Episode6:噂

平和だ。何もかも平和すぎる。
緑は深く豊かになり、太陽の光りは燦々と降り注ぐ。
小鳥は歌い、気付けば恵みの季節となっている。
香坂に好きだと伝えめでたく本物の恋人同士になれた。
今のところ香坂が浮気したという類の噂は聞かない。
こんなに早く浮気されても困ってしまうが。
しかし香坂はいつかは浮気するだろうと何処かで諦めていた。
今まで色好みの俺様だった香坂が一途に一人の人間を想い続けるとは到底思えない。
恋人を信じられないのかと反感を買うかもしれないが、心と身体は別物なのだと、それの何が間違っているのだと豪語するような奴だ。
だからと言って浮気を容認するわけではない。
されれば悲しいし、憤怒するだろうが、別れるという答えを導くかはわからない。
いつの時代も惚れた方が負けという方程式は変わっていないらしい。
今のところは順調だと言っていいと思うのだが。
口喧嘩は相変わらず日常的にするが、それが俺達なりのコミュニケーションの一つだし、悪くはない。
蓮も相変わらずこちらが恥ずかしくなるくらい須藤先輩と仲睦まじく、ゆうきも平常運転で思考回路はまったく読めない。景吾は食べ物に囲まれていればそれだけで幸せそうだ。

机上に頬杖をつきながら自失していると、景吾がおやつのポッキーを銜え、喜々としながら話し出した。

「そう言えさ、噂で聞いたんだけど転校生が来るらしいよ」

景吾の一言に三人同時に一瞬硬直し、けれども蓮はふわりと微笑んだ。

「そうなんだ。このクラスかな?」

「まだそこまではわかんないんだけど、このクラスだったら仲良くしたいね!」

景吾はどこで情報を仕入れてくるのか噂に敏感だ。
だからと言って、言いふらしたり鵜呑みにする程馬鹿ではないが。
しかし、この学園に転校生とは珍しい。東城は常に定員オーバーの状態だ。
基本全寮制という事もあり、部屋の都合も考えなければいけないし、なにしろ途中編入となるとかなりの難関と聞いた事がある。
実際に自分で問題用紙を見たわけではないから真相は闇の中だが。

「そうだね、仲良くしたいね」

蓮と景吾は見るからに楽しみそうに笑うが、俺はあまり興味がない。
友人になれそうならば仲良くするし、合わなければ無理に関係を持たない。
そう思っているであろう人物がもう一人。
ゆうきは景吾の言葉にも反応せずに気怠そうに机上に上半身を懐かせている。
終いには授業中ずっと眠っていたにも関わらず欠伸を連発する始末だ。
そんな姿に呆れ、ゆうきの漆黒の髪の毛をさらりと指で遊ばせている内に転校生も頭の中から綺麗さっぱり忘れ去られた。
しかし一週間後、景吾の話しは真実になる。

一つ大きな欠伸をしながら意味もなく低い声を出した。
朝は苦手だ。
昨日は香坂の部屋に泊まり求められるがままに抱かれた。
香坂は絶倫かもしれない。若さ故という言葉で片付けられぬ程に凄まじい。
枯れるという事を知らない。それに毎回付き合っていたら大変な事になる。
これからは断る理由を探し、上手く嘘がつけるように練習を重ねなければならない。
腰や身体の節々もまだ痛いし、眠気もどんどん襲ってくる。
しかし無理にでも起きて学校にはちゃんと行く。
友達に会いたいし、蓮が学校は休むなと煩いのだ。

「おはよ、楓!」

「はよ」

景吾は低血圧という言葉とは無縁なのだろう。
太陽の化身のような笑顔を振りまき、その顔を見るとこちらまで明るくなる。

「あのね、明日例の転校生来るんだって!どんな人か楽しみだね!」

「……ああ、あの噂って本当だったんだ。しかも明日って…」

「しかもこのクラスらしいんだよ!いい人だったら仲良くしようね」

景吾は人を疑う事を知らないし、どんな人間だろうが相手の美点を探して掻き集めるような奴だ。
散々な目に遭わされても裏切られても、それでも人を憎んだりはしない。
だからこそ誰からも愛され、そしてこちらも同じように愛するのだが。
たまに、はらはらと心配にもなるが、それも含めて景吾なのだ。
転校生の存在はクラス中、学年中の噂の的だったが、相変わらず興味はない。
誰が来ても、今の生活が崩れなければそれでいい。
もぅ入学してから色んな事がありすぎて今は平和に過ごしたい。



「明日転校生が来るんだって」

今日も香坂の部屋で、ジュースを飲みながら適当に過ごしている。
最近は自室にいるよりも香坂の部屋にいる時間の方が長い。
須藤先輩には申し訳ないが、先輩も蓮と一緒にいた方が幸福だろうし、ギブアンドテイクというやつだ。

「へえ、お前のクラスに?」

「そう。でもこの時期に転校してくるってなんかありそうだよなー」

「どうだろうな。お前、目つけられんなよ」

「目つけられるって…俺どんだけ虐められっ子なんだよ…」

「ちげーよ。惚れられんなって言ってんだよ」

「は?心配しなくても、俺を抱きたいなんて思うのはお前だけだっつーの」

「わかんねえだろ。人の好みは色々だぞ。一人で歩くときは、香坂涼の物ですって言いながら歩け」

香坂は色ボケしているようだ。
正真正銘何処から見ても平凡な男子高校生で顔面偏差値も平均、身長も平均、身体つきも平均の王道中の王道である俺を好む人間が世の中に香坂以外にいるわけがない。
できればその脳味噌を平常に戻してあげたい。

「聞いてんのか?」

「ええ、聞いてますけどそんな事言って歩けないって普通に考えたらわかりますよね?」

「じゃあ…ナンバされたら言え。絶対にだ。いいな」

「はあ…そこで言えばどうにかなんの?」

「なる」

然も当然という口調と表情に呆れる。

「あのさあ、前から思ってたんだけど、お前らってなんでそんなに恐がられてんの?喧嘩強いとか?でも、木内先輩はわかるけど須藤先輩はそんなタイプじゃなさそうだし…」

ぶつぶつ言い出したが、香坂は何一つ答えてくれなかった。
香坂が怒ると怖いのは知っている。
しかし普段は誰彼構わず牙をむくわけではないし、人間関係も穏便に済ませていると思う。須藤先輩も同様に。木内先輩は見た目や雰囲気からして怖いが、別に取って食べるわけでもあるまいし。
完全に思考に潜り込んだ俺に香坂の手が伸びる。
腹辺りをぐっと抱きしめ、自分の方へと引き寄せられた。

「相変わらず細えなー、食ってんのか?」

「食っても食っても誰かさんのせいで体力使うから足りねえんだよ!」

「誘ってんのか?」

「誘ってねぇよ!お前の思考回路、当にどうにかしろ!それから今日はやらねえからな!ただでさえ腰痛いのに…」

「えー…」

「えー、じゃねえ!可愛くお願いしてもだめなものはだめ!俺の事好きならちょっとは労われ」

「…わかったよ」

その夜は本当に手を出される事はなかったが、香坂の腕の中にしっかりと抱き込まれたまま眠り、息苦しさを感じながらも素直に幸福を噛み締めた。

素直になる事にはまだ慣れないが、最近は甘える事を覚えた。
香坂も俺が甘えると、ひどく嬉しそうな顔をする。
その顔が見たくて不意に甘えるのかもしれない。


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