Episode9:アンインストール

毎日は意識せずに過ごしていれば長く感じるのに、何か夢中になれば二十四時間では足りないと思えるほどに早い。
九月十一日はすぐさまきてしまい、祝日でもなんでもないこの日が俺にとっては重要だったりする。

昨日学校が終わった足で急いで景吾に付き合ってもらって街に下りてみたが、結局何も買わなかった。
閉店時間まで粘ったがどれもこれも香坂が喜ぶ顔が想像できなかった。下手な物は買いたくないと諦めて寮に戻ってきたのだが。

やばいぞ。

一応ケーキだけは購入し、部屋の小さな冷蔵庫にぎゅうぎゅに押し込んだ。
ケーキだけで喜ぶような歳ではないし、香坂が好んで甘味を食べているところは見たことがない。

「……今日、さ…あの、お前の部屋行っていい?」

学校からの帰り道で尋ねた。
香坂の部屋に遊びに行くのは日常で何も特別ではないのに気恥ずかしくて挙動不審になってしまう。

「いいけど」

「じゃああの、部屋戻ってから、行く…」

ロビーで別れ、自室に戻れば蓮が頑張れと背中を軽く叩いてくれた。

「大丈夫だよ。楓君がおめでとうって言ってあげるだけで涼は喜ぶから」

「そうだよ、僕だったらそれだけで嬉しいけどな」

蓮と須藤先輩はそんな風に励ましてくれてたが、気が晴れる兆しはない。

「……行って来ます…」

「頑張ってね」

朗らかに微笑む須藤先輩だが顔に早く行けと書いてある。
蓮と二人きりにしろと。意外と心が狭い、なんてごちながらも香坂の部屋へとぼとぼと歩いた。
香坂の部屋へノックもなしで、沈んだ気持ちのまま入ればリビングで映画を鑑賞中だったようだ。

「遅かったな」

「はい、すみません…」

「なんだ?その敬語?」

「はい、すみません…」

とりあえずソファに座り、言い訳を頭の中で考える。
言い訳なんてこいつに通用しないのはわかってるけれども、誰だって刑は軽い方がいい。
俺も疲れてるから今日はできれば普通に眠りたい。
確実に無理であろうとわかってはいるが、ならばせめて普通のセックスで終わらせてほしい。
映画を見ている香坂の邪魔はしないようにおとなしくしていると、映画が終わったようで飯に誘われた。
特別機嫌がいいわけでもなく、いつもと同じテンションを保つ香坂に、本当に誕生日なのだろうかと首を捻った。
幾つになっても誕生日は無条件で嬉しいもので、誰にも祝ってもらえなければそれなりに落ち込む。
そう思うのはまだ子供という証なのだろうか。
ご飯を食べ終え、部屋に戻る。いい加減思いあぐねても仕方がない。
詰られるときは詰られるのだし、腹を括ろう。
香坂の扱いも多少は心得ているし、プレゼントが間に合わなかった事を素直に謝罪し、後日きちんと買いに行く。
ケーキだけでも渡して心から祝福したい。

「俺、ちょっと部屋に忘れ物したからとってくる」

「忘れ物?なんだよ。俺の部屋にはない物なのか?」

「…ない、かな……いや、ない」

「…お前大丈夫か…?」

「大丈夫だっつーの!」

「今日はいつにも増してぼやっとしてんな。別にいいけど今部屋に戻ったら拓海たちの邪魔じゃねえの」

「あ……いや、それでも行かねばならないときが男にはあるのだよ香坂君」

「誰だお前……早く行って来い」

片手で軽く出て行けと合図をされそんな扱いをしなくとも良いのにと苛立ったがここは抑えよう。
なんと言ってもお誕生日様はその日一日は王様なのだ。
香坂は三百六十五日王様だが。

自室に戻り大袈裟に扉を二度叩いた。真っ最中であれば微かな物音では気付かないだろうという考慮だ。
乱れた蓮が出てきたらどんな顔をすればいいのかと焦ったが、対応してくれた蓮は至って普通の表情で着崩れた様子もない。
室内をぐるりと見渡せば須藤先輩が不在だ。

「…先輩は?」

「お風呂入ってるよ」

「ああ、今からか。よかったー」

「か、楓…!」

言わんとしている事が理解できている蓮は真っ赤になって反論した。
処女でもあるまいしそんな初心な反応をせずとも、と思うがそこが蓮の可愛らしい部分だ。
しかし閨の中では普段から想像もつかないほどに乱れると俺は知っている。
柔らかな顔つきと反して蓮は欲望に貪欲だ。同じ性を持つ身だし、この歳の男がどれくらい飢えているかは理解しているので淫乱などは思わなかったが。
こんなときは須藤先輩に一矢報いた気持ちになるのだ。

「ケーキとりに来ただけですぐ戻るから」

「よかった。喧嘩でもしたのかと思ったじゃん」

「喧嘩したとしてもお前と須藤先輩の時間は邪魔しませんよ」

「楓!僕で遊ばない!」

くすりと口だけで笑い蓮の柔らかな髪を撫でる。
そんな反応をするから益々揶揄したくなるのだとは言わないが。

「じゃあな」

「うん、楓も頑張ってね」

も、という言葉はやはりそういう意味なのだろうか。
蓮が進んで俗っぽい話しをするとも思えないので、故意ではなく心の底から自然に出た言葉なのだろうが。

若干緊張しながら香坂の部屋へ戻った。
何という言葉を掛けてあげれば最適なのか考えたが、歯の浮くようなセリフは死んでも言えないし、やはりおめでとう以外には思い浮かばない。
ケーキを背中に隠し、ソファの肘掛で頬杖をついている香坂へ近付いた。

「あ、あのさ、香坂…」

「何だ?」

「あのー…」

「何だよ気持ち悪いな。忘れ物は持ってこれたのか?」

「う…うん、持ってこれました、が…」

「なんだよこっち来い。お前マジで頭でも打ったか?それとも蓮と拓海の最中目撃したか?」

「ち、違う!あの、えっと……これ……」

遠慮がちに香坂の眼前にケーキを差し出した。
鼻で笑われ下らないと言われたらどうしようと不安が渦巻く。

「…今日誕生日、なんだろ…こんな物で悪いけど、あの、おめでとう…」

とてもその顔を見ては言えずに、思い切り斜め下に顔を逸らした。
しかしいくら待てども香坂から反応が返ってこない。
益々不安で緊張の汗を掻きながらちらりと覗き見た。
すると、虚をつかれたようでケーキを見たまま動かない。

「……知ってたのか?」

「蓮に聞いた…」

「……まさかお前が用意してくれてるとは思わなかったからびっくりした……サンキュ」

ニヒルな笑みばかりの香坂が、邪気を含ませず太陽のように笑った。
その子供らしい表情にはこちらが面食らった。
須藤先輩や蓮が言っていたのも、あながち嘘ではなかったらしい。
香坂は年相応の顔をしていた。こうしていると普通の高校生に見えるのに。
ケーキだけでこんなに喜んでくれるなんて計算外で、それならばやはりなにか贈り物を用意すればよかったと後悔が滲む。

「早く食おうぜ」

皿とフォークを並べ、十七と書かれた蝋燭に火を灯す。
ふっと一気に火を消した香坂に、惜しみなく拍手を贈った。
物の価値や値段ではなく、どれくらい気持ちが篭っているかが重要だと、香坂を見ていると思う。

「香坂甘い物食べれんの?」

「普段は食べねえけど今日は特別だろ?これ全部は無理だけど」

切り分けてやったケーキを渡すと早速口に含み、旨いとまた微笑んだ。
まるで好々爺のようだと思ったのは内緒だ。

「何かあげようと思ったんだけど、なかなか思い浮かばなくて…」

「そうか。別に何もいらねえけどな」

「でもさ、一応…何か言えよ。俺が買える範囲の物だったら買うからさ」

正直な気持ちだ。何か形に残る物を贈りたい。
もっと歳月が過ぎてもそれを見ただけで今日の事を思い出せるように。
人間は忘れるから生きられる。どんなに幸福な出来事も悲しいが忘れてしまうのだ。
けれどそれは記憶から完全に消え去るわけではない。思い出せる要因があれば記憶の引き出しから蘇ってくれる。
どんなに一緒にいても、香坂が大切で仕方がない気持ちは忘れたくない。
初心に戻るわけではないが、いつか大人になっても直向きに香坂の笑顔だけを模索した自分を忘れたくはない。
香坂は暫く考えたあと思いついたかのように言った。

「じゃあ、それくれよ」

香坂のそれと言うのは俺が足首に常につけているシルバーのチェーンアクセサリーだ。
どうしても欲しくて、お年玉やお小遣いを貯めてやっとの思いで買った。
俺にとっては高額で手に入れたときは泣いて喜んだほどだった。
外すことはなく、風呂だろうがなんだろうが常につけたままだ。
そのため使い古されている。

「…こんなんでいいのか?」

「お前いつもそれつけてるじゃん。やるときも外さねえし、余程大切なんだと思ってよ。たまに当たって痛かったんだよ」

「…それはすいませんでした…」

「だからそれがいい」

不覚にも香坂を可愛いと思ってしまった。この不遜な男に対してそんな感情を持ち合わせるのは初めてだ。

「こんなんでいいならやるよ」

左足首につけていたアクセサリーを外し、香坂に手渡す。
二重にしなければいけないほど長く、重みもあったそれがなくなれば、慣れない感覚に戸惑いも覚えるが。

「ありがとな」

微笑みながら香坂は自分の左足首につけた。
香坂の方が似合うというのは癪だが、喜んでもらえたならそれでいい。
たかが数万程度の価値の物だが、香坂が身に着けるとその何倍もの価値がある物に見えるから不思議だ。

「似合うな」

自分で言うなと突っ込みたかったが事実でもあるのでその言葉は呑み込んだ。

「失くすなよ?」

「わかってる。肌身離さずつけてるよ」

香坂の嬉しそうな顔を見ていると、愛しさがこみ上げてくる。
俺が思っているよりも香坂は俺の事を好きでいてくれるのかもしれない。
年相応の表情で笑う香坂を見ていると、母性本能のようなものが擽られる。
男だから母性本能なんて備わっていないだろうが、単純に可愛いと思う。
いつも大人な素振りで余裕を振りまく香坂だから、余計にそう感じるのかもしれない。
堪えられなくなった俺は、香坂の近くに寄り添い、手で顔を挟んで触れるだけのキスをした。

「…誕生日おめでとう」

今度はちゃんと目を見て、心から告げた。
それに香坂も応えるようにキスをくれて、そのままソファに押し倒された。
なるべくならば今日は大人しく眠りたい。
そう願っていたはずなのに、こんな香坂を見て肌を重ねずにいられるほど余裕がない。
どんな風に扱われても構わない。
香坂の想うままに俺を求めて欲しかったし、俺自身もこんなにも香坂が欲しい。
その熱を共有し、そのまま溶け合いたいと思う。
今日は目一杯香坂を愛したいのだ。
香坂がこの世に生まれてきてくれて、本当に嬉しいから。
そして、俺なんかを好きになってくれた事を幸せに思うから。


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