6

大きな窓から差し込む日差しに薄っすらと意識を取り戻し始めると、予想通り腰に感じる倦怠感に眉間に皺を寄せた。
できる事なら目を覚ましたくなかった。

昨晩は求められるままに身体を委ね、いつも以上に鳴かされた。
何度達したのかは覚えていない。
そのせいで喉も痛く、乾燥しているためうまく声が出ない。
風呂に入れてやるという香坂の言葉を全力で拒否し、自らの力でバスルームに向かった記憶はある。
歩くのも限界だったが共に入れば風呂場で再び、なんて事が容易く想像できたのだ。
本当は疲れ果ててそのまま眠ってしまいたかったが、汗と涙と愛液まみれでとにかく気持ち悪かったのだ。
天気がとても良いし、外に出て遊び回りたいところだが今日はベッドの上で過ごす羽目になるだろう。
しかし、横で眠る香坂の顔を見ればそんな鬱蒼とした想いも一瞬で霧散する。
昨日言われたその一言を思い出すだけで地獄にいたとて天国まで登り詰める事ができる。
もう少し香坂の寝顔を見ていたい気もしたが、まずは自分の身体を潤す事を第一に考えよう。

「香坂!起きろよ。喉渇いた!」

左右に乱暴に身体を揺さぶり無理矢理起こす。
我儘と文句を言われる筋合いはないはずだ。俺が動けないのは香坂のせいなのだから。

「…喉?自分で行け…」

「動けないんだよ!早く起きろ!」

「……動けない…?ああ、腰が痛いのか。しょうがねえなー…」

頭を掻きながら欠伸をして悪態をつくが、腰が痛いと嘆く俺には優しいと知っている。
こんな時だけは献身的に俺に尽くしてくれる。

冷えた水をもらい、喉の渇きを早急に潤す。

「その身体じゃ今日は何処にも行けねえな…」

「うん。でも別にいいよ。まだ休みだし。学校の日だったらぶん殴ってたけどな!」

「じゃあ明日は何処か行くか?お前買い物好きだろ?」

「…何で知ってんの?」

「お前の荷物と私服見てればわかる。折角都会に帰ってきたんだから、買い物くらい行こうぜ」

それは所謂デートというものだろうか。
そういえば外へ二人で出掛けた事は一度もない。
寮や学園で充分に会えるし、外の世界へ出れば自由に振る舞えないとわかっていたからかもしれない。
別に口に出したりはしなかったが、お互い二人の関係が許されている寮に篭っていたのは何処かで面倒を避けていたのだ。

その時は香坂と出掛けられる事と久しぶりに買い物ができる事が嬉しくてしょうがなかった。
でもそれは運命の悪戯か、俺の心を引き裂くほど苦しめる事件に巻き込む序章でしかなかった。



窓の外を見れば雲一つない晴天。さすが夏真っ盛り、当にお出かけ日和だ。
いつもは起床時間ぎりぎりまで眠が、今日ばかりはぱっと目を覚ました。
遠足が楽しみな小学生のようだ。
でも実際楽しみなのだから同じようなものだ。
久しぶりに買い物ができる。洋服は昔から好きで、買えずとも見ているだけでも楽しかった。
いつもは同じ趣味を持つ景吾と一緒に出掛けていたが、香坂が買い物に付き合ってくれると言うので、折角だから色んなお店見てまわりたい。
まだ眠いと言う香坂を叩き起こし、綾さんが用意してくれていた朝食を摂り、さっそく出発した。

「何処に行きたい?」

「うーん…服がいっぱい見たい」

「わかった。着いて来い」

真夏の日差しがじりじりと迫るがそんなの気にもならなかった。
香坂の地元を一緒に歩いてるだけでも楽しい。
ここでいつも買い物をしていたのかと思うと、香坂のテリトリーに入れてもらったような気持ちになりとても嬉しかった。

香坂に連れられて色んな場所に行き、あそこの店入りたい、次はこっちと連れまわすが香坂は文句一つ言わなかった。
むしろ香坂とは服の系統が違うため、興味深々と言った様子だった。

「こんな安い服でいいのか?」

「面倒くせえから気に入ったの全部買えば?」

なんて真剣な顔で言ったときは何発殴ろうかと思ったものだが。
生活水準が違うというのも問題だと知った。
結局はどちらにしようか悩んでいると、香坂は決めかねる俺に苛々し商品を全て奪い、レジへ持って行き買ってもらう、そんな事を繰り返した。

疲れたと香坂が愚痴を零すのでコーヒーショップで一休みした。
この時点でだいぶ買い物をして荷物も相当なものだった。
ずらりと並んだ袋を見ても自分で購入した物の方が少ない。
女じゃあるまいし、そんなにプレゼントをされても何も嬉しくないし、むしろプライドが許さないと吠えても香坂は聞かなかった。
誕生日プレゼントだと思えばいいと言われ、それならば破産するまで強請ってやろうかと天邪鬼な俺は思ったのだ。
何処に食べに行っても、コンビニでちょっとした買い物をしても香坂が財布を出す。
実家が裕福であるというのは十分承知だが、それでも同じ男としてとても悔しい。
確かに、かなり助かってはいるが。

「香坂は地元の友達と遊んだりしねえの?」

冷えたジャスミンティーを飲みながら聞いた。
俺がいると遊べないのではないかと心配だったのだ。
暫くしたら自分も実家に帰るし、そしたら自由に過ごせるとは思うが。

「別に、特に会いたい奴はいない。連絡くれば会う程度だ」

「ふーん…俺は実家帰ったら地元の奴といっぱい遊ぶ」

「浮気すんなよ」

「…お前じゃねえんだからそんな事しねえよ…」

むしろこちらが言いたいくらいだ。
俺が去った途端浮気だってし放題だ。
暇を持て余し退屈しのぎに女性と火遊びとか、そんな事がありそうだ。
心配したらきりがないので考えないようにしているが。

「こんな暑いと外出るのが嫌になってくんな」

窓の外を通る人は皆日傘を差したりハンカチで汗を拭っている。

「でも、まだ遊ぶからな」

「わかってるよ」

ふっと笑いながら俺の我儘にまだ付き合うと言ってくれる。
この優しい表情に弱い。
一歳しか違わないのに、あからさまな年下扱いだが、それも香坂なら悪くない。
頼れる存在がいるというのは本当にありがたい。
今までは蓮に頼ってもらいたくて精一杯だったし、気にしないで甘えられる存在ができた事を、心の底から嬉しく思う。

「じゃあそろそろ二回目の買い物にでも行くか?」

「うん」

外に出れば室内との温度差につい眉間に皺が寄ってしまうが、夏が好きなので真夏日だろうが関係ない。
猶もぶらぶらと歩きながら、あれだこれだと見て回る。
荷物が邪魔で自由にできないと我儘を言えば、

「持ち歩くの大変だし実家にまとめて送れば?」

という香坂の提案に素直に頷いた。
この荷物を香坂の家に持って帰るくらいは平気だが、実家に帰る時が大変だ。

手続きを済まし、手ぶらになって肩が軽くなった。
外で待つ香坂に目線を戻せば、見知らぬ男性と話している。
地元の友達だろうか。
そこに行くのも邪魔かと思ったが、いつまでも遠くから見詰めているわけにもいかない。
こちらから見て香坂は背中を向けているが、香坂と話している男性とは対面する位置だ。
ゆっくりと近付きながらその男性を観察していると、視線がぶつかった瞬間こちらが驚くほど瞠目された。
もしかして何処かで一度会った事があるのかもしれないと記憶を手繰り寄せたが、残念ながらそんな覚えはない。
香坂の肩をとんとんと二度叩いたが、その瞬間も男性の視線を痛い程感じる。
もしかしたら変な格好をしているだろうか。
それとも顔になにかついているだろうか。

「…桜……な訳ねえよな…桜の親戚とか?」

「…違う。こいつは俺の高校の後輩。桜とは何の関係もない」

「…だよな。でもすごく似てたから驚いた……俺は涼の昔からの友達で類っていうんだ、君は?」

会話の内容を聞く限り、俺は二人の知人に似ているらしい。
一体誰なのかは知らないが。桜という女性の存在は香坂から聞いた事はない。
交友関係を進んで話す方ではないし、過去に関係があった女性ならば尚更話さないけれども。

「月島楓です…」

「楓君か、宜しく」

満面の笑みを見せられ、つられてこちらもぎこちなくも笑ってしまう。
類と名乗ったこの人は、本当に香坂の友達かと疑わしくなるくらいに爽やかで、額に光る汗がよく似合う。

「じゃあ遊んでるの邪魔しちゃ悪いし、俺はそろそろ。帰る前に連絡しろよ、涼」

「ああ」

「じゃあな」

去り際まで爽やかだ。

類さんの表情を思い出すとその桜という人物と俺は相当似ているらしい。
そんな風に言われれば気になって当然だ。女性の名前だし、俺にとって聞かない方が良い過去かもしれないが。
香坂も類さんに俺を紹介したくなさそうだった。
何故か胸騒ぎが止まらない。
こんな顔、似てる人は沢山いるとは思うが、喉に小骨がひっかかっている気分だ。
類さんが見て似てると思ったならば、香坂も初めて会った時にそう思ったはずだ。
それなのにそんな話は一度も聞いた事がない。
取るに足らない出来事と思ったのか、話したくない後ろめたさがあるのか。
香坂に聞けば一番手っ取り早いとわかっているが、香坂を見ればその話題には触れたくないと雰囲気で語っているのがわかる。

「行くか」

「……うん…」

釈然としないまま適当に遊び、夕方には家に戻った。
部屋に入ったところで胸にひっかかってた疑問を香坂にぶつけた。
人間話したくない過去の一つや二つあるだろうし、詮索家は嫌われると思うのだが、胸に溜め込んで爆発した方が俺は手におえないと思う。

「さっきのさ、桜っていう人誰?俺に似てんの?」

何を疑っているわけではないし、過去に香坂と関係があったとしても怒ったりはしない。
過去だし、多少嫉妬はするかもしれないが大人の対応ができると思う。
ただ不思議だったのだ。
努めて明るく話したつもりだが、香坂は少し動揺しているようだった。
いつもは飄々としているのに珍しい。
他人が見れば見落としてしまう程の変化だが俺にはわかってしまった。

「…昔仲良かった奴」

「…それだけ?」

「それだけだ」

「…そっか…」

香坂にとって桜さんは記憶に留めておくまでもない人間だったのか、それとも…。
前者であると願うしかない。
これ以上香坂を尋問しても口を割ってくれないだろう。
しかし、類さんのあの表情、香坂の動揺、悪い方にばかり考えが向かってしまう。
それが誰なのかは知らないが、香坂と何かあったのは確かな気がした。
ただの知人や友人、その程度の薄っぺらい関係ではないのだろう。
でもそれを話そうとしない。
過去の出来事だからなのか、それとも現在進行形だから話せないのか、香坂の心は読めない。
ただ、釈然としない。何かがひっかかる。
最近はマイナス思考だからそう思うだけならそれでいい。でも、耳を塞ぎたくなるような何かが本当にあったら…。

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