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「…っ、はぁ…」

大きく肩で息をしても全く酸素が間に合わない。
ずるりと香坂が中から出て行く感覚に眉が寄った。
入れられるのも勿論苦しいが、内臓毎引き摺られるような感覚は酷く心地が悪い。

「…お前、中で出して…どうすんだよ」

「どうにかなんだろ。後で出してやるよ」

「ふざけんな!外でなんか盛んじゃねえよ!」

運良く制服は汚れなかったが下着をはくのが気持ち悪い。
中のものを零さないように歩くのは至難の業だ。
香坂も一度経験してみればいい。女性役をするのがどれ程大変な作業か身を持って理解するのが一番だ。

「でもいつもより興奮してただろ?」

俺の衣服を直しながらも香坂は平気でそんな事を言う。
確かに興奮した。だがそれとこれは話が別だ。
もし誰かに見られてたら。すぐ傍にある校内では皆普通に授業を受けているというのに。
後から考えればなんて危険な事をやってしまったのだと後悔の嵐だ。
もう絶対学校ではやらない。

身支度を終え、疲れた身体を癒すように座り込む。

「…もうやだ…」

「何だ?外でやるのはいやか?」

「…そうじゃなくて、お前に振り回されっぱなしなのが嫌なんだよ」

こんな痴態を晒されても、それでも追ってしまうなんて、俺も遂に変態の仲間入りか。

「いいじゃねえかよ。俺を追っていいのはお前だけなんだから。特権だぜ?」

髪を撫でながら言う香坂は柔和な瞳をしていて、一瞬息を呑んでしまった。
本当に俺だけに与えられた権利なのだろうか。
他の人が追うのは許さないと香坂は言う。

「…でも、俺とお前の好きの差がでかい気がしてむかつくんだよ!」

「勝手に思い込んでるだけだろ。ちゃんと好きだから安心しろよ」

香坂が甘い愛の言葉を囁くのはとても貴重だ。
甘いマスクと甘美な声でいくらでも大安売りするのだろうと想像していたのだが、意外にもそういう類の言葉には慎重なのだ。
俺から香坂に言う事はあっても、否、言わされる事はあっても、お返しはくれない。
しかし、不安を露にすれば甘言で安心させてくれる。
それにまんまと騙され、絆される自分も大概安い男だ。

「嘘、じゃねえよな?」

「ほんと」

ならばいいか。なんて単純な俺はすぐに手懐けられてしまう。
けれど時々、愛おしい者を見るような瞳で俺を見るから、信じてやろうと思える。
こんな時ばかりは素直に甘えられる。
香坂の手をぎゅっと握り、自分から啄ばむようなキスをした。
これが俺にできる精一杯の愛情表現だ。
唇を離した後が恥ずかしいが、溢れる気持ちを胸に閉じ込めておくのは難しい。

「耳まで真っ赤だぜ?」

「うるせえな」

そっぽを向くと顎を持たれ、更に深い口付けをくれた。
そしてシャツから覗く鎖骨辺りに噛み付かれる。

「…お前っ、見えたらどうすんだよ!」

「見えるところにつけてんだよ。悪い虫がつかねえようにな」

「アホか!俺が死ぬほど恥ずかしいだろ!」

「別に恥ずかしくねえだろ」

「じゃあお前にもつけてやるよ!」

「俺は間に合ってるから大丈夫」

「ほらみろ!」

騒がしく応酬を続けていると一限終了を知らせるチャイムと、その後にすぐ

『一年B組月島楓、至急職員室に来るように』

との浅倉の声での校内放送が学園中に響いたのを遠くで聞いた。



「お前俺の授業サボるなんていい度胸だな」

浅倉先生、怖いです。
満面の笑みの背後にすさまじい形相の鬼が見える。

「いや、これにはかくかくしかじか…」

「どうせ香坂だろ?お楽しみの跡がばっちり見えてるぞ」

そんな事もすっかり忘れて制服の一番上までボタンをかけずにだらしない格好のままだった。
さっと顔が青ざめる。授業サボってセックスしてましたなんて、いくら適当教師の浅倉でも許せぬ行為だろう。
高校生なのだから清く正しい交際をしなければいけない。

「い、いや…これはね!あの、冬眠し損ねた蚊が…ね!」

「そんな一昔前の言い訳が通じるわけねえだろ。停学なりたくなかったら課題、明日までに終わらせろ」

机上に置いてあった分厚い紙の束をぽんぽんと叩かれた。

「まさかそれ全部!?」

「勿論。できるよな?」

「は?無理無理!俺英語駄目なの浅倉知ってるじゃん!」

「知ってますよ。それなのにサボるなんていい度胸だなっつってんだよ」

「だからそれはー……マジ勘弁してよ…」

「こっちが勘弁して欲しいっつーの!お前が授業サボってお楽しみしてましたなんて他の先生にばれたら俺まで危ねえだろ!」

危ないと言う割にはかなりの大声だ。
浅倉の隣の席の先生がびくりと肩を強張らせている。

「とにかく、明日までだ。いいな?」

「マジかよ…俺夏休み明けテスト成績よかったじゃん?頑張ったじゃん?だから、ね?」

「ね?じゃない!頑張ったって言っても平均以下だろ。まあ、秀吉にでも手伝ってもらえ」

「は?何で秀吉?」

明らかに頭のできが悪そうな秀吉が何故ここで会話に出てくるのか首を傾げた。
常にへらへらと笑っている姿は確実に頭が弱い。

「秀吉はこの前のテスト学年で一位だ。少しは脳みそ分けてもらえ」

「はあ!?」

「声でけえよ!」

「浅倉もでけえよ!それマジで言ってんの!?だってあいつ頭悪そうじゃん!」

「何言ってんだ。ここに転入できるくらいの秀才君ですよ。英語なんて満点。わかったらさっさと教室戻る!」

「マジで…えっ、マジで…?あれ?俺が満点?」

「お前じゃなくて秀吉がな。おかしな事言ってねえで早く行け。チャイム鳴るぞ」

混乱してる間に腕に課題の束を持たされ、背中を押され、意識を取り戻したときには職員室前の廊下だった。
秀吉が秀才など絶対に認めない。あんなにおどけた態度しか見せない秀吉が。
意外すぎる真実に恐慌状態に陥る。
認めずともとりあえずこの課題は手伝わせるが。
蓮か須藤先輩に手伝ってもらおうと思っていたが説教を喰らうのは確実で、それは避けて通りたかった。
浅倉の言葉が本当ならばこんな課題数時間で終わらせられるだろう。

有り得ないほどの課題を渡されたのに、強い味方がいる事を知り、何故か浮かれて教室まで戻った。

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