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久しぶりに感じるその熱に胸が熱くなった。
逞しい腕、甘く透き通る声、色素の薄い瞳、全てで俺を虜にさせる。
まだ不安はあるけれど、香坂が言うようにいつまでも過去を引き摺る程馬鹿ではないだろう。
なにより外見が多少似ているだけでは俺の性格を可愛いなんて嘘でも言えないだろう。
胸がすっとして晴れ晴れした気分だ。
香坂の腕の中はやはり居心地がいい。
もう少しこのままで、余韻に浸っていたかったが残念ながら温もりは離れていった。

「お前感情的になる癖、少しは直せよ。毎回毎回俺も大変だぜ」

甘いセリフの後には説教が待っていた。
折角仲直りができたのだから、もう暫くは恋人同士らしくしていたかった。

「蓮のときもお前を追い駆けるの大変だったし、その後も俺の部屋から急に飛び出すし、今回だってそうだ」

確かに、問題にぶつかるとそれから逃げるように走り出している。
癖なのかもしれないが、あまりにも幼稚な行動だ。

「一人で悩んでないで俺に言えばいいだろ?」

簡単だと言うが、頭より先に身体が反応してしまうのだ。

「そうできるように努力しますよ…」

「本当にお前って単細胞で犬みてえだな」

「何処が!」

「きゃんきゃん騒ぐし可愛がればなつくし、すぐ走り出すし…じゃじゃ馬じゃなくてじゃじゃ犬か?」

完全に馬鹿にされているが反論できない。

「それと、ドアの向こうの弟に何か言ってやれば?」

言い終えると同時に香坂が勢いよく扉を開けるとコップを筒代わりにして聞き耳をたてている薫が転がった。

「薫!お前!」

反動で自分もベッドから立ち上がる。

「やっぱばれてた?」

ぶりっこをしながら首を傾げるが、そんな可愛らしい仕草をしても許される事ではない。盗み聞きとはなんと性質の悪い悪戯か。

「ばれてるよ。気付いてねえのは鈍感な楓だけだ」

「薫、お前って奴は…!」

拳を作って薫に仕置きをしようとしたが薫はひらりと交わすと薄らと笑みを作った。
今は恋人が男であると知られたという動揺よりも怒りが先行した。

「いやいや、楓ちゃんが元気になったみたいでよかったよ。彼女じゃなくて彼氏、ね……しかもかなりの男前じゃん。でかしたね、楓ちゃん」

言われて薫を詰ろうとしていた身体がぴたりと止まった。
次から次へと問題が降りかかってくる。
どう弁解しようかと焦るが、弁解も何もあの会話を聞かれた後では潔く認めるしかない。

「…か、薫、これはだね…」

「僕は博愛主義だから楓ちゃんがホモでも別に構わないよ」

「俺はホモじゃねえ!」

必死になって反論したが現実に男と付き合ってるのだから、何を言っても無駄なわけで。
元々僅かしな残っていなかった兄としての威厳は果てしない大地へ消え去った。
しかも博愛主義だからなどとさらりと言ってのける薫に驚いた。
何処でそんなに大人になったのか。
昔から狡猾だとは思ってたがまさかここまで性格が変わっているとは。
益々東城には入学させたくない。

もう邪魔しないからごゆっくり、と意味深な言葉を残して薫はリビングに去った。
ごゆっくりもなにも、弟が傍にいるのに愛し合う趣味はない。

「香坂、お前今から帰んの?」

「ああ。もう休み終わるしな。遊んでばっかいられねえよ」

色恋沙汰が治まった後には現実が待っている。
課題は山積みにも関わらず少しも手をつけていない。
一応持ってきてはいるが、香坂の家で遊び回り、その後悩んでそれ所ではなかった。
勉強に使う時間も余裕もなかった。

「お前も来るか?」

香坂とまた一緒にいたら課題なんて全然やらないだろう。
ここは家でやれるとこまでやった方が賢明だとわかってはいるが。

「行く」

恋は盲目だ。正しい判断を鈍らせる。目先の幸福に縋ってしまうのはなんて愚かだろうとわかっているがまだ香坂にきちんと触れていない。
学校が始まったらこんなに長く一緒にいられる事は少なくなる。
部屋も別々だし、勿論学年やクラスも違うのだから今のうちだけだ。
課題は誰かに泣きつけばいい。
その後には友人からも教師からもきつい説教が待っているだろうが、そんなもの目の前のご馳走の前に霞んでしまう。

「どうせ課題やってないだろ?俺が教えてやるから終わらせろ」

「お前が!?勉強なんてできんのかよ…」

「お前が今やってる勉強を俺は一年前にやってんだよ。できねえわけねえだろ」

自信満々で言うが授業とか絶対出てなかっただろうし、覚えているわけがない。
須藤先輩が、涼はまともに授業出ないとぼやいていたのを思い出す。

「…はいはい…」

「あ、お前信じてなだろ。こう見えてもお前よりは頭いいんだぞ」

「はーいはい」

「お前…スパルタで仕込んでやるから覚えてろよ…」

香坂の言葉を軽く流し、薫に事情を説明するためにリビングへ戻った。

「母さん達にはうまく言っとくから大丈夫だよ」

なんてにっこり笑いながら言う薫が少し怖かったが、見なかった事にしよう。
貸し一つという言葉が隠れている。
後でどんな酷い頼みを聞かされるのかと思うと背筋がぞっとする。

あれだけ大騒ぎして出て行ったのに、結局また厄介になる羽目になる。
いつもいつも、一人で大騒ぎしては空回りだ。
電車に揺られながら、これからは頭も使って行動しようと心に決めた。

その後は最悪だった。
綾さんとの久しぶりの再会に喜ぶ暇なく勉強が開始された。
宣言通り、香坂はスパルタ教育を施し、問題を解けるまで容赦してくれなかった。
自信満々で言っただけあり、一年の問題ならばすらすらと解ける香坂に、思ったよりも馬鹿ではないらしいと失礼にも見直した。
しかしこんな仕打ちをされるのならばやはり黙って家に居ればよかったと後悔した。

気付けば夏休みが終わろうとしている。
結局香坂に振り回されただけで終わった気がするが、終わり良ければ全て良しという事にしておこう。
無理にでもそう思わないとやっていられない。

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