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鬼のような浅倉に大量の課題を明日までに提出という過酷な仕置きをされ、秀吉の部屋で勉強を開始した。
とは言っても教えてもらうなど面倒で時間の無駄だと思ったので、全て秀吉にやらせて自分は呑気に漫画本を捲った。
頭がいい奴は得だ。
すらすらと回答を書いていくその骨ばった長い指を見ながら、できの悪い頭をしている自分を恨んだ。
いつもはふざけているくせに、こんな時ばかり真剣になって片肘をつきながらも問題を解いてくれる。
だらしのない顔でへらへらと笑う姿と、こんな風に真剣にノートに向かう姿が同一人物とは思えない。
こういったギャップに女性は弱いのかもしれないが、生憎俺は怒りしか覚えない。
脳味噌を取り替えろと何度も泣きついては八つ当たりをした。

いい加減疲れたと気分転換にコンビニへ向かい、商品を買い終わった矢先、出入口で香坂と神谷先輩にばったり鉢合わせをしてしまった。
やばい。瞬時に思ったがどうする事もできない。
まるで浮気が知られた彼氏のようにあたふたと目を泳がせる。
後ろめたくなる行為はしていない。二人きりで部屋にいようが真面目に高校生らしく勉学に勤しんでいた。
しかし香坂はまだ秀吉を完全に信用していない。
いつか化けの皮が剥がれるのではないかと、そんな風に言っていた。
それは秀吉が遣ううさんくさい関西弁に由来しているのかもしれないが。
悪い事など一つもしていないのだから普通に振る舞えばいい。
そう思ったが冷徹な瞳で何してんの?と問われれば強気な態度はとれなかった。
秀吉が臆する事なくフォローしてくれたからいいけれど、香坂の瞳はまだ怒りを孕んでおり、腕を引かれて秀吉と神谷先輩を残し、俺だけ強制送還だ。
秀吉に礼を言う暇すらも与えてくれなかった。

「痛いっつーの!そんな引っ張んなよ!」

「俺とは暫く会わないって言った矢先に浮気かお前」

寮へとぐんぐん進んで行くお陰で俺は早歩き状態だ。

「は?んな訳ねえだろ!何度も言うけど、あいつはそんなんじゃねえよ!普通の友達だ!男に興味なんてねえしあいつだってちゃんと好きな人いるし!」

とにかくこの状況をどうにかしたい。
香坂の怒りも静めたい。後で何されるかわかったものではない。
課題で体力も知力も使い果たしているのに、これ以上無理な要求をされたのでは身がもたない。

「好きな奴?学園内にか?」

「そ、そうだよ…」

「秀吉は男に興味なかったんじゃねえの?」

「知らねえよ!今はその人にべた惚れなの!だから俺と一緒にいても何もないの!わかったか!」

もう自棄だ。これから先秀吉と二人きりで行動する事もあるだろう。その度にこんな風では疲れる。

「誰だ?」

「…守秘義務があるんで…」

「言わねえと課題、手伝ってやんねえぞ」

「はっ!?だいたい、課題出されたのは手前のせいなんだからな!手伝って当たり前だっつーの!」

「……手伝わない決定」

「あー!ごめん、ごめんて!」

理不尽な言い分ではあるが、あれを一人でやるのは到底不可能だ。
誰かの助けがなければ無理だ。秀吉や蓮やあるいは須藤先輩。
しかし今更蓮と須藤先輩に泣きつくわけにはいかない。お互い、自室で眠っている時間だろうしこれ以上の説教も聞きたくない。
だが友達を売る行為はしたくない。

―――でもごめん秀吉。
この罪は一生背負って生きよう。
などと映画やドラマで聞いたセリフを心の中で唱えたが、秀吉のあの態度では口を閉ざしたところで周知の事実になるのも時間の問題だ。

「……神谷先輩だよ」

一つ溜息を漏らして視線を逸らした。

「…神谷…って翔の事か?」

「そう、さっき香坂が一緒にいた神谷先輩」

「へー…翔そんな事一言も言わねえから知らなかった。ふーん、翔ねえ…」

何か企んでいる。碌でもない企みをしている顔だ。
厄介な事になったらごめん秀吉と心の中で謝った。

「――課題、手伝ってくれるよな?」

「しょうがねえな」

課題さえどうにかなれば後は知らない。
秀吉が香坂に何かされたとしても知らない。秀吉のことだから上手く立ち回ってくれるだろうと信じよう。
香坂とて鬼ではないのだ。秀吉に危害を加えるわけでもあるまいし。
停学だけはどうしたって免れたいのだ。

香坂の部屋に着き、リビングで課題を開始したけれど、運が良いのか悪いのか、須藤先輩はまだ起きていて、事情を話せば力になると言ってくれた。
須藤先輩はこんな俺にも根気強く、優しく教えてくれるけれど、香坂はいちいち癇に障る言葉を挟む。

「お前こんなのわかんねえのか!?小学生からやり直せ」

「そんな事言わないで、楓君だってちゃんとやればできるよね?」

須藤先輩が一生懸命フォローしてくれるが、俺の頭の中は爆発寸前――。
教えなくともいいから答えだけ書いてくれと言っても二人は聞かなかった。
それでは身にならない、これくらいできるようになれとそればかりだ。
英語漬けにされてしまい、日本語すら片言になるほどの壊れぶりを発揮してしまった。
英語、だいぶ強くなったかもしれない。
今なら海外に行ってもやっていけそう。そんな根拠のない自信すら湧き上がる。

結局徹夜して、全て終わったのは夜が明けてからだった。
二人も寝ないで付き合ってくれて、それは感謝してるが結局蓮にどやされそうだ。

『須藤先輩にまで迷惑かけちゃ駄目だよ!だからいつも言ってるだろ!』

腕を組みながら前屈みで怒り心頭になる蓮が容易く想像できる。

二人に、特に須藤先輩には何度も礼を言って、できたばかりの課題を持って自室に帰った。
どうか蓮がまだ眠っていますように。
願いながら扉を開ければ、丁度蓮が起きたところだった。

「…あれ?楓、今日早起き…」

目を擦りながら寝惚けている。そんな仕草が愛らしい。

「早起きじゃなくて、寝てないんだよ」

「……ああ、課題か…頑張ったね」

蓮の愛らしさは今の俺にはオアシスだ。
上半身だけ起こしている蓮を咄嗟にぎゅっと抱きしめた。

「よしよし…」

俺の頭を撫でながら頑張ったねと言ってくれる。
まだ寝惚けているからいいが、いつもならば自業自得ですと一蹴されているだろう。

熱いシャワーを浴び、着替えて朝食を摂り蓮と共に学校へ向かう。
あの二人は今頃疲れて眠っている事だろう。
教室につくと、思い出したように蓮が顔を綻ばせた。

「そういえばさ、明後日香坂先輩誕生日だね。楓何かあげるの?」

「……は?」

蓮の言葉を理解するのに数十秒要した。
それはつまり、香坂がこの世に生を持った日、というわけで…。

「マジかよ!聞いてねえよそんな事!」

「あれ?知らなかった?先輩がもうすぐ涼の誕生日だなー、何あげようかなー、て言ってたからさ」

そんな事一言も言われてない。
いや、自分も誕生日など香坂に言っていないが、恋人という立場で一年で一番盛大に祝わなければいけない日を知らないというのも如何なものか。
女性ではないし、そんな気にする必要はないのかもしれないが、須藤先輩があげて俺が何もあげないのは癪だ。
更には後で文句を言われそうだ。

「大変、明後日だよ。早く何か用意しなくちゃ」

「…マジかよ面倒臭え…」

机上に上半身を懐かせながら頭を抱えた。
もう昨日の課題で頭は暫く回復してくれないのだから、余計な問題増やさないで欲しい。
明後日など時間が足りなさすぎる。
せめて夏休み中に知っていれば、悩む時間も充分あるしリサーチの時間もあった。何処かで買い物もできた。
夏休み豪遊したおかげで金もない。

「あー…考えんの面倒臭えー…何買っていいかわかんねえし…」

「そうだよねえ。僕も先輩の誕生日とか何買っていいかわかんないもん。楓や皆にあげる分には好みがわかるからいいんだけど、先輩となるとね…」

「だよな…」

「香坂先輩に何欲しいって聞いたら?」

「あいつがまともに答えるとは思えないし、答えたとしても俺の財産じゃ買えねえようなもん言うに決まってる…」

「うーん…逆に考えれば、物はいらないんじゃない?自分で買えちゃうし。楓におめでとうって言ってもらえればそれでいいと思うけどな」

なるほど、などと納得すると思っているのか蓮は。
香坂はそんな可愛い性格ではない。須藤先輩ならばそれで充分だと紳士的に言いそうだがあの二人が同じような言葉を言うとは考え難い。

「……考えとく…」

欲しい物なんて全て手の中にありそうな気がする。
何を選んでも喜ぶ姿が想像できない。
しかし生まれてきてくれてありがとうという感謝の気持ちを込めて喜んでもらいたい。
最終手段、身体を差し出すしかない。
それは最終手段で、本当に決められなかった時の切り札だし、そんな手段は絶対に遣いたくはないのだが。
思案しても結局何も思い浮かばなかった。
蓮と付き合っていたときはよかった。

「何が欲しい?」

と聞けば

「何もいらないよ」

なんて、可愛いらしい事を言って。それでも何かあげたくて定番だが花を贈れば素直に喜び、ドライフラワーにすれば一生持っていられると頑張ってくれた。
それは今でも部屋に飾られている。

そんな思い出に浸っている暇はない。と気付くまで暫く蓮との思い出に頬を緩ませた。

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