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教室の扉を勢いよく開け秀吉の席まで一直線に歩みを進める。
擦れ違うクラスメイトからは朝の挨拶や揶揄するような言葉が投げかけられる。

「お、楓じゃん!一限からサボりかー?」

「楓ー、キスマーク見えてんぞー」

色々言われたが全て無視をする。いや、無視もなにも耳に届いても相手をしている余裕がない。

「秀吉っ!」

秀吉の机を両手で思い切り叩いた。

「な、なんやねん楓…そんな恐い顔してー。朝から楽しんだんとちゃうん?」

秀吉の戯言も無視だ。

「お前、頭いいんだってな。手伝ってくれるよな?だって俺達友達だもんな」

鼻と鼻がくっつきそうな程近付きながら、口調は柔らかく、しかし否と言えないように言い寄った。

「な、なんやねん…手伝うって…」

秀吉の顔は引きつりきっている。

「手伝うよな?」

これを明日までに終わらせなければ俺が停学になりかねない。もしくは英語の単位を落としかねない。
香坂のせいでそんな事になるなんて、絶対御免だ。
脅迫と言われようが皆に詰られようが構わない。自分の身はいつだって可愛い。

「は、はい…」

「よかった。秀吉ならそう言ってくれると思ったんだ。学校が終わったらすぐお前の部屋行くから、真っ直ぐ寮に戻れよ」

「…先輩と遊ぼ思てたのに…」

「あ?何か言ったか?」

「いえ…」

「楓、秀吉いじめちゃ駄目だよ」

「蓮、いじめじゃねえよ。脅迫だ」

「もっと駄目!」

蓮にでこぴんを喰らったがそれがどうした。今更道徳心を説こうなど無理なのだ。
自分一人では一年かかっても終わらない。
わかっているからこそ、浅倉も秀吉の存在を仄めかしたのだ。
泣きついて助けてもらえという合図だ。
一つ問題が解決し、安心しきったところで今度は別の問題が発生した。
恐慌状態の頭ではそこまで意識していなかったが、香坂の馬鹿は防具も着けずに外で行為に及んだため、後処理を自らでしなくてはならない。
怒りで廊下の壁を一発殴りトイレに駆け込む羽目になった。
絶対に学校などではしない。固く心に誓うと共に香坂への復讐心を燃やす。

香坂への怒りは収まることを知らず、むしろ酷くなる一方だ。
自分も楽しんだではないかと言われれば反論はできないが。
その気になり、気持ち良かったのは確かだがしかし、香坂の巧妙なレトリックに騙された被害者だ。
そうでなければ絶対に浅倉の授業をサボり、停学というリスクを背負いながら情事に耽るはずがない。
渦巻く怒りを抑えながら頬杖をつく。
片手で携帯を操作し、昼食も下校も同伴をお断りするのは勿論、暫くの同衾も許さない旨を伝えた。

久しぶりに五人で揃って飯を食べた。
中庭で輪になって満腹の腹を擦りながら談笑していると、見知らぬ生徒がこちらに近付いてきた。

「甲斐田君ちょっといいかな」

「かまへんけど…」

二人はそのまま少し離れた場所へ移動して何か話している。
所謂告白というものだろうか。もう少し人目を気にして隠れて欲しいものなのだが。
いや、今朝の自分を考えれば他人にとやかく言う権利はないが。
それでも男子校といえども同性愛など煙たがられるわけで、男が好きなのだと知られた瞬間虐めの対象になりかねない。

「なに、秀吉ってモテんの?」

「楓知らないの?秀吉結構憧れの的だよ。見た目もいいし、おもしろいし、実は頭もいい。運動神経もいいでしょー…あれ?完璧じゃね?なんかむかついてきた…!」

「ああ、なるほど…でも秀吉は神谷先輩とやらに夢中なんだろ?」

芝生の柔らかさを手で感じながら、景吾の話に耳を傾ける。

「らしいね。そう考えると、あの子もふられるんだよね。何だか可哀想…」

蓮は自分が感じる痛みのように悲痛な瞳で見詰める。
しかし蓮は多少天然ボケで色ボケしているから忘れているかもしれないが、むしろ同性同士で恋を成就できる人間がこの世に何組いる事か。
男女ですらも叶わぬ恋に身を焦がすのに、それが男同士、もしくは女同士となればその確率はぐんと低くなる。
あんな場面を見ると、今香坂が傍にいてくれる事を当然のように感じてはいけないんだと、再確認をせざるを得ない。
数分ほどで秀吉が戻ってきた。

「秀吉モテますね、相変わらず」

揶揄するような口調で景吾が笑う。

「好きやない奴にモテてもなあ…泣かれると敵わんわ…」

頭を掻きながら苦い顔をする。確かに、可憐な女の子や綺麗なお姉様に口説かれるならば悪い気もしないが、この学園の生徒が相手ならばどう転んでも男だ。
神谷先輩には満面の笑みで接する秀吉だが、それ以外には容赦がない。
告白されれば誰でも多少は嬉しいと思うものなのに、秀吉は微笑むわけでもなく、すまなそうにするでもなく、上から見下し冷徹ともとれる瞳で一言二言話すだけだ。

「でも、もう少し優しく断ってもいいんじゃない?」

「そうだぞ、秀吉。可哀想じゃん」

「えー…ゆうきだって同じようなものやろ」

「一緒にすんな」

「そんなんじゃ秀吉も悪い噂たつぜ?」

「ええよ別に。人の噂なんて嘘ばっかりやろ」

下らない、とでも言い捨てるような口ぶりに秀吉も苦労しているのかもしれないと思った。
噂なんてものを信じるよりも、本人を信じた方が賢明だとは思うけれど。

「でも、変な噂たったら神谷先輩にも嫌われちゃうかもしれないよ?」

「それは困るわー。せやけど、先輩なら噂と俺どっちを信じるか言うたら、俺やろ」

秀吉と言い、香坂と言い、容姿がいい男は何故こうも自信満々なのだろうか。
その内足元掬われると苦言を呈しても聞く耳を持たないから何も言わないが。

「ま、秀吉も神谷先輩にふられたらその気持ちもわかんじゃねえの?」

「縁起悪い事言うなや、楓!」

「はは、それもそうだね。秀吉もふられるって経験した方がいいよ」

「なんやねん、みんなして。俺もえらい友達を持ったわ…」

「自業自得だな」

一蹴したゆうきに皆揃って頷いた。

五人揃えば常に騒がしく話題も尽きる事がなく、けれども話している内容や行動は一つも意味などない無駄な事だ。
しかし、皆でいる時間が楽しい。
恋人と共にする時間も勿論大切で幸福ではあるが、それとは違う魅力があると思う。
香坂といるときも楽しいし幸せだけど、香坂では埋められない心の隙間もある。逆もまた然り。
有人は尊いと皆口を揃えて言うけれど、本当に意味をわかって言っている人なんて一握りなのではないかと思う。
皆が笑えば俺も幸せ。つまりはそういう簡単な事だろう。
香坂への負の感情で一杯だったが、皆のおかげでそれもいつの間にか霧散した。

「お、噂をすればなんとやら。あそこ歩いてるの神谷先輩じゃない?」

景吾が指を差したその先を辿れば、太陽の光りを浴びて一層輝くブロンドの髪、絹のように白い肌、サファイアのような深い瞳。
本当に噂通り綺麗な人だ。まるで絵画を見ているよう。
男など興味もない俺ですらも視線が惹きつけられて離れない。
見詰めていると違和感が生まれた。
あの先輩以前何処かで見たような。
答えはすぐに出た。香坂と付き合う前に香坂の部屋を訪ねてきた先輩だ。
あの時はまじまじと観察できなかったからここまで綺麗だと気付けなかったが、陽の下で見れば感嘆の溜息が零れる。
これは秀吉が夢中になるわけだと合点がいく。
しかし、俺は思ったのだ。
この先輩はもしかしたら香坂に好意を寄せているのかもしれない、と。
友情なのか、愛情なのか、憧憬なのかその種類はわからないが、その瞳を見て悟った。
これでは陳腐な四角関係の出来上がりだ。
なんとなく悪い予感がし、ひっそりと溜め息をついた。


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