Episode7:あいつの真実



春を通りこし、いつの間にか季節は夏真っ盛りだ。そして明日から夏季長期休暇。
一週間程寮で過ごしたら久しぶりに実家に帰り、家族の顔を見て、地元の友達に会って…。
休みの嬉しさの余韻に浸りながら色々計画を練っていたが、いい機会だから俺の家に来いと香坂に一蹴された。
俺の都合は、予定はと暴君に言ってやりたかったが、香坂を知るいい機会だと思いその提案に二つ返事で了承した。
為人は理解できてきたが彼についてまだ何も知らない。

夜、蓮と荷物を鞄に詰める。
蓮に休暇の予定を聞けば須藤先輩も同じ事を言ったようで、お互い実家に行けるのはまだ先になりそうだ。
あれもこれもと鞄は容量を遥かに超えてしまい、すんなりと閉まってくれないチャックが抗議しているようだ。

「…こんなもんでいいかな?須藤先輩の家ってどこ?寮から近いのか?」

「うーん、電車で一時間半くらいだって。車だと一時間くらいって言ってたよ」

「へえ…」

確か香坂にも同じ質問をすれば同じ答えが返ってきたような気がする。

「もしかして須藤先輩と香坂って家近いとか…?」

「うん、香坂先輩の家まで歩ける距離って言ってた。ちなみに木内先輩の家も近いって」

「じゃあ暇になったら蓮と会えるな」

「暇になったらなんて香坂先輩に失礼だよ、楓」

確かに恋人と四六時中共にいるのに退屈だとは口が裂けても言えないが、たまには蓮にも会いたいではないか。
香坂に使用人のようにこき使われる生活に嫌気がさしたら須藤先輩の家にお邪魔して蓮に癒される事としよう。

「でも、せっかく近くにいるならたまには会おうぜ?電話しろよ」

「そうだね」

明日からの日々に不安と喜びを感じながら、部屋を大掃除でもするかのようにひっくり返しながら荷造りを済ませ、いつもより早めにベッドに入った。
明日は昼頃には寮を出る予定だ。
家が近いなら、四人で同じ電車に乗って行けばいいのに、須藤先輩も香坂もお互い一緒に行きたくないと駄々を捏ね、結局別々の出発となった。
二人曰く、折角の休みなのにお互いの顔を見たくないのだそうだ。



「楓……楓!」

「…ん…?何だ、蓮…」

「僕もう行くね」

寝ぼけた頭で時計に目を向ければ丁度十一時だ。

「おー、気をつけてな。何かあったら連絡しろー」

「うん、楓も。じゃあ、また」

にっこり笑いながら手を振って去って行く蓮は、嬉しくてしょうがないという顔をしている。須藤先輩と一緒にいられて幸せなんだと俺も嬉しくなった。蓮の事大事にしてくれてありがたい。
まだ寝足りないが頭を抱えながら起き上がり、仕度を始める。
荷物は全て蓮にチェックをされながら昨日ちゃんと鞄に詰めたし、忘れ物もないと思う。
一人だったら後から後から忘れ物が出てくるのだろうが、蓮に指示された通りにしたのだから間違いはないだろう。
待ち合わせは十二時。
知らない土地に行くのはいつだって高揚する。
香坂が生まれ育った町に行き、同じ空気を吸う。
そんな些細な事がとても楽しみで仕方がない。

居ても立ってもいられなくなり、少し早かったが待ち合わせ場所のロビーへ向かった。
ロビーに備えられている一人掛けのソファで待つ事十五分、香坂が来た。

「何だ、早かったな」

「蓮に起こされて、そのまま来たから」

「相変わらず落ち着いてらんねえんだな」

含み笑いをされながらそんな事を言われむっとした。どうせ俺は落ち着きのないガキだ。そんな風に不貞腐れたくなる。

「行くぞ」

「電車で行くんだろ?」

「ああ。そんな遠くねえし、平日だから電車も混んでねえだろうし」

歩き出した香坂の後ろをついて行く。
真夏の日差しは丁度真上の時間帯で容赦がない。
ストローハットを被っているが、それでもじりじりと蒸し暑い。
香坂は相変わらずの澄ました顔で、暑さを感じているのか、いないのか。
途中、コンビニで飲み物を購入し乾ききった喉を潤す。

乗った事のない路線を利用したり、知らない土地を窓から眺めるのは楽しかった。
電車だからすぐに景色が変わってしまって追いつけなかったが、香坂はそんな俺を見て嬉しそうに笑い、『本当にガキだな』なんて言ってきたが、楽しいのだから仕方がないだろうと開き直った。

「香坂って家族は?」

「両親と弟がいる」

香坂に弟がいるとは初めて知った。なんとなく、その自己中心的な性格から一人っ子なのだと決めつけていた。

「いくつ?」

「俺と二歳違いだからお前の一歳下」

「じゃあ俺の弟と香坂の弟同い歳だ。俺も一つ下の弟がいるんだ」

「お前に似てる?」

「うーん、どうだろうな…顔の造りは多少似てると思うけど…雰囲気は全然違うかな」

「そうか」

高校生で実家へ行くのだから家族がいて当然だが、何も手土産もないし緊張してしまうし、後ろめたさも感じる。

「次の駅で降りるぞ」

「あ、うん」

降り立った町は、東京でも有名な閑静な住宅街だった。静かな所で緑もあってとてもいい場所だ。
都会という事も忘れそうな程に心地よい環境が揃っている。

「歩くと時間かかるからタクシー拾うな」

「は?勿体ねえー、歩こうぜー」

「そんな重い荷物持って歩きはねえだろ」

一応珍しく気を遣ってくれているみたいなので、ありがたくタクシーに乗り込んだが、これは正解だった。
お金が勿体無いからと歩いたら大変な事になっていただろう。
兎に角急勾配な坂が多い。しかもこの暑さだ。
文明の利器であるクーラー様様だ。
乗り込んで十分程経つと、建物が駅付近とは違う事に気付く。
何と言えばいいのか、マンションのような背の高い建物はなく、一軒家ばかりだ。
しかもほとんどの家が塀に囲まれており容易く中を覗きこむ事ができない。
敷地も広く、二階部分を見れば建築の知識がまったくない俺でも高価なのだろうという事は想像がつく。
どの家のカーポートにも高級外車が並んでおり、異世界に紛れ込んだかのような違和感を感じる。
ここは東京都内のはずで、都内でこれだけの広さなら土地だけで幾らほどするのだろうかと俗っぽい感想しか思い浮かばない。
ぽかんとだらしなく口を開けっ放しにしているといつの間にか車が停車していた。

「おい、降りるぞ」

「は、はい…」

地上に降り立ったが挙動不審で、一人でいたら間違いなく警察に職務質問をされているだろう。

「ここだ」

香坂が指した家を見上げる。

「……おい、こういう事は先に言えよ!俺も心の準備ってもんが…」

「本当の実家はここじゃないけど、仕事するのに都内に近い方がいいってお袋が我儘言ってここに住んでる」

この町の家屋を一日中見ていても慣れはしないだろう。
あまりにも縁のない世界すぎて場違いな自分が恥ずかしくなる。
町の名を聞いた瞬間から高級住宅街だとは思っていたが、来た事がなかったため、これほどまでとは想像していなかったのだ。
こんな汚い格好で平気だろうか。
一気に不安が絶頂になる。

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