4


「なんだよ、帰ってこねえと思ったら綾に捕まってたのかよ」

「捕まってたなんて失礼な子ね」

「兄貴じゃん久しぶり」

「またでかくなったな」

ここに香坂の親父さんがいたら一家全員が揃ってた場面で、自分のような赤の他人が存在していて良いのだろうか。
家族からすれば学校の後輩という薄っぺらい関係だ。
本当は絶賛交際中ではあるが。

「折角だから俺にもお茶くれよ。また綾に変なことこいつに吹き込まれたら敵わねえし」

「じゃあ俺にも」

綾さんは香坂と弟へお茶を手渡し、それぞれ席に着き家族団欒が始まる。
香坂は無口ではないし、口も達者な方ではあるが綾さんはそれ以上によく喋り、よく笑う。
しかしそれは耳障りなものではなく、その空間にいるだけでこちらも心が明るくなるものだ。

「京お前高校どうすんだ?」

「さあ。まだ決めてない」

「もう決まってないといけない時期だろ?東城に来んのか?」

香坂の言葉に東城の制服を着た弟を想像した。
学ランの方が似合いそうだが、美形なのでブレザーでも問題はないだろう。
しかし、東城に入学すれば香坂の弟だと一瞬で噂が広がり、悪目立ちするのは間違いない。
こんな兄貴がいたらコンプレックスになるのではないかと思ったが、弟は気にしている様子はない。
自分自身もそれなりの容姿を持っているからなのか、自信に満ちているというのは所作や態度で伝わる。
この兄弟は着かず離れずと言った関係なのだろうと雰囲気でなんとなく察する。

「東城だったら試験受けなくても入れるし、そうしようかな」

「そんな訳ねえだろ。理事長も一応は教育者だ」

「えー、成績悪くても大丈夫だろ」

「さあな、理事長も性格悪いからな」

飛び交う会話に裏入学でも企んでいるのだろうかと冷ややかな視線を送った。
まさか、香坂が東城へ入学できたのも裏口入学だったのではないだろうか。
世の中金の力が絶対なのか。

「京ったら、素行も成績も悪いままなんだもの。涼もいる事だし、東城に入れようかしら。あそこなら安心だわ。楓君もいるしね」

茶目っ気のある笑顔を向けられぎこちなく笑みを返す。
入学すれば一応は先輩になるが自分ができることはなにもない。
第一、俺の言うことには一切耳を貸さないだろう。
それに香坂と付き合っていると知られる。それだけは避けたい。

「じゃあ東城にする。寮生活は面倒くせえけど、兄貴でも大丈夫なんだから俺だって大丈夫だろうし」

香坂は先を見越して東城を避けるべきとは考えないのだろうか。
自分の兄貴が同性と交際していると、思春期真っ盛りの弟に知られれば家族崩壊につながるかもしれないのに。

「じゃあ俺と楓の後輩だな。ちゃんと先輩として扱えよ」

能天気すぎるのか、俺が小心者すぎるのか、答えはでないがひた隠しにしなければならないような事実だと思う。
そんな面倒を負うくらいならば正々堂々と交際発言をしそうな男ではあるが。
それくらいの覚悟はできているという表れなのだろうか。
そうだとしたら、多少嬉しくはあるが、きっと香坂は何も考えていないだけだ。
楽しい家族団欒がなされてるとき、俺の頭の中は東城に弟が入学した時の対処法ばかりだ。
非常に疲れる。香坂家は一家揃って俺を翻弄するのが上手だ。



香坂家に滞在して三日目。
そろそろ家自体にも家族にも慣れてきた。
弟君は外出ばかりで滅多に顔を合わせないが、綾さんは気を遣ってか初日よりも早く帰ってきては夕食を作ってくれたり一緒にお茶をしようと誘ってくれたり甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
香坂も俺といるより綾と一緒にいる時間の方が多い気がする、と言う始末だ。
しかし今日はどうしても出張に行かなくてはならないと、綾さんはスーツケースを持って朝早く出勤し、久しぶりに香坂と二人きりだ。
同じ部屋で生活してるが綾さんと三人でいる事も多いし、改まって部屋に二人だと妙に緊張してしまう。
寮とは場所が違うからか、二人でいることに慣れずどこか新鮮だった。
昼食は外のカフェで摂り、夕食は俺が作った。
こう見えても料理はできる。あまり凝ったものは作れないが、男子高校生とすれば上出来だろう。うちは共働きのため、母の不在時は弟に作ってあげていた。
香坂もこれには驚いたようで、将来は俺の嫁か、なんて冗談も言ってきた。
勿論速攻拒否したが。
夕食後は綾さんと話すのが日課だったが今日はおとなしく部屋へ向かった。
いい機会だと思い出したように気になっていたことを聞いてみた。

「あのさ、弟君来年東城来るんだろ?大丈夫なのかよ?」

「何が?」

言わんとしている趣旨を即座に思い浮かばないということは、ちっとも心配してないらしい。
本当に何も考えていなかったようだ。

「来年うちに来たら俺達が付き合ってんのばれるだろ!」

「ああ、その事か…しょうがねえだろ」

「しょうがないって…色々問題になるかもしれないのに…」

「あいつはあれでも柔軟な思考を持ってるし」

「いくら柔軟って言っても自分の家族の事だし弟君だってすごくショック受けると思う」

「じゃあ京のために別れるのか」

「それは…」

ぐっと言葉を呑み込む。
そう問われればできない。別れられないならば理解されずとも突っ走るしかない。
しかし、何か良い方法はないかと模索していたのだ。

「好きなんだからしょうがねえだろ。あいつもそれを理解しなきゃいけない時が来る」

不覚にも胸が高鳴ったのは絶対に教えてやらない。
好きだと正面切ってはあまり言わないくせに、こんな風にさらりと言うから困る。
心の準備もできていないのに。

「何顔赤くしてんだよ」

「うっせえ!赤くなんてなってねえよバーカ!」

「そういう反応が可愛いんだよ。あんまり挑発すんなよ?」

「挑発なんて…」

言い終える前に香坂の腕が俺を捕らえ、あっという間に香坂の腕の中に納まってしまった。
抗議しようと顔を上げればそれより先に唇を奪われる。
陶酔してしまいそうになり我に返った。
こんなキス一つで従順になるなど安いにも程がある。
しかし香坂の技巧に不慣れな自分が敵うわけにもない。再び瞼を閉じようとすると、今度はシャツの中に手が潜り込んできた。さすがに思い切り胸を押し返す。

「ちょっと待った!」

「なんだよ、綾も京もいないしいいだろ?」

「…い、いいけど、先に風呂入りたい」

「女みてえな事言うなよ。そんな事気にしねえって」

「俺は気になんだよ!」

「じゃあ一緒に…」

「却下!」

つまらなさそうに若干不機嫌になる香坂には見向きもせず、パジャマを持って風呂へ向かった。

女みたいだと言われても、愛ある行為はとても大切だし、些細な事でも幻滅されたくない。
男なので女性のように綺麗にはなれないとわかっているが、努力はしたい。相手が香坂なら尚更だ。
嫌われたくないし、いつまでも愛おしいと思ってもらいたい。
恋をすれば性は関係なく同じような気持ちを抱くと思うのだ。

[ 30/152 ]

[*prev] [next#]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -