Episode4:衝動

「ちょ、ちょっと待て!」

覆い被さる香坂の胸を力一杯押し返したが、びくともしない。

「だから、俺は泣いても叫んでも止めてやんねえよ」

悪足掻きだとわかってはいるるが、早急に求められれば誰でも怖い。
普通に愛し合う男女でも緊張もすれば恐怖も多少あるだろう。
俺達は男同士で、しかも自分が下にまわるのは未知の世界である。
心の準備は必要だと思うのだ。どんなに時間をかけても決意などできそうにないが。
どんなに香坂の技巧が素晴らしくとも、痛みは確実に伴うだろう。
それがどの程度かは想像もできないが、数日間まともに動けない程の痛みだという事は理解できる。
蓮はいつでもセックスの後は酷く気怠そうで、最初の頃は痛みで涙を流していた。

「お、俺やられた事ねえし、きっとお前もつまんねえよ!」

「つまる」

きっぱりと言い切り、唇を撫でられた。
その感覚に鳥肌が立つ。
いくら香坂が男らしい美貌の持ち主だとしても、やはり男とこういう関係になるのは抵抗がある。
好きならば性別の壁も越えられるかもしれないが、生憎恋仲にあるわけではない。

「お前が下手だろうがなんだろうが関係ねえの。お前を抱きたいの。絶対に悪いようにはしねえから」

俺の頬を撫でながら溶けそうな程熱い眼差しでそんなセリフを言われたら、香坂のマリオネットにでもなかったかのように従順になってしまいそうな自分がいる。
それを承知で、香坂も色を売っているのだ。
しかし、この顔と言葉に簡単に騙されてはいけないと、わかっている。
しかし、腰に響くような声で耳元で囁かれたら、こいつ本当に俺の事好きなのかも、なんて幻想を抱いてしまう。

「……痛かったらぶっ飛ばすからな…」

俺も人形のように扱われていた奴らと結局一緒なのかと悔しい気もしたが、今だけは騙されてやってもいい。

「俺を誰だと思ってんだよ。天国に連れてってやる」

香坂のやたら熱くて器用な指が俺の身体の上をなぞる度に、出したくもない声が意識とはかけ離れた所で漏れてしまいそうで、必至に唇を噛み締めた。

どうやら天国へ行かせると言ったのは嘘やはったりではないようだ。
伊達に色男の異名を欲しいままにしていたわけではないらしい。
経験も何もかも差がありすぎて、急速な変化についていけない。
蓮とのお子様セックスしか経験のない俺は、香坂を満足させるようなテクニックもない事が、ひどく恥ずかしく思えた。

「…っ、やめ…」

ただ指が首から胸をなぞっただけなのに、こんな情けない声が出てしまう始末だ。
こんな奴に負けたくないのに、身体は与えられる快感には正直だ。

「感度も良好、身体も綺麗だし、お前は可愛く喘いでろ」

「うるせえ!誰が喘ぐか」

「その態度もいつまでもつか…」

香坂は指だけではなく、舌も巧みに遣い出し、喘がないと宣言した俺はあっけなく、香坂に屈する事となった。

「…そんな、とこ…なめんじゃね、え…」

「ふーん、楓は胸が感じるんだな」

「ちがっ…」

右は香坂の舌に、左は綺麗な指に弄ばれ、胸はあっという間に俺の知らない色へ変化し、香坂をはしたなく誘った。

「もう、やめ、ろ…」

そんな自分の身体の変化にはついていく事ができなくて、弱音を吐いてしまう。
こんな自分、知らない。
こんな風に身体を火照らせるのも、こんな声が出る事も知らなかった。
恐ろしく気味が悪い。

「嫌じゃねえよな。結構喜んでるみたいだけど?」

俺が嫌だと否定的な言葉を発する度に香坂の愛撫はより熱く、俺を責め続ける。

「やめっ、そこ、もう許して…」

「じゃあ楓はこっちの方が好きなのか?」

散々俺の胸を好き勝手した後、香坂の指が辿り着いたのは、完全に立ち上がってる俺自身だ。
あんな愛撫だけでこんなに感じた自分が恥ずかしくて、顔を背けた。

「なんだよ、恥かしがんなよ。可愛いと思ってんだから」

そう言うと同時にいきなり香坂の熱い口内へ含まれ、今までの間接的な愛撫とは全く違う、直接的な愛撫に悲鳴に似た声が漏れた。
唇を噛み締める事も忘れ、我慢すればするほど狂ってしまいそうで怖い。

「や!」

こんな事、蓮にだってさせた事がなかった。
蓮はすると言ったが、それをやんわりと咎めた。蓮はそんな事をしなくていい、ただされるままでいいのだと。
初めての相手が香坂というのは大変な事だと今になって気付く。

「あぁ!もう、離せ…出る、から…」

ここまでよく耐えたと自分に拍手を送りたいくらいだった。
香坂から与えられる快感はどれもこれも的を得ていて、巧みで、知らなかった世界の扉を次々と開けていくのだ。
自分の経験が乏しい故、他人と比べようがないが、何か考える暇さえ与えてくれない。
頭の中は香坂の愛撫に対応する事で精一杯になってしまう。

「いいから出せ」

このままだと香坂の口腔に出してしまう。
それだけは嫌だと首を振ったが、快感に不慣れな俺が我慢などできる訳がない。
俺の射精を促すように、香坂の愛撫も激しくなる。

「マジ、もう、本当に…ああ!」

あっけなくも、自分の欲望を吐き出してしまった。

「楓…」

優しく呼びかけられるが、恥かしくて香坂の顔が見れない。
きっといつもの意地悪な顔をしているのだろう。

「楓、こっち見ろよ」

腕で顔を隠した隙間から、香坂の顔をちらっと伺い見れば、意外にも香坂は満ち足りたような、我が子を見るような慈しんだ表情をしていた。
香坂は何を言うでもなく、俺の髪を撫で、唇へ情熱的なキスを落とした。

「んん…ん」

唇が離れると、名残惜しいような気がしてしまう自分が浅ましくて、恥かしい。
香坂はベットサイドの棚からチューブ状のものを取り出した。
何に使うのか理解できなかった俺の前で、透明のゼリー状のものを指に出してみせ、そっと俺の双丘へ指を潜り込ませた。
その冷たさと、初めて人に触れられる恐怖心から、身体が強張り腰が引けた。

「ひっ…香、坂…」

「大丈夫、痛くしないための準備だ。何も心配しなくていい」

「でも、そんなとこ…」

「大丈夫だから」

優しい声、優しい表情のまま香坂が俺を諭すように言うから、本当に大丈夫なのかもしれないという安心感で、強張った身体から少しずつ力が抜けていった。
その間にも香坂の指は容赦なく、俺の中を縦横無尽に動き回る。
異物を受け入れるようにできていない器官は違和感を感じる度に身体の中から香坂を押し出そうと必死になる。
早く慣れなければいけないと焦るが、身体は正直で思い通りにはなってくれない。
違和感と痛みでじわじわと嫌悪ばかりが積み重なる。
蓮はよくこんな事に耐えていたと、今になって蓮の苦労がよくわかる。
これが気持ちよくなる日など永遠に来ないと思う。
兎に角、違和感が凄まじいし、快感ばかりを与えられていた身体が一気に冷えていく気がした。ある一点を見つけるまで。
そこに触れられると、今までとは違った感覚が俺を支配した。
痛みと違和感の波の中に快感が顔を出した。
今までとは違う快感に眉を顰める。

「何、何を…」

「お前のいいとこ見つけただけだ。気持ちいいだろ?その証拠にこっちもまた元気になったぜ?」

指摘され見てみれば、さっき香坂の口の中で果てたというのに、それははっきりと自分を主張していた。
自分はこんなに淫乱な身体をしていただろうか。

ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら出入りする指に従順に、声もあがる。
その度に香坂は嬉しそうな顔をする。
その指が二本から三本になり、中に感じていた違和感もだいぶおさまり、快感が不快感を上回った頃、そろそろかなと香坂が一気に指を引き抜いた。
防具をつける香坂を見て、ついにくるという、妙な緊張感に身体が包まれたが、前儀に長い時間をかけられ、もう心も身体も熱で溶けてしまうんのではないかと思うほどだった俺は、想像よりも恐いとは思わなかった。

「そんな色っぽい瞳で誘うなよ。折角我慢してやってんのに、できなくなんだろ?」

「誘ってなんか、ねえよ…」

もう息も絶え絶えだ。

「入れるぞ。もし痛かったら意地はんないで言え」

今までとは比べ物にならない質量と圧迫感に、ぐっと喉をつまらせたが、それは意外とすんなり入った。
とてつもなく痛いだろうと想像してた俺は、拍子抜けしてしまった。

「なんだよ、そんな顔して」

「いや…思った程痛くないからビックリして…痛いけど、我慢できるっていうか…」

「それは俺がうまいのと、俺とお前の身体の相性がいい証拠だ」

身体の相性、そんなものないと思っていたが、蓮との行為に比べると、本当に香坂と俺の相性はいいのかもしれない。

「随分余裕みたいだから、こっからは手加減しねえぞ」

指では届かなかった部分へ腰を打ち付けられる度に痛みや違和感はあったが、それはとても熱く、俺を絆していく。

「あぁ…香坂っ」

「名前、呼べ」

「だ、れがっ…呼ぶ、かよっ」

「素直じゃねえのな」

言葉ではそう言うが、それも悪くないと言いたげな表情だった。
声を出さなければ、自分を襲う感覚に負けてしまいそうで、色んなものを我慢する代わりに悲鳴に似た声と、香坂の腕に爪を立てた。
隣人に聞かれるかもしれないというところまで考えが及ばない。

「俺、また出る…」

「そんなに気持ちいいか?」

支配者に向ける獣の顔をしている香坂にぞくりとした。
気持ちいいのかは正直よくわからないが、若い身体は熱を発散したがっている。

「あぁ!も、無理っ」

懇願するように言えば、情熱的な口付けをくれる。

「お前、本当に可愛いな」

香坂が何か言っていたような気がしたが、俺は早くこの身体の中の熱をどうにかしたくて、それ所ではなかった。

「もう…どうにかして、くれ…」

言えば、動きが激しくなると同時に、限界だった俺はしがみ付いていた腕に力を込め、一気に熱を放った。

「っ、あぁっ」

それに遅れて、俺の中でも香坂の欲望が弾けたのを感じた。
際限なく押し寄せる快感の波について行く事が精一杯だった俺は、香坂も俺で満足してくれたのかという安心感と共に意識を手放した。


[ 14/152 ]

[*prev] [next#]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -