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久方ぶりの再会にお互い話が弾み時間も忘れて笑い合った。
両親が帰宅し、荷解きもせずに話しすぎ、こんな時間になったと思い知る。
ちゃんと普通に笑えるし涙も出ない。
香坂に何もかもを支配されていると思っていたが家族と共にいれば案外いなくとも平気なのかもしれない。
親や弟には絶対に心配を掛けたくないが、この調子なら大丈夫だと思う。

「やだ、今日帰ってくるなんて聞いてないわよ」

買い物袋をキッチンにぞんざいに置きながら母は連絡くらいしろと早速お説教する。
一々相手にしないし受け流すものだからいつまで経っても子供扱いだ。
父は、然程身長も変わらないのに大きくなったと嬉しそうに笑った。

久しぶりの母の手料理、みんなで囲む食卓、笑い声は絶えなくて、幸せとはこんな些細なもので充分だと噛み締めた。
東城にいるときも、香坂の家にいるときも、色んな事がありすぎて少し疲れていたのかもしれない。
こんな穏やかな時間がとても貴重な事に感じられる。

家族の温かさに触れ、地元の友達と沢山遊び、香坂の事なんて考えないようにしよう。
これからどうなるかなんてわからないが、桜さんの存在を知った以上は傍にいられない。
香坂を疑いながら付き合ってはいけない。
そんなの苦しすぎる。
離れるよりも共にいる方がずっとずっと苦しいと思う。

小学生まで使っていた部屋はそのままの状態を保っている。
いつ帰って来てもいいようにと母がたまに掃除をしてくれているらしい。
風呂に入り、安っぽい硬いベッドに懐かしさを感じながら横になる。
静まり返った部屋で思い出すのは香坂の顔。
携帯の電源を入れ不在着信を確認すれば、香坂から五件ほど入っていた。
考えないようにと決めたのに、俺の決意は脆いもので三秒後には考えてしまう。
香坂は電話をして何を言おうとしていたのだろうか。
身代わりなんかじゃないと、そう言ってくれたのかもしれない。
香坂の腕の温かさが俺に向けられたものではなくとも、嘘でもそれでいいと思っていた。
いつか壊れるかもしれない関係でも、それでも、それまでは俺の事を考えてくれると思いそれで充分だと思った。
でも、それすら嘘だったら?
俺を通して桜さんを見ているだけだったとしたら?
自分に向けられた優しさを勘違いしていただけなのか。
過去をいつまでも引きずるような奴ではないと、そう思いたいのに桜さんが亡くなったときの香坂はぼろぼろだったと聞けば引き摺っても無理はないとどこかで諦めている。
あの香坂がそんな風になるまでに影響を与えた桜さんに嫉妬しそうになる。
この世にいない人と張り合う事はできないし、馬鹿馬鹿しいと思うがそこまで想われていた桜さんが羨ましい。

いつか俺だけを見てくれる日を待ち続けてこのまま傍にいればいいのか、それとも香坂を忘れればいいのか。
どちらも俺には選べない。
身代わりに耐えるほど強くはないし、香坂がいない生活なんて考えられない。
あいつと出会わなければこんな想いしなくて済んだのに。
香坂の事で悩む度にそう思うのに、香坂が与えてくれた幸せを思うと、逆に出逢わなかった人生にぞっとする。

家にいても、学校にいても、どこにいても、何をしていても香坂の事しか考えてない、そんな自分がセピア色に色褪せて見えた。



香坂と離れて一週間が経過した。
携帯の電源を入れている限り、香坂からは何度も電話があったが俺は決してとろうとはしなかった。
時間を延ばせば延ばすほどに話し難くなるとわかっているけど、恐くて出れなかった。
毎日一緒にいて、あんなに笑って、抱き合って、心で通じていると思ったのに、少し離れれば俺達を繋ぐのは携帯の電波、ただそれだけだ。
それがあまりにも安っぽい関係のような気がして、どんなに香坂を好きだと思っても結局はこんなものなのかと諦めるしかなかった。

友達とも遊んだし毎日平凡すぎるほどだけど、心は前より悲鳴を上げて、笑顔を作るのが難しくなってきた。
蓮や景吾からも電話があったが、元気だよと言うだけで精一杯だった。

リビングでぼうっとお昼のお馴染みのテレビ番組を見ていると、薫が訝しげな視線をちらりと向ける。

「楓ちゃん、何か元気ないね」

「…俺はいつでも元気だろうが」

「無理してますって顔に書いてる」

弟に言われるようではまだまだ大人になれていない証拠だ。
いや、血を分けた弟だからこそわかるのだろうか。
だとしても理由を話すわけにはいかない。

「楓ちゃん、彼女となんかあったの?なんかやけに男っぽくなって、これは彼女でもできたなって思ってたんだよね」

笑いを含んだ視線を向けられ咄嗟に顔を背けた。

「喧嘩したなら早く謝らなきゃだめだよ。自分は絶対悪くなくてもとりあえず謝りなよ。そんでちょっと甘い言葉言えば問題解決じゃん。女なんてそんなもんでしょ」

薫の相変わらずの持論に呆れた溜息が零れる。
こんな調子で周りの人間全員見下しているからこいつはいつも一人なのだ。
いつかは後輩の女の子に貰ったラブレターを読みながらけらけらと笑ったのだ。
それを見た瞬間、もはやこいつの歪みきった性格を直すのは手遅れだろうと察した。
もっと温かい心を持てと説教をした事もあるが、鼻で笑われ一蹴された。
利己主義な自分には心など必要ないと言うのだ。
どこまで本気でどこまでが強がりなのかわからないが。
兄弟だし、虚勢を張ってしまう性格はどことなく似ていると思う。

「彼女なんて残念ながらできてません」

「へえ、じゃあ彼氏?」

「はあ!?」

「どっちでもいいけど楓ちゃん自分で思ってる以上に不器用で何も隠せてないからね」

何か言い返そうと思ったが呑み込んだ。
確かに演技などできる性格ではないし、自分なりに一生懸命やっているつもりではいるがあまり意味はないのだろう。
こんな事がある度にもっと大人にならなければと焦る。
思えばいつもいつも何か問題が起きるとそれから逃げてばかりだ。
蓮の時も、香坂に告白するときも。
その度に誰かに背中を押されないと行動できずにいた。
逃げては駄目だとわかっているけれど。
"悩むくらいなら行動しろ"いつも香坂に言われていた言葉が頭を過ぎる。
香坂の家を飛び出してもう一週間。今更こちらから連絡などできない。
どんな顔で、どんな声で何を話せばいいのだろう。
何もなかったかのように笑うのが正解なのか、泣き叫んで我慢できないと素直になればいいのか。
答えがわからない。
例えば俺が、香坂がそんな風に俺を思ってるなんて疑った俺が馬鹿だった。ごめんな、これからもずっと一緒にいてくれるよな。
なんて言ったらあいつは笑ってくれるのだろうか。
その笑顔は本物?
俺に向けられてる笑顔?
海より深く疑ってしまうであろう俺がいる。

こんなに苦しいのは俺だけなのだろうか。
一瞬も、一秒も香坂を忘れた事なんてない。
できる事なら俺の本当を見て欲しい。
会えずに寂しかったと俺を見て言って欲しい。
頭が混乱を極める。
難しい事を考えるのは苦手で、限界を超えると考えるという行為を放棄してしまう癖がある。
そんなところばかりは能天気だ。
それなのに答えのでない問題をずっとずっと考え続けてしまうのだ。

その時、来客を知らせるインターフォンが鳴った。

「俺が出る」

立ち上がろうとした薫を制し、玄関まで足早に向かった。

「はーい…」

誰かも確認しないうちに扉を開け愕然とした。

「……こう、さか…」


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