Episode5:こたえ
須藤先輩に話し、俺のこの心の叫びは止まるものだと思っていた。
しかし、結局あの後も香坂に何も伝える事ができず仕舞い。
何度も勇気を出そうと頑張ったが、いつも強がってる香坂に今更素直になるのは恥ずかしくて、それ以上に俺が本心を言ったなら俺達のバランスが崩れそうで恐怖が勝って口を開けなかった。
こんなに自分が女々しい生き物だとは思わなかった。
男なら当たって砕けろと何度も何度も自分を鼓舞したが、俺の男心はあっけなくも崩れ堕ちる。
これではいけない。
ちゃんと香坂と面と向かって話さなければ。
須藤先輩も香坂なら真剣に話しを聞いてくれると言っていた。
俺とは付き合えないと言われても、俺が納得するように話してくれるだろう。
女性が男に告白するよりも、何十倍もの勇気を出さなければ伝える事ができない相手を好きになってしまった事を後悔してしまう。
俺が本心を言わなければ、蓮のためだと偽ってでも傍にいられるのならば、それでもいいかと甘んじたが、好きだと認めてからは一緒にいるのが辛い。
付き合ってると言っても、二人でいる時に恋人らしさを求めては俺の気持ちが知られてしまう。
この微妙な距離のとり方が最近はわからなくなり、素っ気無い態度をとってしまう。
本当はその腕に縋りたいし、時間が許す限り同じ空間にいたい。
もっと素直に…何度自分に言い聞かせた事だろう。
蓮が素直に須藤先輩に甘える姿を見ては俺もああなれたらと何度思った事だろう。
蓮は相変わらず心配そうな瞳で俺を見るが、須藤先輩に話して幾分気が晴れた俺は、無理に笑顔を作る事にも慣れてきた。
あれから一ヶ月近くが経とうとしている。
それだけの時間毎日悩んでいたら、悩んでいるのが普通になってしまった。
香坂の事を考えない日はないし、それと同時に胸が苦しくなるのもいつもの事だ。
最初の頃に比べれば、だいぶ心が強くなったと思う。
学校から戻り、部屋の扉を開ける。
蓮はまだ帰っていないようで、主人不在の部屋の空気は冷たく、俺を不安へと駆り立てる。
最近情緒不安定でやりきれない。
母親がいなくて心細い子供のように、ちょっとした事で感情が暴れ出す。
俺の中にこんな感情もあったのかと、新しい発見をできたと、プラスに考えるのも限度があった。
こんなにも辛くて、胸が苦しいのに、香坂を好きだと感じた瞬間から、世界が美しく見える。
禁忌の恋をしているのに、おかしいとわかっているのに。
いつもと変わらず、制服のまま傷心に浸っていると、扉が開く音と共に蓮が帰って来た。
「須藤先輩の部屋に行ったんじゃなかったのか?」
「帰りにコンビニ寄ってたから遅くなっただけだよ。先輩は部屋に戻ったから、今日はここにいていいからね。いつも楓には気を遣わせてるからさ…」
「そんな事ねえよ。俺が好きでやってる事だ。気にすんな」
蓮の柔らかな頭をくしゃっと撫でれば無邪気な笑顔。この笑顔に何度救われた事か。
蓮も俺も制服の上着とネクタイを緩めたままのだらしない格好で話しに夢中になっていると、こんこんと二度扉を叩く音。
この部屋を訪ねてくるのは須藤先輩かゆうき、景吾くらいだ。
ドアに近い俺が開ければ、予想通り須藤先輩の姿。
「久しぶりだね、楓君」
「先輩…俺部屋出ますね」
「今日ここに来たのは、楓君と涼にちゃんと話して欲しいからだ。部屋に行けば涼がいる。話す事、できるね?」
先輩に相談に乗ってもらってからかなりの時間が経過したのに、行動に移さない俺に先輩もじれたのかもしれない。
再び背中を押してやろうと、お節介をしてくれたのだ。
「……頑張ります…先輩、気遣わせてごめんね」
「いや、いいんだ」
「蓮、須藤先輩が来たぞ。俺は香坂の部屋にいるから、先輩が今日泊まるなら連絡してな」
「あれ、来るって言ってなかったのに。楓、ごめんね」
「気にすんなって。じゃあな」
携帯だけを持ち、乱れた制服姿のまま香坂の部屋へと向かう道を歩き出した。
須藤先輩が言うように、もう決着をつける時なのだ。
このまま引き伸ばした所で状況はなにも変わらない。
俺が動かない事には何も始まらないん。
気持ちを落ち着かせるため、制服のポケットに入っていた小銭でジュースを買い、緊張で乾く一方の喉を潤した。
談話室に寄り、何を話そうか、何処からはなそうか、良くは無い頭で伝える言葉を整理していた。
手はうっすらと汗をかき、心臓は今までにないくらい早い。
こんな状態でうまく話す事ができるのか。
携帯で時間を確認すれば、部屋から出て三十分も時間が経過していた。
こんな所で油を売っていても仕方がない。
意を決して椅子から立ち上がる。
談話室から香坂の部屋までは十分程度。
須藤先輩が部屋にいると言っていたから、香坂の携帯には連絡しないでここに来た。
いつもは香坂の携帯に連絡して、部屋に行っていたが、電話だとしても上手く話せる自信がない。
ドアを二回ノックして、香坂が出てくれるのを待つ。いきなり尋ねたら迷惑だろうかと、いらぬ気遣いをしながら。
しかし、何分待っても部屋から香坂が出てくる気配はない。
部屋にいると言ったのに。
もしかしたら擦れ違いで何処かへ行ってしまったのかもしれない。
折角勇気を出してここまで来たのに、これでは損した気分だ。
もしかしたら寝ているのかもしれない、なんて微かな希望を込め勝手にドアノブに力を込めた。香坂が部屋にいなければ、鍵がかかっているはずだ。
しかしドアは希望を繋げるように開いた。
勝手に入るのは忍びなかったが、ここまで来て帰りたくはなかった。
「……お邪魔します…」
悪い事をしているという罪悪感から、声が小さくなってしまう。
部屋へ足を踏み入れ、リビングを見渡しても香坂の姿はなかった。
しかし、つけっぱなしのテレビが香坂がここにいると証明していた。
「…寝室か?」
やはり眠っているのかもしれない。
リビングに併設されている香坂の寝室である一方のドアに近付くと、部屋の中から微かに話し声がした。
テレビの音が煩くて、誰の声かははっきりしないが、香坂と別の誰かがいるのは明らかだ。
香坂はそこで何をしているのか、誰と一緒にいるのか、見たくない、知りたくないと思う前に手が動いていた。
咄嗟にドアを思い切り開けた――。
俺は走り出していた。何処へ向かっているかなど自分でもわからないまま。
見たくなかった。
香坂が見た事のない女性とベットの上で抱き合い、これから事に及ぼうとしている所なんて。
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