な説得力がある。
そんなしきたりがあったとは知らなかったが、確かにそれならば普通の喫茶店と大差ない。

「俺賛成ー!人寄ってきそうだし、何か品がある感じだし、メイドよりよくね?」

「確かに…着物ってなんかやらしいよな」

「うん、いいかも…」

うっとりと思いを馳せる皆の妄想をぶち破って申し訳ないが、和服を着ただけで女性が釣れるならばそんな手段もっと早く使っている。
なにをしようとも勝手だが、動き難そうで面倒だと思った。

「でもさ、やっぱ遊郭といえば女の着物来た奴がちょっとはいた方がよくね?」

「あー、飾りとしてな」

「確かに!そしたら男も来てくれるかもしれないし、売上アップ―!」

「賛成ー!」

雲行きが怪しくなってきて、伏せていた身体を起こした。

「俺反対ー。そんな着物なんて男が着てもきもち悪いよ。男の格好だけでいいだろ。誰が着んだよ」

ここで黙っていたらとんとん拍子で誰かが女装をしなければいけない羽目になる。
そしてその餌食となるのは蓮とゆうきが濃厚だと思い、一応気を遣った。

「それは…お前とか?」

「は!?ふざけんな!俺は絶対嫌だからな!」

「馬鹿!楓の馬鹿!売り上げは俺達のものになんだぞ!死ぬ気でやれ!」

「そうだ!お前がやんねえと真田が嫌って言うじゃねえかよ!」

なるほどと納得した。
用はゆうきに着せられればそれだけで満足なのだ。そしてそのために俺に犠牲になれと、そういうことらしい。
それはそうだ。こんな俺が女装をしても気持ちが悪いだけだが、ゆうきが着れば確かにそんじょそこらの女性には負けないくらいの色気と妖艶な雰囲気が出せるであろう。
ゆうき一人を教室に置いているだけで売り上げが格段に上がる。
しかし願ったところでゆうきは首肯しない。誰か仲間がいるならばまだしも、一人では絶対にYESとは言わない。
そのための俺だ。

「ほな、俺がやってやろかー」

「秀吉かー…ちょっとでかいけど化粧すればそれなりに綺麗になるかもな…」

「駄目だろ!秀吉は男のままでいてくれないと女呼べないって!」

「確かにー!」

話し合いの内容は低レベルにも関わらず、皆真剣そのもので逆に引く。

「あー、面倒くさいからこの案で決まりでいいのな?」

「はーい!決まり!」

クラスの中でも一番のお祭り男で仕切り役の晃と豊が机上に上り両手を叩いた。
それに便乗するように盛り上がりは最高潮になる。
もうどうにでもなれ。しかし、女装など絶対、絶対にやらない。いくら金を積まれてもやらない。そんなものゆうきと蓮二人がやれば良いのだ。
俺も、景吾も秀吉も女装には不向きだ。
いかに化粧の技術が凄まじいといえども、柔和な顔つきではないしどちらかと言えば男らしい顔つきだ。
秀吉と景吾に至っては身長も高い。想像しただけでも吐き気がする。

「はい、じゃあこれで理事長に提出するから。役割とかはお前ら残りの時間で考えろよ。
先生職員室で仕事してくるからね」

そう言いながら浅倉がサボることは容易く想像できる。
適当ぶりもここまでくると逆に清々しいとさえ感じる。

「楓、わかってるよな?」

浅倉が去って行った扉の方へ力なく手を伸ばしたがその後ろ姿を掴めずに手は空を舞う。
クラスメイトがじりじりとにじり寄り、迫力に気圧される。
どんなに脅迫されたとしても絶対に是とは言わない。
何故俺がそんな格好をしなくてはならないのだ。俺だって男物の衣装を着て女性にちやほやされてみたい。

「で、でも、着物着てカフェなんて無理じゃん。裾とかずるずるしながらだと動けないし、さ…」

「いいんだよ、お前らは客引きなんだから動かなくて。黙って座ってればそれでいいから!な?」

「でも、ほら、衣装とか高そうだし、俺なんかがそんな事しても可愛くねえし!」

必死に打開策を練りながら言葉を探すが口が達者ではない分有り体の言い訳しかできない。
ゆうきを神輿に乗せたいのならば説得してあげるから、だから俺は解放してくれと懇願するしかないのか。
どんなに突っ撥ねてもクラスメイト全員から期待を孕んだ目で見られると何となく良心が痛んでしまうではないか。

「楓、蓮はやるって言ってるけど、どうすんだ?」

投げかけられた言葉に隣を見れば、俺同様に大勢に囲まれ困惑している蓮の姿があった。
俺に首肯させるのは難しいと踏んだのか、強く断れない蓮を誘惑したに違いない。
やり口が汚いと言ってやりたかったが、それよりも先にクラスメイトが口を開いた。

「夏目だけにやらせるのは…なあ楓?」

「夏目の事守ってやらなきゃ…なあ楓?」

「……楓…」

不安気に瞳を揺らせる蓮に庇護欲が掻き立てられる。
蓮を守れるのは自分しかいないのだと、間違った概念が埋め込まされている。
それは反射的なもので、今まで数年間そうしてきたためなかなか直らない癖だ。

「っ、わかったよ!」

俺の弱味を充分理解されているからこそ、こんな目に遭うのだ。
クラス仲が良いのはとてもいいことだと思うが、こんなときばかりは恨む。

「よし!じゃあ真田もちゃんと説得しろよ。景吾、お前も女装組だから」

「俺も!?俺は裏方でいいよ!俺なんかが女装したら普通にきもいから!ギリ楓でしょ!」

「いや、絶対お前も。だってお前がやらないなら真田もやらないって言うじゃん」

「えー…ゆうきはどうにか説得してあげるから、マジで勘弁」

「あの真田がそれでうんって言ってくれるわけねえだろ!景吾、俺達を助けると思って頼む!」

「無理無理。断固拒否だよそんなの。自分の姿見て吐きたくないもん俺」

「一週間分の食券!」

「のった!」

景吾は食べ物が絡めば罪さえ犯してしまうようなアホの子なのか…?
今回は別に罪ではないが、男としてのプライドも食糧の前には脆く崩れていくものなのか。
プライドと食糧どちらが大切なのだと問い質したいところだが、景吾は胸を張って言うだろう。プライドなんて食べられないものはいらない、と。
その気になれば話しも早い景吾は皆と早速協議を始めている。
頭痛が響き、深く長い吐息をついた。

「…楓、ごめん、僕断れなくて…」

「…いや、お前の性格じゃしょうがねえけど…まあいいよ。蓮とゆうきはどうにかなると思うし。問題は俺と景吾なんだよ。引き立て役ならそれでいいけど、完全に黒歴史だわ…」

言ってる間にも餌食は増え、結局八人が選抜された。
誰一人として素直に首肯した者はおらず、あの手この手で丸め込まれた可哀想な生贄だ。
折角女性と触れ合えるまたとないチャンスだと思っていたのに、こんな仕打ち酷過ぎる。
そんな格好では笑い者にされてナンパどころのはなしではない。
とりあえず見返りを求めることにする。
それ相応の対価がなければやっていられないほどに苦痛だ。

店の内装、メニューや衣装、俺達を置いて話しはどんどん進んでいき、皆の瞳は爛々と輝いている。
もういい。こうなったら自棄だ。
黙って座ってればいいわけだし、損な役のおかげで裏方や準備はしなくともいいと言われたし、前向きに考えれば楽かもしれない。
何時間かその衣装でいればいいだけで、難しい要求もされていない。
後で誰かに女の子を紹介してもらおう。それくらいの褒美はあって当然だと思う。
たった数時間我慢すれば可愛らしい女の子と触れ合えるかもしれないのだし。

――なんて言えるわけがない。

「景吾、お前本当にゆうきの事説得できんのかよ?」

「うーん…ま、大丈夫でしょ!頑張ってお願いすればゆうきもいいよって言ってくれるよ。ゆうき俺に弱いから」

薄く笑った景吾は今まで見た事がない程に悪人面だった。
お前はそんなキャラではない、こちらに戻って来いと両肩をぎゅっと握り揺さ振ったがへらへらとするだけで言うことは聞いてくれない。

「ゆうきが可哀想だと思わないのか景吾!」

「そんなこと言ったら俺だって可哀想だよ!」

「お前食券に釣られただけだろーが!」

「違うよ!俺そんな安い男じゃない!一週間の食券プラス焼肉だよ!」

「変わんねーだろ!」

「こらこら、喧嘩せんと、仲良くなー」

俺達の気持ちなど数ミリも理解していない秀吉が憎い。
事の重大さをわかっておらず、いつものようにへらりとだらしなく笑っている。

「秀吉!お前のせいだぞコラ」

「なんでやねん!おもしろそうやし、金も入るんやろ?ええやん、たかが何時間やし」

「じゃあお前代わりにやれよ!」

「俺はええけど、皆にきもい言われたしなー」

「俺と景吾だってきもいんだよ!」

「楓きもいって酷いー!俺はきもくない!気持ち悪いんだよ!」

「何が違うんだよ!」

「違うよ!なんか気持ち的に違うもん!」

「せやから喧嘩は――」

「秀吉お前後でぶん殴るからな…」

「だから何で俺やねん!」

一ヶ月後に控えた学園祭、風邪をひくようにうまく調整する事決定。



「お前のクラス何やんだ?」

夕飯を食べながら、香坂に痛いところをつかれた。
蓮をちらりと見ればさっと視線を床へ逸らしている。
蓮も俺も香坂や須藤先輩に本当のことを言いたくない。絶対に知られたくない。
女装など恥以外のなにものでもないし、絶対にその目に触れられたくはない。
見られた瞬間に腹を抱えて笑われるのは明らかだし、俺だって自分の女装などギャグにしかならないとわかっている。

「別に。つまんないものだから」

「楓君たちは喫茶店やるんだよね?楓君と蓮は女装するって聞いたけど」

「拓海!誰に聞いたの!?」

「え、秀吉君…あれ、まずかった…?」

秀吉は何度俺を怒らせれば気が済むのだ。後で殴ると言ったが一発では済ますまい。
その綺麗な顔を見る影ないほどに変えてやろう。

「へえ、それはおもしろそうだな」

「遊郭のセット作って、女性の着物着るんでしょ?」

柔和に笑う須藤先輩の顔も一緒に殴ろうかと思った。
そんなこと、怖ろしくて絶対に実行できないが、頭の中だけでやる分には許されるだろう。

「イエ、チガイマスカラ…」

「それは絶対行かねえと。お前のために金遣ってやるよ。当日楽しみだな」

「来なくていいっつーの!つーか絶対来んなよ!」

無理なのはわかってる。
こいつの事だからおもしろがって来るだろう。
そんなに人を笑い者にしたいのか。

「……香坂のクラスは何やんの?」

こちらも香坂のクラスがおもしろいことをするならば笑いに行ってやろうと思ったが、香坂がまともに参加するとは考えられない。

「さあ、話し合いに参加してねえから知らねえけど、普通に出店とか出すんじゃねえの?」

やる気など皆無なのはわかっていたが、ここまで行事に参加しないというのも損をしている気がする。
今回は不本意な役割ではあるが、それ以外は思い切り学園祭を楽しもうと思っていたのに。
祭りなのに気持ちが高揚しないとは、考えられない。

「蓮も女性の着物着るんだよね?」

「……はい…」

「そう…じゃあ当日は蓮が変な事されないように見張ってなきゃね」

蓮が当番である数時間、蓮の傍を一瞬たりとも離れない須藤先輩が想像できる。
"この子には手出さないで下さい、危険です"と、書いた紙を首から下げさせようか。
須藤先輩などおらずとも、蓮のことは俺が守ると決めた。その為に引き受けたのだし。

「あ、楓発見ー!」

「…景吾」

後ろから押し倒す勢いで抱き締められ、皿に顔を突っ込むところだった。
呆れた様子で景吾を振り返れば、ゆうきと秀吉も傍にいた。

「あのね、ゆうきの事説得できたよ。作戦成功です」

耳元で囁かれ、ゆうきの不機嫌の理由はそれかと納得した。
いつにも増して黒く、どんよりと淀んだ空気を纏っている。

「…ゆうき、お前本当にやんのか?」

ここでゆうきが嫌だと言ってくれれば、俺も便乗して断ろうと思ったのだが。

「…ああ…」

景吾はどんな文句を使ってゆうきを納得させたのだろう。
景吾が恐ろしく感じる。あのゆうきが女装を引き受けるなんて。

「ゆうきもやんのか、それは繁盛しそうだな」

「そうだね、ゆうき君一人で充分お客さん呼べそう」

香坂も須藤先輩も人事だと思ってそんな風に言うが、ゆうきをフォローするのがどんなに大変か。
もういっその事ゆうき一人でやればいい。それで充分だ。
そんな提案をした瞬間にゆうきに殺されかねないが。

「学園祭、楽しみだね」

期待に胸を膨らませているところ水を差すようで悪いが、俺と蓮とゆうきはがっくりと項垂れた。

水風呂にでも入ろうか。
風邪など滅多にひかないし、どうすれば病気になれるのかわからない。
でも、何が何でも学園祭中は風邪をひかなければならない。
香坂に女装姿を見られる位なら皆に誹謗中傷されたとしても学校を休む。


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