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「蓮が今まで君の弱った姿なんて見た事なかったのに楓君が辛そうだって。それなのに楓君は何も言ってくれなくて、僕ってそんなに頼りないかな…ってね」

「そんなんじゃないです。蓮が頼りないとかそういうんじゃ…」

「涼絡みだからこそ、蓮に何か話せない事情でもあるんだろ?涼の反応を見てればなんとなくわかるけどね。急に楓君とつきあうようになったなんて、あいつの口から出た時から、おかしいとは思ってたんだ。あいつは、遊びで誰かと寝る事はあっても、人と付き合うなんて事はないからね」

「え…?」

あれだけ経験豊富な人だから、色んな人と交際を重ねてきたのだろうと思っていた。
じゃあ俺はとは何故…?俺が嘘をついたから仕方なく…?

「涼と本当にに付き合ってるの?」

真っ直ぐに俺を見据え、直球な質問をされる。
いつもにこやかに笑う須藤先輩から笑顔が消えると、別人のようで、恐ろしいとさえ思ってしまう。
その瞳に逆らう術を知らない俺は、素直に首を横に振った。

「…やっぱりね。どうして付き合う事になったの?」

口調は優しいがどこまでも俺の心を抉るように、その瞳は強い光を放ったままだ。

「蓮が…俺に遠慮して須藤先輩との関係を絶つなんて言うから、蓮を自由にしてやりたくて、咄嗟に…」

「…やっぱりね。そんな事だろうと思ったよ。別に責めてる訳じゃない。楓君の優しい嘘のお陰で僕と蓮は一緒にいられるのだから、感謝してるよ。でも、何か悩みがあるんだろ?」

真実を告げれば須藤先輩の顔に笑顔が戻った。
いつもの優しい、蓮が大好きな笑顔だ。その裏に潜む修羅を蓮は知らないのだろう。
しかし、須藤先輩の雰囲気は何処か懐かしい。
兄はいないからわからないが、本当の兄のように頼りたくなる大きな包容力を持っている人だと思う。
蓮や香坂の前では強がってしまう俺も、須藤先輩の前ではその強がりさえ無駄な事に感じられて珍しく素直になれていると思う。
悔しいが、どんな虚勢を張ろうともすべて見透かされるのがオチだとわかっているからだろうか。

「悩みは…あるけど…」

「涼の事で悩んでるなら、力になれると思うよ?」

蓮と須藤先輩と三角関係だった時は憎くてしょうがなかったのに、今こんなに穏やかな関係でいられるなんて不思議だ。
目も合わせたくないし、話すなんて以ての外だと思っていたのに。
どんなに憎くとも、本気で須藤先輩を嫌いにはなれなかったのは先輩の人間性のためだろう。
見栄を張り自分を大きく見せる男は多いが、須藤先輩は本当に懐の大きな人間だ。
俺の出口のない悩みも、先輩に話せば解決の糸口が見つかるだろうか。

「……蓮には絶対言わないで下さい…」

「約束するよ。蓮に言ったら、僕には何も言ってくれなかったのにひどいなんて言われ兼ねないからね」

「じゃあ話しますけど俺も何に悩んでるか、まとまってなくて…色んな事がぐちゃぐちゃになって…だからうまく話せないと思います…」

「それでいいよ。どんな言葉でも、ちゃんと聞くから」

穏やかに微笑む表情に棘が刺さった心が少しだけ解れていく気がした。

「香坂と付き合う事になっても、俺は蓮を想ってました。蓮が一番大事だし、誰よりも愛おしかった。でも…段々俺の頭の中は香坂で一杯になって……それが何故か認めたくなくて、理由をつけては逃げてたけど、もう認める事にしたんです。俺はあいつが好きだ。でも近いようで遠い距離をどうしていいかわかんなくて、あいつの本心がどこにあるのかもわかんなくて……たらしの香坂を好きになったところで、傷つくのはわかってる。離れたいのに、離れられなくて、どうしていいかわかんなくて、それで……」

一つ一つ言葉を探しながら、でもうまくは話せない俺の気持ちを、須藤先輩は頷きながら真剣に聞いてくれた。
蓮のためだろうが、俺の話を真面目に聞いてくれる事が嬉しかった。

「そっか。無理に話させてしまったかな?」

「そんな事ないです」

心配そうに問いかける須藤先輩に、力一杯否定した。
感謝している位だし、本当に話す気がなかったら絶対話さない。
誰にも打ち明けられずに苦しかった。神にでも縋る想いだったのだ。

「でもね、楓君が涼を好きになるのは、しょうがない事だよ。あいつの周りには自然に人が集まってくる。人とは違った雰囲気があいつにはある。そこに惹かれる奴だってたくさんいる。それが恋愛感情か、友情かの違いで、僕だってその中の一人だ」

確かに、香坂には雰囲気が備わっている。
勿論、須藤先輩も同じだ。
そのタイプは別であっても、どちらも凡人には辿り着けないようななにかがあると思う。
類は友を呼ぶとはこの事だと思う。
カリスマ性がある人間には、同じくカリスマ性を持って生まれた人間が近くにいるものだ。
いつも一緒にいるもう一人の木内先輩だってそうだ。
三者三様に、その色は違えど、誰もが引き込まれるような瞳、雰囲気を兼ね備えている。

「涼を好きになる事を恥じる事はないし、悔やむ事もないと僕は思うよ」

「でも…あいつを好きになったって、不毛な恋だ……俺だってもう傷つきたくない…」

「楓君らしくないな。結果を知る前に逃げようとするなんて……まだどうなるかわからないだろ?」

俺の何がわかると言ってやりたかったが、確かに、結果が見えないうちから逃げるのは自分らしくないかもしれない。
でも、恋って人を臆病にさせるものだ。
須藤先輩にはこの気持ち理解できないだろうか。
両手に全てを持っている人間には、何も持っていない人間の気持ちなどわからないのかもしれない。

「でも、あいつの周りには羨ましいくらいに沢山の女の人がいるだろうし、今あいつが何で俺に執着してるのかわかんないし、あいつが俺の知らない人と一緒にいるだけで気持ちが沈む……こんな状況を続けるなんて、心も身体ももたない…」

「そうだね。恋愛って疲れるからね。でも、それは幸せだからこそ感じられる辛さなんだよ」

その意味がわからずに首を傾げると須藤先輩はこう言った。幸せがなかったら、辛さだって感じられない、と。
そう思えば辛さも幸せという証なのかもしれない。

「涼が何故楓君に執着しているのか、それは僕にもわからない。あいつが何を考えているのかは未だに理解できないからね。でも、それは涼本人から直接聞けばいい。今の状態が辛いなら、抜け出せるように自分で行動を起こさないとね」

蓮との関係が崩れた時も、香坂は同じような事を言ってくれた。
悩むくらいなら行動しろと。
頭ではわかっていても、その先の事を考えると怖い。

「楓君の本心を言って、気持ちが通じなかったとしてもいいじゃないか。どうせ同じ辛さを味わうなら、結果が見えた辛さの方がいいだろ?結果がわからないのに、悩んで泣いて……そんなの意味ないって思わない?」

「……思う…」

「楓君は頭のいい子だから、僕が言わなくてもわかってると思うけどね。ただ、頭ではわかっていても、実際に行動に移すのは怖いよね。でも、そこで頑張らないと、幸せは掴めない。勇気を出した人間にしか幸せは訪れないからね」

須藤先輩の言葉は、心にすうっと自然に入り込んで、荒れていた心が、少しずつ穏やかさを取り戻しているようだった。

「僕も偉そうに言えた立場じゃないんだけどね」

「…先輩も、人を好きになって悩んだりした?」

「僕だって人間だからね。たくさん悩むよ。蓮のときだって、情けないくらいに悩んでたよ」

「……意外。先輩なら、何でもそつなくこなしそうなのに…」

「そんな事ないよ。僕も、楓君と一緒。そして、涼もね。あいつも何も考えてなさそうだけど、色々考えてると思うな。みんな同じように悩むし、傷つく。口では偉そうな事を言っても、僕達まだ高校生だしね。
今の楓君の悩みを解決するには、涼と向き合わなくちゃ。それからじゃないと話が進まない。あいつなら、真剣に話を聞いてくれるから…頑張るんだよ?」

「…はい。先輩、話聞いてくれてありがとう。だいぶ楽になった。まさか、先輩に助けられるとは思わなかったけどね」

感謝の気持ちと、ちょっとばかりの皮肉。
これくらい言っても罰は当たらないだろう。完全に悔しさが拭えたわけではないのだ。

「はは。楓君にそう言われると辛いなあ。また何かあったら、いつでも頼るといい。蓮には言えない事もあるだろうしね。僕でよかったら、だけどね」

「先輩、香坂と同じような事言うんですね。やっぱり、先輩達って似てるよ」

「涼と一緒にされるのは心外だなあ。僕はあいつみたいに俺様じゃないよ」

「先輩は蓮命だもんね。蓮を大事にしてくれてるみたいで安心しました。あいつの事、宜しく頼みます。マイナス思考で、たまに大変だなって思うかもしれないけど…」

「ああ。蓮の事はちゃんと大切にするよ」

「先輩も、蓮の事で悩んだら俺を頼ってもいいんだよ」

「そうだね。その時はお願いしようかな。僕が泣いたらちゃんと慰めてくれよ?」

「げっ、先輩が泣く所は見たくねえ…」

軽口を叩いてはいるが、先輩には本当に感謝している。
思った通り先輩は背中を押してくれた。
先輩は香坂と一緒にするなと言ったが、やはり似ていると思う。
大人な考えができるところも、つい頼ってしまうところも。
言い方ややり方は違くとも、導いてくれた事には変わりはない。

一人で悩んでいたのが嘘のように晴れ晴れした気分だ。
これからどうなるか、どうするかは自分次第だが先輩の話を聞いて言葉の大切さを改めて実感した。
人に気持ちを伝える術は言葉しかなく、素直にそれを伝える事がどんなに大事な事かわかった。
俺は俺なりの言葉で、あいつに伝える。
そこにどんな結果が待ってようと、大事なのは結果ではない。
好きな奴に好きと伝えるのがこんなに大変だとは思わなかった。
たった二文字の言葉が言えないなんて。
こんなに簡単な言葉はないのに。
もっと難しい言葉を使って会話してるはずなのに。
人間っておかしな生き物だ。
でも、そのたった二文字が持つ威力も知っている。
俺がその言葉を言ったら、あいつはどんな顔をするのだろう…。

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