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蓮に指摘され、今自分がどんだけ情けない表情をしているのかやっと気付いた。
そして意識すればするほど、涙腺が言う事をきかない。
泣くな、止まれと焦れば焦る程コントロールができなくなる。
本当に情緒不安定だ。
こんな姿蓮には絶対見せたくない。

「楓…辛い事があるなら言って。今まで楓が僕を守ろうって必死だった事知ってる。でもこれからは僕も楓を守りたいんだ」

俺が無理に男らしく振舞ってた事、蓮は気付いていたようだ。
今までの俺の苦労は…などと思ったが、蓮は見た事もないような、強さの中に優しさが混じった瞳をしていて須藤先輩の存在の大きさを思い知らされた。
俺ではこんな瞳にさせられなかっただろう。

「楓…無理に聞こうとはしないけど、きっと香坂先輩と関係してるんじゃない?今日香坂先輩と一緒にいる楓いつもと違ってた」

「……そんなに態度違ったか?」

「うん。何だかよそよそしい感じで、香坂先輩を避けてるみたいだった。先輩だって何かあるって気付いてるはずだよ」

蓮との関係が崩れた時も思ったが、香坂は勘が鋭い。
蓮でも気付くくらいだから、香坂も勿論気付いているのだろう。
もしかしたら、昨日一緒にいた時から俺の態度の変化には勘付いていたのかもしれない。

「そっか…」

さっき溢れた涙と共に俺の心の余計な部分も一緒に流れたようで、いくらか気分も晴れた。

「僕が立ち入った話を聞くのもどうかと思うけど…楓、香坂先輩に浮気でもされたの?」

「そんな事ねえよ。浮気なんてされてない…」

だって、本当につきあってるわけではないのに、浮気なんておかしい。心など俺にはないのだから。
あいつが何処で誰と一緒にいようが、それを咎められるような関係ではない。
心配そうな瞳で懸命に力になろうとしてくれている蓮を見ると、嘘をついている事への罪悪感が圧し掛かかってきた。

「香坂先輩って色々噂も耐えない人だったから…楓とつきあっても浮気しちゃうんじゃないかなって心配だったんだ…この前も僕が先輩と一緒にいる時に、香坂先輩が可愛い人と一緒にいてね…須藤先輩は唯の友達だって言ってたけど、すごく親しそうで楓には心配させないように黙ってたんだけど…」

朝日のように清々しい気持ちは蓮の告げる真実で、また闇に支配される事になった。
あいつが、誰と何しようが関係ない。
関係ないのに、何故こんなにも気になるのか。何故こんなにも苦しいのか。

「…楓本当に大丈夫?」

「あ…?ああ、大丈夫。俺の事は気にすんな。それより、蓮は須藤先輩と仲良くやってんのかよ?」

「…まあ…」

何も話そうとしない俺に諦めたのか、それ以上は詮索しようとはせず俺を元気づけようと笑顔を向けて他愛のない話をしてくれたが、俺は表面上笑顔を作る事で精一杯だった。
蓮も俺の精神状態がぎりぎりだと悟ったはずだ。
でも、これ以上心配は掛けたくなかったし香坂との不埒な関係を蓮に言うわけにはいかない。
蓮を守るためなのだと頑なに意地になっていたが、本当は蓮に話して香坂との関係が終わるのを恐がってるだけだと何処かで俺は気付いていた。
本当はこの胸の苦しみも、辛さの理由だってわかっている。
けど、それを認めるのがとても怖い。
どこまでが本気でどこまでが嘘かわからない香坂の言葉と態度に踊らされ、結局傷つくのは俺一人だとわかっている。
だから、だから俺は香坂が怖い。
底が見えない人間を好きになるのは辛い。
あいつとどんなに一緒にいる時間が増えても、安心感なんて物は程遠い産物だ。
あいつに縋ったなら、きっと俺を抱きしめてくれるだろう。
けど、あいつの本心は何処にあるのだろうか。
あの嘘くさい笑顔の裏にある本心は。
できればこれ以上心を掻き乱してほしくはない。
いつの間にか蓮から香坂へ向かった恋愛感情が、同じように香坂から他の誰かへ向かってくれればいいのに。
感情が、自分の思う通りに動いてくれればいいのに。
表では恋人同士の二人なのに、裏を覗いてみればすれ違い。
手を伸ばせば届く距離にいるからこそ、この関係がもどかしくてしょうがない。
いっそ離れてしまえば楽なのに、それができる程強くはない。
今夜もきっと香坂を想って寝付けず、月の光を見ながら黒い涙を流すのだろう。



昼食後の体育なんて、これ以上気怠いものはない。
春の陽気に相俟って、マラソンなんてやってられない。
それでなくとも、食欲がなくて動きたくないのだ。

「先生、調子悪いんで保健室行って来ます」

「…そうか、わかった。無理するなよ」

いつもはどうせサボりだろう、なんて言う体育担当の教師も今日はすんなり保健室へ行く事を許してくれた。
それ程今俺の顔は青冷めているのだろう。

確かに調子は悪かったが、それは身体の不調ではなく、気持ちの不調だ。
保健室行きを了承してくれた事だし、ベットで一眠りしよう。
昨日、一昨日とまともに眠れなかった。
今の状態なら、厳しい光ちゃんだってきっとベットを貸してくれる。
グラウンドから、保健室へ向かう廊下を歩いていると、授業中で人はいないはずなの廊下の壁に背中を預けている人物と目があった。

「…須藤先輩?何でここに…」

「ちょっと、ね。ちょっと時間いいかな?」

「…はい」

須藤先輩はそのまま踵を返し階段を昇って行った。それに素直に着いて行くと、サボリの名所である屋上に辿り着いた。

少し肌寒かった風も、すっかり春の陽気に変化していて、この時期なら外にいるのも快適だ。
フェンスに寄りかかる先輩から少し離れ、何のために授業をサボってここに俺を連れて来たのか聞いた。

「ちょっと、蓮に楓君の様子がおかしいって聞いてね。別に無理矢理話しを聞こうとしてる訳じゃないけど、僕も蓮の辛そうな顔は見たくなくてね…」

「なるほど…」

この人の事だから俺のためではなく、蓮が縋ったからなのだろう。
しかし、常に香坂と一緒にいる須藤先輩と話してると、香坂の近くにいるようで、悪い気はしなかった。


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