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俺と蓮はゆうきに手を引かれ、教室を出てそのまま寮へと戻った。
向かった場所は、ゆうきと景吾の部屋だ。
笑顔で迎えてくれた景吾は、部屋の中に俺らを招きいれた。

「あれ?三人ともそんな顔してどうしたの?蓮は泣きそうだし、ゆうきは怒ってるし、楓は心ここにあらずって感じだし…なんかあった?」

ああ、景吾。お前の顔が懐かしいよ。
いつもは鬱陶しいくらい元気な景吾が、心配した面持ちで問いかける。

「…ちょっとな」

「僕達は大丈夫だけど、楓が…」

蓮が事の発端を掻い摘んで景吾に話せば、景吾も怒りをあらわにする。

「なんだよそれ!香坂先輩相当遊んでるって噂だし、気をつけろよ、楓」

「ああ…」

二度と顔も見たくない程むかつくが、皆に心配してもらい怒りを共有してもらい、俺のために怒ってくれたり、庇ってくれたりされると、友達とは尊いと改めて感じる。

「蓮、お前も色々言われてたけど、大丈夫だったか?」

自分の事よりも蓮の方がはるかに心配だ。
俺の場合は口も達者だし、身長や体格、力だって並みではあるが男そのものだ。
しかし、蓮は背も出逢った頃といまいち変わらないし、運動は苦手だと言い、鍛える事を拒む。

「大丈夫、だと思う」

「何だよ大丈夫だと思うって」

「楓が香坂先輩と話してる時に気付いたんだけど、香坂先輩と一緒にいた人がずっと僕の事見てて…」

思い出したくもないが、記憶をたどってみれば、憎き香坂の隣には二人先輩がいた。
一人は黒髪短髪の無愛想な奴で、もう一人はあの先輩達の中では感じのよさそうな、眼鏡をかけた優しそうな人だった気がする。

「どっちの人?」

「えっと…眼鏡を掛けてる先輩」

蓮の答えにほっと胸を撫で下ろした。黒髪の方だったらどうしようかと思った。あいつも絶対香坂と同じタイプの人間だ。

「あの先輩なら優しそうだし、目をつける事もなさそうだよな。でも、何かあったら俺に言えよ?」

「大丈夫だと思うけど…」

「ゆうきは大丈夫だった?何かされなかった?」

景吾がゆうきの背中に飛びつきながら問う。
景吾とゆうきも中学からずっと同室で、俺らが呆れる程に仲が良い。友人というよりも兄弟のようだ。

「俺は別に」

いや、俺を庇って結構すごい事を先輩に向かって言ったような。

「大丈夫じゃねえよ、ゆうき!お前あんな事先輩達の前で言って……なんか、俺のせいで悪いな…」

「お前のせいなんかじゃねえよ。俺がああしたかったんだ」

ゆうきは抑揚のない声で、それでも静かに言ってくれた。
それでも、心配でしょうがない。俺より小さくて、こんな細いゆうきが百八十以上はあるであろう香坂達に殴られでもしたら、骨が一瞬で折れる。
いや、殴られるならまだしも、変な事をされたら。
ゆうきは見るからに美人顔だ。
それは学年一、二を争うくらいで。陰のある雰囲気がより一層興味をそそられる。
あまり感情を顔に出さないゆうきが、少しでも微笑めばみんなゆうきの虜だ。
しかし残念な事に、ゆうきはそれを武器にする事もなく、容赦なく近付くな、触れるなという雰囲気を全身から出しているため、迂闊に近付く馬鹿はいなかったが、あいつらならやりかねない。
入学してたらまだ少ししか経っていないのに、こんな事で頭を悩ませる事になるなんて。
本気で浅倉恨む。
でも、委員会がなければ会う事もないだろうし、あんな反抗的な態度をとれば、あいつももう気に入ったなんて言ってられないだろう。



そう思っていたのに。
俺ってつくずく甘い考えの人間だよ。

昼休み、購買へ飛んでいく景吾を見送り、いつものメンバーで弁当を食べる。
直に腕いっぱいに食料を抱えた景吾も戻ってくるだろう。

昨日の出来事は暗黙の了解で、口に出す事は皆しなかったが、噂というものは光りよりも早い事を忘れていた。
朝からクラスの奴らに、

「香坂先輩のお気に入りになったんだって?頑張れよ」

なんて言われる始末だ。何を頑張れというのだ。
うんざりする思いも、蓮がいればなんとかなった。

今日も大量だと笑顔で戻ってきた景吾を含めて、全員が飯を食べ終わった直後だった。

「蓮、客だぞ」

クラスメイトが蓮に告げ、その視線の先を辿れば、昨日蓮がずっと見られていたと言っていた、あの先輩が廊下に立ち、こちらを見てにっこりと微笑んでいた。
接触しないようにと思っていたのに、あっちから来るとは。これは誤算だ。

「僕に用事なの?」

「みたいだぞ。夏目蓮って言ってたし」

「蓮、一緒に行こうか?」

俺やゆうき、景吾も心配でたまらないのだ。
プラス、他の男と蓮が話すのは嫌だという幼稚な嫉妬もあるけれど。

「いや、僕に用事みたいだから、一人で行って来るよ」

いざという時、蓮は変な強さを発揮する。頑固というか…俺ならばクラス全員引き連れて行くね。
あの先輩は優しそうだが、香坂と一緒にいる時点でまともな人間ではないだろうと勝手に決めつける。
見た目や雰囲気で判断できない。類は友を呼ぶと言うではないか。
一人でうだうだ考えている内に、蓮は先輩の元へと歩いて行ってしまった。

何かあったら助けに行けばいいし、人がこんなにいる所でどうこうしないだろう。
蓮に手出したら、間違いなくぶっ殺す。

はらはらしながら、蓮と先輩を見ていたが、二人とも笑顔だし、嫌な話ではなさそうだ。
俺以外の奴にそんな笑顔見せるなんて…。
男のくせに嫉妬に駆られてしまう自分が、情けなくてしょうがない。
誰の目にも触れさせずに大事にしまっておきたい程に蓮が可愛いのだ。

そんな二人を見ていられなくて、俺は外を見るふりをして、自分の感情を押さえつけた。

暫くすれば、蓮は戻って来て、満面の笑みで俺にこう言った。

「須藤先輩、いい人だったよ。すごく優しくて、昨日の事謝ってくれたんだ。でね…」

花が満開になったような笑顔で、俺じゃない他の男の話をされるなんて。
押し込めたはずの感情がまた湧き上がってくるのを感じた。

「蓮、須藤先輩だってあいつと仲いいんだからいい奴なわけないだろ!見た目に騙されてんだよ!」

怒りを露わにして、俺は一人教室を後にした。完璧に八つ当たりもいいところだ。

今までだって、蓮に近付く男や、仲のいい奴もいたはずなのに、何故相手が須藤先輩だとこんなにも気に食わないのか。
何故かはわからないが、兎に角苛々してしまう。
もしかしたら、須藤先輩に嫉妬しているのかもしれない。
優しげな雰囲気も、大人の余裕を見せる態度も、全て俺にない物であり、そして俺が欲しいと願っているものだからだ。

第一須藤先輩が蓮をどうこうしようと思っていると決まったわけではないのに、何故こんなに苛つくのだろう。
いくら蓮が可愛らしい顔をしているとは言っても、男である事は確かだし、誰しもが男より女がいいに決まっている。
須藤先輩も、あれだけ顔が良ければ女性に好かれないわけがない。
女に苦労していない人間が、わざわざ男で代用するわけがないのだ。

蓮を傷つけるような言葉を言ってしまった自分と、こんな醜い感情に眩暈がした。

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