Episode8:恋人同士

「今日委員会の集まりがあるんだって」

六限終了を知らせる鐘と共に蓮の元に須藤先輩からメールが届いた。
その内容にげんなりする。
そう言えば風紀委員会なるものに所属していたと思い出す。
顔合わせをした以外、集会などなかったし、勿論活動もしていない。
風紀委員会など名ばかりで、生徒会が取り締まっているようだし自分たちの出番はこの先もないと思っていたのに。

「えー…行かないと駄目なのかそれ」

「うーんどうかな。三人で来てとは書いてるけど」

机に突っ伏しているゆうきの背中には面倒臭いと書いているのが見える。
行きたくはないが部活動をしていないのだし、たまの委員会くらいは出席した方が良いだろう。
適当な委員長の適当な話しを適当に聞けばいいだけなのだし。
どうせ予定などなく寮に戻ればいつも通りの堕落した生活をするだけだ。

夏休みの課題も香坂のおかげで全部終わらせたし、休み明けテストもいつも通りかそれよりは多少良かった。
順位が貼り出されれば、相変わらず下から数えた方が早い結果であろうが。
それでも自分的には満足していた。今回のテストは散々だろうと覚悟していたし、教師に説教される事すら覚悟していた。
だが予想よりは悪い結果にはならなかった。
自分なりには、の話しで成績が悪いことには変わりないが。

「おーい、楓聞いてる?」

「ごめん、聞いてなかった」

「今からやるみたいだから行こう」

「わかった」

蓮は行きたくないと駄々を捏ねるゆうきの首根っこを摘んで強制的に連行した。
もう少し気楽に生きればいいのに、蓮はどこまでも優等生だ。
それでも、自分たちの中に蓮のような存在がいなければ楽な道へとどこまでも突っ走り留年や停学、退学にでもなりそうなのでありがたく小言を聞くようにしている。

教室の扉を開け、久しぶりの光景に辟易とした。
何度見ても風紀委員の集まりには見えない。
見渡せば香坂たちは既に席に着き、大人数で馬鹿騒ぎの最中だ。
関わるのは止そうと思い、目立たぬように隅っこに三人で腰を下ろした。
暫くすると委員長が見知らぬ人を連れ立って教室に入った。

「はいはい、集まってくれてどうもね。今日は大事な話が生徒会長からあるからちゃんと聞いてね」

生徒会が存在するのは勿論知っていたが、その人物までは覚えていなかった。
入学式やオリエンテーションなど行事の際には必ず目にしているはずだが、眠気と戦うか景吾と話しも聞かずに遊んでいたため、記憶にない。
いかにも優等生然としている会長と、その隣には校則が緩いと言っても程があるとこちらまで呆れるような身形の男が立っている。
オレンジに近い長めの髪を頭の天辺で結え、小ぶりの扇子を扇ぎながらにっこりと微笑んでいる。
見るからに頭悪そう、と自分の事は棚に上げて思った。
扇子を扇ぐ手を止めたかと思えば、こちらに向かって手を振っている。
周りを見渡したが、どうやらその視線はゆうきに向かっているようだ。

「ゆうき、あの人お前に手振ってね?」

「……知らねえ」

憮然と言うが何か関係があるのかもしれない。
関係というよりも、一方的に関係を迫られていると言った方が正しい。それがどんな内容のものかは定かではないが。
ゆうきは一切誰とも関係を持とうとはしない。友達もこれ以上いらないし、恋人なんて更にいらないと言うのだ。
綺麗な顔をしているのだから、女性に好かれると思うし勿体無いと何度思ったことだろう。
いらないならそのを顔くれと何度本気で詰め寄ったか。

「てかあの人誰…?」

「副会長の梶本先輩だよ、楓」

あんな人が副会長など世も末だ。
いつかこの学園は滅びるのではなかと呆れる。

「生徒会長の氷室です。今まで生徒会で風紀点検をしてきましたが、人不足の為君達風紀委員に手伝って頂こうと思います」

会長の発言にブーイングの嵐が巻き起こる。
その気持ちはわからなくはないが、一応風紀委員会なのだから今まで取り締まっていなかった方が問題だ。

「五、六人で結構ですので、我こそはという人は挙手をお願いします」

その途端先輩達の視線が一斉にこちらに向けられてそれがとても痛い。
下っ端である一年坊主がやれという無言の強制だと理解しているが挙手などしたくない。身体を小さくしながら俯くがいつまで耐えられるか。

「いないみたいだから一年生の三人、お願いね」

ふわりと微笑んだ委員長に否と言う勇気は誰も持っていない。
面倒臭い。頭の中はそれ一色だ。
当然委員長も参加するだろうと思ったが、自分は不参加らしい。
おかしい。この仕組みは絶対におかしい。

「楓がやるなら俺もやる」

深く背凭れに身体を預けていた香坂が透き通る声で言った。
やらんでいい。
言ってやりたかったが言葉を呑み込んだ。

「じゃあ僕もやろうかな」

「これで五人集まったね。じゃあそれ以外は解散で」

広い教室の中に残ったのは強制参加の三人と香坂、須藤先輩、それから生徒会の人たち。
改めて教壇付近に集まると人の良さそうな笑みで会長は微笑んだ。

「じゃあ二人一組になってもらうんだけど、どぅうする?じゃんけんとかで決める?」

「俺は楓と」

「僕は蓮と」

「ラッキー、じゃあ俺はゆうき君とだね」

嬉々としてゆうきの手を握り思い切り振り払われている。
ゆうきにこれだけ拒絶されても笑みを絶やさないその精神力は天晴れだ。

「ゆうき君、翼と一緒でいい?それとも僕とやる?」

「氷室先輩とやります」

即答したゆうきに副会長は頬を膨らませた。

「えー!やだやだ!俺とやろうよ!こんな腹黒の堅物と一緒にやってもつまんないよ!俺ゆうき君とじゃないなら点検やらない!」

「なら翼は参加しなくていいや。代わりに誰かにやってもらうし」

「待って待って!俺副会長だし!」

「どうせいつも何もしてないだろ」

「なんだよ一の馬鹿野郎。一がどうしてもって言うから生徒会にいるのにさ」

「誰がそんな事言った」

他愛ない口喧嘩が始まってしまった。
誰も止めようとしないが、このままでは更に加速するのではないだろうか。
どうでも良いが早く帰りたい。

「…梶本先輩でいいよ」

終わらない応酬に渋々ゆうきが承諾すれば、副会長は満面の笑みだ。

「ごめんねゆうき君、この馬鹿が我儘で」

「…いえ…」

「じゃあ僕は他の役員と組むとして、来週から一週間、交代で朝やるから。月曜日は僕が、火曜日は拓海で水曜日は涼、木曜日は翼ね。集合は朝の七時。校門に立って違反者がいた場合チェックして生徒手帳とIDカードを没収後生徒会室に持ってくる事。わかっていると思うけど、その日だけでも身形をきちんとする事、あと時間厳守。話は以上」

来週の水曜日、考えただけでも気持ちがどんより重くなる。
火曜日は零時前には必ず寝て、六時には起きなければならない。
そんな早起き小学生以来だ。起きれるだろうか。いや、きっと無理だ。
火曜日は香坂にどんな誘い文句を言われても絶対に自分の部屋へ帰ろう。
そう決めて顔を上げると先輩たちの姿はなかった。

「あれ?みんな帰ったの?」

「そうだよ。楓気付いてなかったの?」

「色々シュミレーションしてて…」

なんのだよ、と呆れながら蓮に突っ込まれたがいつものことなので受け流す。

「なあゆうき、あのチャラい先輩何者?」

「梶本翼」

「聞いたことあるような、ないような」

「今景吾が追い駆けてるだろ?」

「あれを!?」

あれとは失礼だが、いかにも遊び人ですといった感じの見た目と中身。
どう考えても景吾が好むタイプではない。
そもそも景吾は可愛らしい女の子をいつも追っていたではないか。
それがいきなり男を視野に入れただけでも驚いたのに、あのようなタイプだとは予想もしていなかった。
せめて男でも真面目そうで可愛らしい、蓮のようなタイプを口説くものだとばかり。

「なに言っても梶本先輩がいいってきかねんだよ」

「……まさか梶本先輩ってゆうきが好きとか…?」

頭痛の種を増やすのはやめてほしい。
仲間内で三角関係など。
人の事は言えた義理ではないが。実際自分も蓮といざこざがあったわけだし。

「いや、あの人は誰にでもああだろ」

「…………」

最早俺も蓮も言葉が出なかった。
蓮は景吾の応援をしてあげるのだと意気込んでいたが、相手があれだと知るや否や表情が曇った。
そりゃゆうきも止めるわけだと納得する。
どんな親でも娘が不誠実そうな男を連れてきたなら否と言うだろう。それと同じ感情が今俺達の中に…。

「お前らまだここにいたのか?帰るぞ」

廊下を通りかかった香坂によって俺達は放心状態のまま教室から廊下につまみ出され、そのまま強制送還された。


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