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さも面倒くさそうにソファから立ち上がり、扉を開けた香坂の方をちらりと覗き見、誰が来たのか確かめた。
そこには、一瞬で視線が奪われる金色があった。
人工的な奇抜な金色ではなく、天然のブロンドなのだと一目でわかるそれは、とても、とても綺麗だった。
僅かにしか見えない風貌も、こんな人が学園にいたかと首を捻るほどに、綺麗な人だった。
ネクタイの色を見る限りでは一つ先輩。香坂と同じ学年という事になる。

「翔、どうした?」

「これ、借りてたCD。随分長く借りててごめんね。ありがとう」

「ああ、別に構わない。上がってけって言いたいところだけど、先客がいるんだ。悪いな」

香坂がそう言うと、壁と香坂の隙間からこちらを伺う金色の先輩と目が合った。

「楓君が来てたんだね…ごめんね。お邪魔しちゃったかな」

「いや、そんな事ねえよ」

「じゃあまた明日学校でね」

儚い笑顔を向け、先輩は去って行った。

「今の誰?」

帰って来た香坂に、思わずそんな質問をしてしまった。
これでは彼氏に今の女誰よと聞くヒステリックな女のようだ。

「同じクラスの奴だ。仁と同室。何だ、妬きもちか?心配しなくても、ただの友達だぜ?」

「誰が妬くかよ!……ただ、俺の方が邪魔だったかと思っただけだよ」

「そんな事ねえよ」

香坂はそれ以上は話そうとしなかったが、思ってもないくせに俺が邪魔かと問い、否定して欲しいと思ってる自分がいて。
そんな駆け引きなんて柄じゃないのに、どうしてしまったのだろう。
香坂といると、日に日に自分の中の女々しい部分が顔を出してうんざりする。
ただ、あの綺麗な先輩の香坂を見る目は、蓮が須藤先輩に向ける眼差しにとても似ていて、心の何処かで焦ったんだ。
きっと、あの人は香坂に好意を寄せている。それが愛情なのか羨望なのか友情なのかはわからないが。
それなのに、俺に嫌な顔する事もなく、仕草も対応も優雅で品があり、スマートだった。
あの人からしてみたら、俺はただの泥棒猫だ。
そう思ったら、香坂を想ってる人間はこの学園に何人いるのだろかと疑問に思った。
憧れと恋は酷く似ていて、若気の至りで恋と勘違いをしている生徒も多いと思う。
何故香坂が俺に執着するのかはわからないが、蓮との関係が一段落したら、この仮初の恋人関係は終わりを告げるのだろうか。

「おい、ぼうっとしてどうしたんだよ?」

香坂の声にはっとした。

「い、いや…別に…」

俺は何を考えているのだろう。
別にこいつのと関係が終わろうが、どうでもいい事だ。それはむしろ好都合で。
好きでもない相手と恋仲を演じるのはとても疲れるし、早く自由になって次の恋に走り出したい。
それなのに、この心に感じる僅かな隙間風のようなものは何なのだろう。

「別にって感じじゃねえけどな。また蓮の事考えてたのか?何かあったのなら話してみろ」

香坂の言葉は的外れだった。
的確な答えと言葉をくれる香坂も、人の気持ちまでは読めないらしい。
蓮を想う時間は日を追うごとに減っている。何故なのかはわからない。
もっと一緒にいれば辛く、苦しい日々が待っていると思っていたのにだ。
須藤先輩に嫉妬して気が狂うのではないかと予想していたのに、割と穏やかな毎日を過ごしている。

「蓮とはいい友達関係を続けてるよ。お前が心配しなくても、須藤先輩にも嫌な顔しないで接してるし、須藤先輩もお前と違って優しいからな」

「お前は優しい奴が好みか…なら、俺も優しくしてやろうか」

「…いえ、結構です…」

香坂が須藤先輩並に優しい姿なんて、想像しただけでも鳥肌が立つ。
何か企んでるようにしか見えない。

その日も結局香坂は俺に手を出す事はなく、それに焦りを覚えてしまった自分がいた。
さっきの先輩の事や、他の人から俺達はどう見えてるのだろう、なんて事が気になったりして、いつもはベットに入ればすぐ眠れるのにうまく眠れる事ができなかった。
蓮のように素直に自分の気持ちを言う事ができればいいのに、強がってしまう自分の性格をこんなにも憎らしく思った事はない。



授業など退屈なだけだと欠伸をしながら眠ったり、近くの席の景吾とこっそり話したりするのが日常なのに、昨日の事が頭を過ぎり自失するだけだった。
みんなに笑顔は見せれるけれど、頭の中は何故か香坂の事だけ。
一体どうしてしまったのだろうか。

「楓、ちょっと話があるんだけど」

寮の部屋へ着き、ブレザーを脱いでいると真剣な表情の蓮に声を掛けられ、何となく今日の俺の様子の事だろうと勘付いた俺は、わざとおどけてみせた。

「なんだよ、蓮。そんな恐い顔して…」

「ちゃんと聞いて。こっち来て」

しかし、蓮は引こうとはせずに、逃げられなかった。
いつもは気が弱いくせに、こういう時だけ強さを発揮するから、たまったものではない。
渋々蓮の元へ行き、クッションを抱え蓮のお言葉を待った。

「楓、今日おかしかったよ。何かあったんじゃないの?」

「別に…いつも通り元気だし、何もねえよ。蓮は心配性だな」

「楓、僕達もう何年も一緒にいるんだよ。そんな事言ったって何かあった事なんてわかってるよ。僕には話せないような事なの?」

蓮の語調は強く、気持ちが混乱していた俺はそれこそどうしていいかわからなく、いつもとは立場が逆の展開に戸惑った。

「ほんと…何でもねえんだよ…」

「…楓、別に怒ってるわけじゃないんだよ。でも、楓が何か悩んでるなら力になりたいって思っただけ。僕、楓が心配なんだよ。楓はいつも自分一人で悩んで苦しんで…僕に弱い所を見せてくれないから。僕ってそんなに頼りない?」

「そんな、事…」

蓮が頼りないから話さないわけではない。
この気持ちをどう言葉にしていいのかわからないし、何より本当の事を話したら俺と香坂が恋人のふりをしてる事が蓮に悟られてしまう。
そんな事をしたら、香坂と付き合っている意味がない。
仮初めの恋人だと承知している。
しかし、一日でもいいから演技でもあいつの隣において欲しかった。
蓮にはどうしても頼れない理由がある。

「ちゃんと蓮は頼りになるよ。俺は本当に大丈夫だから、心配すんな」

「じゃあ…なんでそんな今にも泣き出しそうな顔してるの?」


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