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「ん…」

目が覚めると見知らぬ家具が視界に飛び込んできた。
部屋の中を見渡してみても、ベット脇に置かれた間接照明が点いているだけで、薄暗くてよくわからない。
次第に覚醒してきた頭と身体を走り抜ける鈍痛で、ここで何が起きたかようやく思い出し、痛みを与えた張本人を探してみたが部屋の中にはいないようだった。
ドアの微かな隙間から光りが漏れている事を確認し、リビングへと続く扉を開けた。

「なんだ、もう起きたのか?まだ一時間くらいしか経っていないぞ。朝まで寝てろ」

いくら痛みをあまり伴わないように香坂が頑張ったとしても、無理にねじ込んだのだ、痛くない方がおかしい。
快感を与えられた後遺症とでもいうかのように、鈍い痛みは一歩動く事すら阻止する。
それなのに、香坂はソファに座り優雅にコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。
その態度になんとなくむっとして、こうなったら我儘を聞いてもらおうと思った。

「俺にもコーヒー淹れろ。身体が痛くて動けねえ」

「はいはい。お姫様は我儘だからな」

「誰のせいで!」

「でも、気持ちよかっただろ?これから数え切れないくらいするんだ。早く慣れてくれよ?」

最中の甘い優しい顔は何処へやら。
もういつもの意地悪な顔へ戻っている。
だが、憎まれ口を叩きながらも俺の言う事を聞いてくれる。

「はい、どうぞ」

香坂が淹れてくれたコーヒーに砂糖とミルクをいつものようにたっぷり入れ、当然のように反感を買いながらも、穏やかな時間を過ごしていると急に香坂が神妙な顔になり、俺に尋ねてきた。

「お前、明日蓮と会って大丈夫か?」

言われてはっと思い出した。
香坂に抱かれると感じた時から、不思議と蓮の事を思い出す事はなかった。
こう言っては蓮に失礼かもしれないけど、俺の頭の中はそれ所ではなかったのだ。

「多分、大丈夫だと思う…なんか、色々悪かったな…」

そっぽ向いてぶっきらぼうな言い方になってしまったけれど、これが今の俺には精一杯の感謝の表現。

「そんな可愛い仕草するなよ。誘ってんのか?」

「んな訳ねえだろ!」

何度からかわれても、香坂の言葉を真に受けて顔が赤くなってしまう。

「これから拓海がお前の部屋に行ったり、蓮がこっちに来たりする事も増えるだろう。行くとこなかったら連絡しろ。俺の携帯の番号だ。いつでもかけてこい」

一枚の紙切れを渡された。
ただのゴミ同然の紙切れなのに、それをくれるという事は、俺達は仮初でも恋人なんだと実感し、なんだか少し気恥ずかしくなった。
蓮を須藤先輩にとられた事で、俺の居場所がなくなってしまったと嘆いていたが、居場所は香坂が作ってくれた。
誰だって独りになるのは辛い。
でも、俺は独りではない。
辛い時は頼れる存在がいる。今まで頼られるばかりだった俺は、香坂の存在意義を尊いものに感じた。

「うん……サンキュ」

「礼なんていらねえよ。お前に暗い顔は似合わねえからな。今日はこのまま泊まってけ。
さっきお前が意識飛ばしてる間に風呂にも入れといたから、そのまま寝れるぞ」

「あ、ああ…」

まったく覚えていないが、そんな事までしてくれたらしい。
相手をとっかえひっかえで、悪い噂しか聞いた事がなかった俺は、扱いも酷いのだろうと勝手に勘違いしてたようだ。
そんな風に思っていて申し訳ないと、香坂に罪悪感を感じた。
香坂はただ単に抱き、遊ぶだけではなく、その行動はスマートであり、最後までしっかりと夢を見せてくれる。
一応、夜を共にした相手に敬意を示し、一瞬でも恋人のように扱ってくれる。
今までの相手もこんな風に大事に扱われていたのかと思うと、ちょっとだけ胸がちくりと痛んだ。

「香坂は?まだ寝ねえの?」

「…添い寝して欲しいのか?」

「別に!そういう訳じゃねえけど!」

「わかったよ。うちのお姫様は我儘な上に甘えん坊だな」

「誰が!」

「はいはい、ベット行くぞ」

寝室へ移動し、ベットに横になればその温かな腕に包まれた。
甘い香水が鼻腔を擽る。
意外としっかりとしている胸に耳を押し付け香坂の鼓動の音を聞いていると、母親に抱かれているような錯覚に陥り、すぐに眠りにつく事ができた。
あんなに香坂の事嫌がっていたのに、こうやって一緒にいるようになるなんて、本当に不思議だ。
でも、今は香坂の事嫌いじゃない。
不安な時には安心をくれるし、香坂の隣が俺だけに与えられた事への優越感でいっぱいだった。

"仮初の恋人"そんな事も忘れて、今だけは何も考えずに与えられる優しさに素直に甘えていたかった。



香坂と初めて身体を繋いだ日から一週間の時が経過した。
香坂は、これから何度もする事だから慣れろと言ったが、あれから一度も身体を重ねてはいない。
場所がないとか、時間がないとかそんな単純な理由ではない。
蓮と須藤先輩を気遣い俺から部屋を空け、香坂に電話して、部屋に置いてもらった事もあるし、いくらでも機会はあったのに、あの香坂が一切触れてくる事はなかった。
あいつの事だから、もう俺に飽きてしまったのかと思ったが、昼休み、放課後と過保護に教室まで甲斐甲斐しく来る事を考えれば、その理由も疑問に思った。
香坂と付き合いが長い訳ではないので当然だが、あいつの考えてる事がまったくわからない。
遊び人で適当な振る舞いしかしないのに、いざという時には頭がきれるし、時折見せる切なそうな表情が、一層俺を混乱させた。

蓮は俺に気を遣ってるのか、自ら須藤先輩が来るから部屋を空けろとは言わなかったが、今日も香坂に連絡して、須藤先輩を俺達の部屋へ追い出した。

「香坂、お茶」

「お前な、俺は仮にも先輩だぞ。ちゃんと香坂先輩と呼べ」

「あ?前も言っただろ。お前なんか先輩って思ってない」

「じゃあせめて下の名前で呼べよ。それなら呼び捨てでも許してやるよ」

「やだよ」

「何でだよ」

「何でもだ!」

下の名前で呼ぶなど、本当に恋人同士みたいで気恥ずかしい。

「試に呼んでみろって。言わねえとお茶出してやんねえ」

子供じみた脅迫に、溜息が零れる。

「…わかったよ…りょ、涼……」

恥ずかしさで声が小さくなったが、香坂はそれでも満足したようで、満面の笑みで簡易キッチンへ向かった。
俺に手を出してこないくせに、そんなとこだけ恋人らしさを要求する。

「ほれ。熱いから気をつけろよ」

俺のコーヒーの飲み方を知った香坂は、次からはミルクと砂糖をたっぷり入れて出してくれるようになった。
俺様のくせに、こんなとこは気を遣ってくれる。
香坂の部屋で雑誌を読んだり、話したり、他愛もない時を過ごしていると、部屋をノックする音が聞こえた。


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