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この道を急くのは今日何度目だろう。
できれば、これからも香坂の部屋へ続くこの道を当然のように歩き続けたい。
勢い良く部屋を出た時のように、今度はドアを開ける。
ノックをする余裕なかった。
早く、一秒でも早く顔を見て、話したかった。
幸運な事に香坂はリビングにいて、息を切らしている俺を振り返ったで。

「何だ、帰ったんじゃなかったのかよ?」

「香坂……話があるんだ…」

「さっきは俺に話す事なんてないって啖呵切ったくせに、何だよ」

香坂はいつもの余裕な態度を崩し珍しく怒りを露わにしている。
美貌が冷酷な瞳で一層際立っているように思える。
怒りの原因は俺の態度に関係しているようで、俺の一挙手一投足で香坂の感情がぶれるのが嬉しくて仕方がない。
それで怒らせてしまったとしても。

「香坂……俺、お前が好きだ」

何度も伝えようと思い、色んな感情に邪魔されて伝えられなかった魔法の言葉。
何かが吹っ切れた俺は、意外にもすんなりと喉から言葉が出た。
羞恥も感じない。
香坂にどう思われても構わない。
ただ、俺が伝えたかっただけなのだ。

「……好きって…」

予想通り言葉も出ないようだ。当然だろう。先ほどまで毛を逆立てて威嚇していたのだ。それがころりと豹変すれば誰でも一驚する。

「いつの間にかお前の事好きになってた。蓮の事も好きだけど、それとは違う。さっき泣いてたのも、お前が他の人と抱き合ってるのが辛かったから…」

逸る気持ちと比例して早口で捲し立てた。
ただ自分の気持ちを正直に、素直に言う事に必死になる。
案外素直になるのも悪くないと、頭の片隅で思った。

しかし、その次に生まれた沈黙に段々と恐怖が胸を一杯にする。
香坂の言葉が怖くて逃げるように俯いた。

「……知ってたよ」

「は?」

「お前が俺の事好きだって知ってたって言ってんだよ」

「な!何で!?」

「お前の態度見てればそれ位わかる。俺から言ってもお前の性格なら素直に言わないだろうし、お前から言ってくれるの待ってたんだよ」

香坂の告白に唖然とした。開いた口が塞がらない。
俺の苦悩は一体何のためだったのか。とんだ茶番ではないか。

「知ってたなら言えよ!」

「お前が素直になるとこが見たかった」

たったそれだけの理由で今まで散々焦らし、掌で転がして遊んでいたというのか。
一世一代の告白だったはずなのに、あんまりではないか。

がっくりと肩を下ろす。
こういう男だという事を忘れていたようだ。
香坂は大人で、俺の思考も全て読み取り逆手にとってほくそ笑む、そんな最低な男だ。
しかし怒る気にはなれないのは、そんなところにもまた惹かれてしまうからなのだ。

「…そうかよ…言いたい事はそれだけだ。じゃあな」

真摯な言葉や返事が待っているかと思ったのだが、自分が想像していたものとは真逆だった。
須藤先輩は真剣に俺の話聞いてくれると言っていたが大きな間違いだ。

「おい、俺の答え聞かなくていいのか?」

「もういいよ。お前が俺に本気じゃねえのはわかってるし、これ以上お前に遊ばれるのは御免だしな」

「誰が遊んでるって言ったよ」

「さっき俺じゃない奴と抱き合ってただろ、それで充分わかってるよ」

「あれは、抱いてくれってしつこかったから。気持ちはねえよ」

「気持ちがなくてあんな事できるんなんて、随分器用ですこと…」

「妬きもちか?安心しろ。気持ちはお前にくれてやるよ」

「は?」

香坂の言葉が理解できず、何とも色気のない声が出てしまった。

「あれ?嬉しくねえの?お前とちゃんと付き合ってやるって言ってんのに」

「……付き合って…」

これは夢だろうか。身体を安く切り売りしても心は誰にも触れさせない、その心に近付こうとすればするほど逃げていく香坂が、心を俺にくれると確かに言った。

「付き合って…やる…」

何度も小さく復唱し、漸く理解ができた。
いや、しない方がよかったかもしれない。精一杯の告白の答えは上から目線の傲慢そのものだ。
これではまるで、懇願して無理矢理付き合ってもらうみたいだ。
そんな力関係が悔しい。

「付き合ってやるのは俺の方だ!」

仔犬の様に騒ぐ俺には構う事なく、香坂は優しい微笑みで俺をいきなり抱きしめた。
この腕の中にいる時だけは少しだけ、素直になれるような気がする。
顔が見えないからというのもあるけれど、香坂の熱に心が解されて、この瞬間だけは…。

「拗ねんなよ。お前に俺の気持ちやるよ」

「…気持ちだけ?」

「身体も欲しいのか?」

「他の人と寝たら嫌だ…」

「欲張りだな…じゃあ心も身体もくれてやるよ…」

「…浮気すんなよ」

「ああ」

香坂の腕の中がやはり一番安心する。
この腕も、気持ちも何もかも俺のもの。
他の人には渡さない。

柄ではなくとも素直になってよかった。
結果が良かったからそう思うのではなく、人として誰かを好きになって、それを口にするという行為が本当に大切な事だとわかったから。
傷つける言葉も溢れているが、それよりも人を温かい気持ちにする言葉の方が沢山あるはずだ。

恋なんて、醜い部分ばかりが露呈してその度失望して、傷ついて傷つけて、踊らされて格好悪い。
でも、お前のためならその全部を受け入れようと思える。
人生最大の大博打を打ってもいいかと思うのだ。
勿論、こんな風にした責任はとってもらうとしよう。

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