3


「楓、そんなに睨むんじゃねぇよ。綺麗な顔が台無しだぜ?」

こんな状況でそんなセリフを言える香坂の頭の中がどういう仕組みになっているのか、理解し難い。
険悪な雰囲気が漂ったのは数十分前の話だ。

部屋から食堂へ向かえば、蓮達が二年の先輩に強引に腕を引かれている現場に遭遇した。
結果須藤先輩と木内先輩に助けられたみたいだがしかし…。

蓮達は早々に先輩達に送り届けられ、この場には香坂と俺と、目障りな先輩が残される。

友人を好奇心からか危険に晒そうとした奴らを前にして、落ち着いてなんかいられない。
蓮もゆうきも景吾も俺にとってはかけがえのない存在だ。
あいつらの傷ついた顔ど見たくないし、こんな奴らのせいで傷ついてほしくもない。

「でもいつらむかつくし…」

「結果拓海達が助けたんだからいいじゃねえか。こんな事もたまにはあんだろ。それはお前もわかってるだろ?」

「わかってるけど…」

「お前、腹減ってるから気が立つんだよ。こいつらなんかほっといて、早く飯食おうぜ。俺も腹減ってんだよ…」

「でも…」

「いいから。ほら、行くぞ」

俺の背中を押し、早く飯をと香坂は急かすが納得などできない。
しかし、香坂の事だ。こうと言ったら一歩も引かない。
俺がいくらここで駄々をこねても、意味はないのだろう。
そう思い、渋々ながらもあいつらの横を通り過ぎ、席へと移るために歩き出す。
香坂も俺の後をついて歩きだした。
その途端、俺と香坂のやり取りを強張った顔で見ていたあいつらが、明らかに安堵を顔に映し、それを見てしまった俺はまた怒りのボルテージが上がったのだが、俺は聞いてしまった。
香坂があいつらの横を通り過ぎる刹那

「明日、学校で覚えとけよ…」

と、俺に聞こえないような小さな声で囁いた事を。
その声色には怒気が恐ろしい程含まれていて、俺の怒りからくる凄みなど比べものにならない。
張本人ではない俺ですら鳥肌が立った。
いつもニヒルに笑いながらセクハラまがいな事を言う香坂しか知らなかった俺には衝撃だった。
美形が怒ると凄みが何倍にも増す。
きっと、明日あいつらは香坂をはじめ、須藤先輩にもきついお灸を据えられる事だろう。

先程まで何度も殴ってやりたいと思っていたが、今では同情すらしてしまう。
手を出そうとした相手が悪かったようだ。
これで少なくとも蓮にちょっかいを奴がいなくなってくれればいいのだが。

香坂と夕飯を食べていると、周りの目線が気になって仕方がない。
不躾で鬱陶しい視線に苛立ちが募る。落ち着いて味わう事などできない。
だいたい、香坂が派手に遊びすぎなのがいけないと思う。
次から次へと相手を変える。
噂でしか聞いた事はないが、長くて一ヶ月。短い時は三日で飽き、別れた瞬間に次の相手と一緒にいる。
とても綺麗で、スタイルの良い女性であっても、次にはまた違ったタイプの女の子を口説きにかかる。
もしかしたら香坂は付き合っているなど思っていなかったのかもしれない。
しかし、相手は…そして、俺は…。

俺達は本気でつきあっているわけではないのだ。
蓮を楽にする為の偽装のつきあいだ。
香坂が俺の事本気かどうかなんて、別に気にする事ではない。
冷静になれば真っ当に考えられるのだが、香坂の星の数程いる恋愛遊戯を楽しむ相手の中の一人としてしか思われていないというのも腹立たしい。

「あいつ、一年の月島、だよな?」

「意外な組み合わせ。今までにはないタイプだな…」

そんな声が耳に届き、わざとらしく大袈裟に溜息を吐きだした。
香坂に文句を言ってやりたいが、協力してもらっていると思うと下手に出るしかない。
香坂の隣にいるだけで学園の有名人になれる。
そんな事、これっぽっちも望んでいなかったが。学園一の色男はいつでも下らない噂の的だ。
これから、しばらくはこれが続くと思うと胃がきりりと痛み出した。

「どうした楓。飯、進んでねえな」

「周りの声がお前には聞こえないのかよ!気になって飯どころじゃねえんだよ」

「そんな事か…周りの言う事なんか気にすんな」

香坂は噂をされるのも日常茶飯事かもしれないが、俺は今まで真っ当な人間だったのだ。大きな問題も起こさず、ひっそりと暮らしてきた。こんな言われ方には慣れていない。
選んだ相手を間違ったか。
そもそも香坂が目立ちすぎるのが悪い。

決して楽しい気分で食事をしていない最中、香坂の携帯がテーブルの上で鳴った。
箸を置き、主人に見てくれと音を鳴らし主張する携帯を開け、内容を確認する香坂は俺に耳を塞ぎたくなるなるような現実をぶつけた。

「拓海が蓮とつきあう事になったってよ」

「……先輩、と…」

「なんだよ、お前は自分に遠慮しないでほしいって俺とつきあったんだろ?ここは喜ぶべきところなんじゃねえの?」

確かに蓮には自分の幸せだけを考えてほしかった。
蓮が自然な笑顔を見せてくれたら、俺も幸せだと思っていた。
だが、わりきろうと思っても、できない感情なんて山ほどある。
理屈ではどうにもできない感情だってある。
蓮の事だって、本当はまだ好きなのだ。
自ら身を引いたのは事実で、須藤先輩には魅力がたくさんあって…そんな事わかってるが、感情が暴れだす。
魅力的だとわかっているからこそ、苛立つのだ。

自分のこの気持ちを治める方法を俺は知らない。
蓮は俺に言ったように須藤先輩に好きだと愛の言葉を囁き、俺にしたようにその熱い身体を須藤先輩に捧げるのだろうか。
考えただけでも、嫉妬で狂いそうになる。

「楓、俺は言ったはずだ。好きな奴と友達でいる事は想像以上に辛いってな。お前はそれでもいいと今の道を選んだはずだ」

「わかってる!俺にだってその位わかってる!覚悟もしたんだ。でも…実際そうなるのと想像していたのでは、辛さが違う…」

何でも上から目線の香坂に腹が立った。
歳は一つしか違わないのに、俺を子供扱いして、自分は人生の先輩ですみたいな顔して。
俺だって子供じゃない。香坂に言われなくてもわかっている。頭では。

「とりあえず落ち着け。唯でさえ目立ってるのに、大声出せばもっと目立つぞ」

ここは食堂だ。こんな大勢の人の前で自分を見失うわけにはいかない。
でも、俺の今の顔はひどいものだろう。

「……楓、行くぞ」

何処へと聞く間も与えてもらえずに腕を引かれ、食堂から寮へと続く廊下を歩かされた。

「何処行くんだよ!」

「俺の部屋。今のお前の顔酷いぞ。人目があれば泣きたくても泣けねえだろ」

「でも…部屋には…」

今一番会いたくない須藤先輩がいるのでは。

「拓海には楓が来るから部屋には帰ってくるなって言ってある」

「余計な事すんな!蓮が須藤先輩に手出されるじゃねえかよ!」

「あいつらはもう恋人同士だ。遅かれ早かれそうなんだよ。今お前のその顔、蓮に見せてみろ。また余計な心配されるだけだぞ。それに、お前今蓮に会って冷静でいられんのかよ?少しは頭冷やせ」

腕を乱暴に引っ張っていた香坂が、部屋に着いたと同時に、無理矢理部屋の中へ放り込んだ。

「痛えな!」

どいつもこいつも揃ってなんだというのだ。俺だって辛い。
自分で選んだ道なのだからしょうがないと言うけれど、俺だって苦渋の決断をした。
どんな気持ちで蓮を手放したか。
多少、そんな気持ちを考慮しても良いのではないかと思うのは、子供で甘ったれという事実だろうか。

[ 12/152 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -